ル イ ラ ン ノ キ


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自分より不幸な人と比べて何になるのだろう。あの人よりはマシだと思って生きるの? そりゃあ下には下がいるだろうけど、そんなこと言っていたらきりがない。辛くなる度に自分より下の人間を探して比較して心を落ち着かせて? さぁ頑張りましょうって? そんなに単純に済むなら死にたいなんて思わない。なんの解決にもなっていない。
生きている環境も心の強さもみんな違うのに。他人のように生きるなんて難しいのに。

私だって、環境が変われば生き方も変わるよ。生きたくても生きられない人がいるとか言うけど、私だって余命宣告を受けたらもっと生きたいと思うかもしれないし、残された時間なんかいらないから早く死にたいと思うかもしれない。
余命宣告を受けてもっと生きたいと思っている人だって、余命宣告を受けていなくて私と同じ壊れやすい心を持ち、同じ環境に立たされていたら今頃死にたいと思っていたかもしれないじゃない。

「生きるの、大変だよね」

彼女はそう言った。死ぬより大変だし、時には死ぬより辛いのかもしれないと。

「……でも、生きたいでしょ?」
「うん、でもそれは死が近いからだよ」

死のうとしていたくせに直前で急に足がすくみ、怖くなるのは、死を目前にしてやっぱり生きたいと思うからだ。

「ないものねだりだね」

そんな言葉で片付けてしまった彼女は、可笑しいくらいあっけらかんとしていた。

「連絡くれてありがとう」
「迷惑だと思ってたくせに?」
「え」

図星過ぎてリアクションに困る。

「ふふ、当たりだ。でもね、だから連絡したんだ」
「どういうこと?」
「飽きたの。気遣われる言葉も同情の言葉も。でもあなたはそういうの言いそうにないなと思ってね」
「飽きるとかあるの?」
「うん、もういいよって。それに、私本当に死ぬんだなーって思わせられるんだよね。みんな異常に優しくなるからさ」
「そりゃあ、ね」

電話の向こう側から聞こえてくる彼女の声には生命力があって、死を間近にした人間だとは思えなかった。他人の話をしているかのようで、半信半疑になる。

「喧嘩してもすぐ謝ってくるのは私が死にゆく人だからだと思う?」
「え?」
「昔からよく喧嘩する友達がいて。喧嘩っていうか、言い争い? その子、これまでは絶対自分からは謝らないタイプだったのに、最近は『ごめん、言いすぎた』とか言ってくるんだ」
「…………」
「気を遣わせてるんだろうね、きっと」
「…………」

どう返せばいいのか、わからない。

「罪悪感から謝るのかな? もうすぐ死んでしまう人間に冷たく当たって、申し訳ないとか。それとも言い争ったあとに死なれたら気分悪いから謝るのかな」
「……多分、どれも正解だよ。全部ひっくるめて、謝りたくなるし優しくしてあげたくなるんだ」

電話の向こうで、彼女の笑い声が聞き取れた。

「ありがとう、変にフォローしてくれなくて」
「どういたしまして」

なんじゃ、この会話は。
死にたくても生きる私と、生きたいけど死ぬ同級生。

「もう満足したから切るね」
「え、唐突だね」
「病院、来なくていいからね」
「どうして」
「気を遣わせたくないの」
「そっか」
「だから連絡もこれが最後です」
「うん」

もう二度と、彼女の声が聞けなくなる。質問しても返答が返ってくることはない。

「なにか言いたいこととかあったら聞いておくよ」
「…………」

突然言われても。

「怖い? 死ぬの」

単刀直入過ぎたかな。

「怖いと思う」
「思う?」
「今はまだそんなに実感がないから」
「そう……」
「残念?」
「え……なんで」
「期待外れの答えで」
「期待なんか……」

してないと言えなかった。
教えてほしい。逃れられない死が迫ってくる感覚を。

彼女の分も生きるために。

「やっぱり連絡、してきていいよ。死にたくなったときだけ」
「…………」
「しんどいと思うけどね。死ぬ人の傍にいるのって」
「…………」
「ねぇ」
「ん?」
「オリンピック、楽しみだね」

なに言ってんの。見れないくせに。

「興味ない」
「東京だよ? 日本だよ?」
「興味ない。スポーツ自体に興味ないから」
「面白いね、それ」
「おもしろいかな」
「うん。変わってる」
「そうかな」

チクタク、チクタクと時計の針が進む。会話が途切れて、無言の時間だけが過ぎてゆく。
私は考えていた。この無言の時間はなにを意味するのか。もう話すことがないのなら切ってしまえばいいのに。
彼女は私から切るのを待っているのだろうか。私は、彼女から切るのを待ってはいない。切るなら切るでいいし、なにか話すなら話すでいいし、ただこうして言葉はないにしても電話で繋がったままチクタクと同じ時間を 生きる でもいい。

貴重な時間に思えた。

彼女の、残り少ない時間の一部を私が共有しているのだから。
時計の秒針が刻む音のように繰り返されている彼女の息遣いが、微かに聞こえる。それはいつか止まり、二度と動き出すことはない。

「長電話しちゃってごめん」

突然声がして、ドキッとした。

「別にいいよ」
「うん。先に行くね」
「…………」
「先に行くね」
「うん」

重い。

「ばいばい。またね」
「うん、ばいばい、またね」

プツリと電話が切れる。涙が溢れ出た。
重くて、変な終わり方だ。先に逝くねと言った彼女の声は鼻声だった。

ばいばい、またね。


end - Thank you

お粗末さまでした。140117
編集:230101

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