ル イ ラ ン ノ キ


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嘘 つ き 救 世 主

嘘つきは嫌いだ。嘘つきが好きだなんて言っている人と会ったことがない。
けれど、許せる嘘と許せない嘘があり、ついていい嘘と悪い嘘があるとは思ってる。

数年前、私がまだ小学校低学年のときに未来から来た男と出会った。そう言っても誰も信じてはくれなくて、薄笑いを浮かべながら「証拠は? 何年先から来たわけ? なにか未来で起きること聞いた?」なんて訊いてくる。
答えられるわけがない。そういう私も信じているわけではないし。でも半信半疑、信じていた部分もあったのだろう。この歳まで。
だから私は生きているんだ。

私は23歳になった。久しぶりに実家に戻り、あまり変わらない風景を懐かしみながらある場所に向かっていた。一歩ずつ近づくにつれて鮮明に思い出す。

小学2年生のときだった。ほんの些細なことがきっかけで、私はイジメの標的になった。
休み時間に自由帳を開いて絵を描いていたら、隣の席の女の子が「私にも描かせて!」と言ってきた。それを私は断った。お母さんが買ってくれたばかりのノートだったから。それだけだ。
隣の席の女の子は、酷くわがままな子だった。私に断られた途端すぐに笑顔が消えて、睨みつけてきたかと思うと今度は大泣き。周りの子たちが「どうしたの? 大丈夫?」と気にかけて、その子は泣きながら「美羽ね、美恵ちゃんとお絵かきがしたかっただけなのにね、美恵ちゃんがヤダって怒ったの!」と、さも私が悪いように言った。
 
そして一斉に、クラス全員の冷たい視線が突き刺さる。

「美恵ちゃんひどい」
「怒らなくてもいいじゃん」

そんな風に言われて、手で顔を隠しながら泣いている美羽ちゃんを見遣ると、顔を覆う手の隙間から私を睨んでいる目が見えて、子供ながらに女の怖さを知った。
それからは仲間外れだ。イジメっ子の中心にはもちろん美羽ちゃんがいて、みんな彼女を慕ってた。

「美恵ちゃんはね、死んじゃえばいいよ」

ある日の放課後、校舎の裏に呼び出されてそう言われた。まだ子供だ。本気じゃなく、ただ相手を攻撃するための最上級の言葉として使っているだけだと今なら思えるけれど、当時の私には酷く心に突き刺さる言葉で、本気で死んで欲しいと思われているのだと思った。

「美恵ちゃんは、気持ち悪いもん。ねー?」
 と、美羽ちゃんは一緒について来た女子たちに同意を求めた。
「うん。気持ち悪い」

こんなことがあったから、他の人達もみんな私を見て気持ち悪いと思っているのかもしれないと被害妄想に暮れたときもあった。
イジメはエスカレートしていった。最初は突き飛ばされるくらいだったけれど、グーで叩いてくるようになって、雨が降った日には水を含んだ泥をかけられり、泥を食べさせようとしてきたり。

学校に通い続けることが嫌になった。高学年になればもっと酷くなるに違いなかったから。
髪の毛を引っ張られて押し倒されて、水溜まりの上に頭を押さえ付けられた。泥が混じった雨水を飲んでしまい、咳込んだ。

「美恵ちゃんなんでまだ生きてるん?」

私が訊きたかった。私はなんで生きているのか。生きていても楽しくないのに。死にたい。そう思った。

「美羽ちゃん、うちに来る? お母さんがクッキー焼いてるの」
 と、クラスの女子が言う。
「行く行く!」
 満面の笑みでそう答えた美羽ちゃんは、笑いながら去って行った。

いつだったか、名前が似てるから気に入らないとまで言われたこともある。名前は似ていても私とは全然違うねって。

私は校舎の裏の地面に横たわったまま、起きれずにいた。別に体のどこかがおかしくなったわけじゃない。心が無になって、動けなくなったんだ。そしてまた死にたいなって思って、死ぬには高いところから飛び降りなきゃいけないと思った。高いところへ行くには動かなくてはいけない。
仕方なく体を起こしたその時だった。

「美恵ちゃん、見つけたー」

突然男の人の声がして驚いて振り返ると、中学生か高校生、15、6歳くらいの少年がパーティーグッズで見るような水玉のキンキラ尖んがり帽子を被って仁王立ちをしていた。

「だれ……?」
 警戒心を向けたけれど、その警戒心は彼の突拍子もない言葉に忘れ去られてしまう。
「未来から来ました、アース君です。お見知りおきをー」
 と、頭を下げるアースという少年。
「未来……?」
「まぁ君に用があって来たわけじゃないんだけど、偶然会っちゃったから声をかけてみたわけ」
「…………」
 言葉が出ない。信じたわけじゃない。意味不明すぎて反応に困っていた。
「今から15年後にわかるよ」
「15年後?」
「15年後、君は俺に声を掛ける」
「…………」
「逆ナンってやつかなぁ。あのときの美恵ちゃん、可愛かったなぁ……」
 と、虚空を見遣り、ニヤニヤと笑う。「あ、今の美恵ちゃんにとったら15年後の美恵ちゃんってことな!」

頭を打った覚えはないけれど、頭を打っておかしくなったのかと思った。もしくは目の前の彼がどこかで頭を打っておかしくなったのかもしれないと。

「未来の君はモテモテでさぁ、笑顔が明るくて、毎日楽しそうで羨ましいよ。うんうん」
「…………」

私が? そんなわけあるもんか。

「あ、やべぇ、俺時間ないんだった。じゃあね、美恵ちゃん」
 と、彼は私に背を向けてから、振り返った。
「あ、15年後にここで会おうよ。俺は変わらずこの姿だからすぐにわかると思うし」
「え……あの……」
「時間は夕方の7時にしよう。そうだ! クイズです。季節が春、夏、秋、冬ではなく、秋、夏、春、冬になるところとは、どこでしょう」
「……わかりません」
「15年後に教えてあげる。それじゃ!」

未来から来たという少年が去ってから、私は暫く呆然とその場に座っていた。
それからすくと立ち上がり、帰り道を歩いた。死にたいなんていう気持ちなんかどこかへ行ってしまった。

帰宅すると母がどろだらけの私を見て驚いていた。美羽ちゃんのことは話さなかった。その辺で転んだと言い訳をした。信じたかどうかはわからない。

あれからずっと、未来から来た人のことが頭から離れなかった。翌日、またイジメられてもあの未来人がまた現れるんじゃないかと思うとイジメに病むことも少なくなって、イジメはなくならないまま中学に上がった。

あのときの美恵ちゃん、可愛かったなぁ……

そう言われたことを何度も思い出しては鏡を見遣った。綺麗になれるのかなと、髪型や私服に気をつかいはじめた。
美羽ちゃんはあれから少し大人しくなっていた。美羽ちゃんの両親が離婚したからかもしれない。

別の学校からやってきた女の子に声を掛けられて仲良くなった。私は少しずつイジメというものから遠ざかっていった。
女友達が増えるとお洒落や恋愛話に花を咲かせるようになる。喧嘩をすることもあったけど、振り返ってみると中学時代は“私”のはじまりの三年間だったように思う。

高校は少し遠い場所を選んだ。知らない人が多く、新しい出会いがあった。自然と恋をした。告白されたことも何度かある。はじめて彼氏が出来て、恋愛から得られる幸せと、辛さを同時に知った。
私は徐々に心も体も成長していった。

きっと、イジメられていた頃の私はこんな未来を想像出来なかったと思う。私に未来なんていらないと思っていたから。

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©Kamikawa

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