ル イ ラ ン ノ キ |
──そして私は今、約束通り小学校の校舎裏へ向かっていた。
恥ずかしながら信じてないとは言い切れない。全く信じていなければ私は今頃ここにはいないはずだから。
だいたいは感づいているんだ。また会う約束なんて突発的に言ってしまったんだと思う。おそらく彼は、私がイジメに合っているところを目撃したんだ。今にも死にそうな顔をしていたから声を掛けたに違いない。そして私を“生かす”ために彼なりに考えた。小学生の子供が食いつきそうななにか。
彼は自分を未来から来たことにした。そして私の未来は素晴らしい、だからここで死ぬなんて勿体ない、とにかく生きてみて。そう伝えたんだ。クイズまで出して。名前を知っていたのは美羽ちゃんが私の名前を呼んでいたからだろうし。
だから彼は未来人でもなんでもない。あのパーティー帽子は謎だけど。
でも、例えそうだとしても、私はお礼を言いたかった。生かしてくれてありがとうって。彼は突発的に言った約束を、覚えていないかもしれないけれど。
懐かしい校舎が見えてくる。フェンス越しに見遣る校舎は少し小さく感じた。グラウンドには新しい遊具も増えている。敷地横の細い道を抜けて、裏に回った。
心臓がドキドキと高鳴る。
裏から敷地内に入り、あの場所へ。
「うそ……」
私は思わず駆け出した。あの日、あの時、私が座り込んでいた場所に見覚えのあるものが置かれていたからだ。パーティーグッズで見るような、水玉のキンキラ尖んがり帽子。
私は帽子の前に立ち、辺りを見遣った。──誰もいない。
帽子を拾い上げると、その下には小さな紙が四つ折りにされて置かれていた。すぐに広げてそこに書かれていた文章を読んだ。
《久しぶり。来てくれてありがとう! 逢いたかったんだけど、急用が出来てしまったんだ。でも今は同じ時代を生きているわけだから、いつでも逢えるよ。
クイズの答えは『国語辞典』です》
「なにそれ……ウソツキ」
そう呟いて、笑った。
クイズの答えなんてどうでもいい。急用が出来たんじゃない。未来人じゃないから逢えないんだ。きっと当時の彼は15才くらいだから、今の彼は30歳くらいだろう。タイムマシーンが完成したなんてニュースも聞いたことがないし。
「でも、来てくれた」
水玉のキンキラ尖んがり帽子をギュッと抱きしめた。
あの頃は冷えきっていた心が、今は温かい。
お礼を言いたかったのは私のほうなのに。
私は鞄から手帳を取り出して、メッセージを書いた。きっとまたここに現れると思ったからだ。来るかもわからない相手にこんなに凝ったことをしておきながら後は放置なんてことはないだろう。来たかどうか確かめもう一度来るんじゃないかと思った。
《アースさんへ
本当は直接お伝えしたかったのですが、叶わないのでお手紙から失礼します。
あの日、声を掛けてくれてありがとうございました。私は今、幸せです。
貴方にもより多くの幸せが訪れますように。》
帽子の下に……と思ったけれど、この尖んがり帽子は貰って帰りたい。
鞄の中を見ても、化粧品と財布と手帳と携帯電話しかない。ふいに、連絡先を書いておこうかと思い浮かんだけれど、思い止まった。きっと彼はそんなこと望んでいないような気がする。彼には彼の幸せがあって、もしかしたら迷惑になるかもしれないし。
私はメッセージを書いた紙だけを残して、他のページは全て取り外した。リングタイプの手帳だから難無く済ませる。そしてメッセージの紙だけを挟んだ手帳を、元々帽子が置いてあった場所に置き、その場を後にした。
彼がいずれ様子を見に戻ってくるだろうと読んではいたけれど、隠れて待とうという気は更々なかった。私のためにしてくれた彼の演出を壊してしまいたくはない。
明日の朝にはまた地元を離れる。次に逢う約束はしていないから、逢えるかもしれないという期待はもうないけれど、未来の約束は無くても今はもう生きていける。
薄暗い空を見上げると、綺麗な月が浮かんでいた。それだけでも心が弾む。
私の未来がもしもっと暗く辛いものになっていたら彼はどうしただろう。そんなこと知りもせずに今日のように洒落た演出をしていただろうか。私の人生をずっと見守っていたわけではないから。
どうもしないか。 これはあくまでも私の人生なのだから。きっとあの頃より最悪なものになっていたとしても私は彼を責めたりはしないだろう。彼の気持ちは伝わっているから。彼は辛そうな少女を助けたかった。そして純粋に信じていた。少女の未来が輝いていることを。
死にたいと望む人を助けるからにはその後の人生の面倒も責任とってみるべきだと思う人もいるかもしれない。
でもそこまで他人に寄り掛かるのは間違ってる。死のうとしたのに助けられて死ねなかった。それは助けてくれた人のせいじゃない。自分の周りで起こる自分に関わることはどれも自分が引き寄せて起こしている運命だと私は思う。
どれもこれも、良いことも悪いことも、巡り合わせなのだ。
Thank you... |