ル イ ラ ン ノ キ


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恋 せ よ 乙 女


恋愛が女としての幸せを掴むものだとは思っていない。30越えても未だ独身の女性を見ても、女として終わってるなんて思わないし、むしろ恋愛なんかそっちのけでバリバリ働いていたらむちゃくちゃかっこいいと思うし、人生を謳歌していると私は思うし、そういう生き方をしたいと思ってた。

「アリーナ、雑誌見たよ! めっちゃかっこいいよ!」
 と、奈央が言う。「さっすが外国人!」
「いや、生まれてこのかた英語喋れない日本人だって」
「顔はハーフなのにね」
「父も母もババもジジも日本人なのにね」
 と、自分で言いながら苦笑い。

うちの家系は昔から彫りが深い顔立ちが揃っている。まぁ先祖を溯っていったら外国人がいるのかもしれないけれど、聞いたことはない。奈央が私をアリーナと呼ぶが、あだ名であって本名は「亜里奈」だ。あまりかわらないけれど。ちなみに苗字が「横田」だから、「横浜アリーナ」とよくからかわれたりもした。

「本格的にモデルの仕事してみたら? アリーナならパリコレにだって行けそうだよ!」
「適当なことを言うな……」
 私は机に顔を伏せた。

好きな仕事をしてバリバリ働きたい。それが夢なのだけど、肝心な“好きなこと”が見つからない。三ヶ月くらい前に声を掛けられてはじめた読者モデルは楽しいし好きだけど……人生のほとんどの時間をそれに費やして捧げてもいいと思えるほどではなかった。

「やめよっかな……モデル」
 “読者”モデルだけど。
「なんでよもったいない! 絶対アリーナに向いてるって!」
「なにを根拠にそんな……」
「この私が認めた美人なんだから!」
「どーもありがとう」
 心にもなく礼を言う。

夢ってどうやって見つけるんだろう。もう高校二年だというのに、夢が見つからないまま三年にあがってそのまま卒業しそうで怖かった。親は「まだ一年あるじゃない」と言うけれど、限られた時間を無駄に生きているようで落ち着かない。

「ちゃんと生きたいな」
 そう呟いた私に奈央は聞こえなかったようで「なんて?」と聞き返してきた。
「なぁーんでもない」

休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。奈央はまたねと言って自分の席に帰っていった。私はグラウンドが見える窓際で、奈央は廊下の窓際だ。端と端。
授業が始まり、教科書を広げた。心なしか頭が痛い。

「じゃあここの問題を……横田」
 と、先生に指名される。
「はい」
 立ち上がったとき、目の前が眩んだ。

頭痛が激しくなるのを感じながら、私は隣の席の首藤君と自分の席の間に倒れこんだ。
──ごめん首藤君。君の肩に思いっきり頭ぶつけた……。

━━━━━━━━━━━

気がついたとき、私はふわふわの布団の中にいた。この独特な香りがする部屋は保健室?
寝返りをうち、瞳孔が開いた。

「うわあああぁぁああぁ?!」
「わぁ!?」

最初に叫んだのは私だ。隣に見知らぬ男が寝ていたから。そんな私の叫びに驚いて飛び起きたのが隣で寝ていた男だった。

「あ、すみません」
 と、すぐに冷静になった私は謝った。

我が高校の保健室にはベッドが一つしかないのだ。後は15cmの段がある畳みスペースがあり、そこに二人分の布団が敷けるようになっている。要するに彼は隣で寝ていたことに変わりはないが、私が眠る布団のすぐ隣の布団で寝ていただけだった。

「驚きました……」
 と答えた男は額に汗を滲ませている。私が脅かしたからじゃない、具合が悪いからだろう。
「すみません、気がついたら隣に知らない男の人が寝ていたものだから」
 そう言いながら、綺麗な顔だなと思ったりもした。ちょっと色白過ぎるけど。美白羨ましすぎ。
「あぁ、たしかにそれは驚きますね」
 と笑った顔がまた綺麗だった。
「具合悪いんですか?」
 そう訊いて恥ずかしくなる。具合が悪いから保健室にいるのだから。「あ、先生は……」
「今はいないようですね。アリーナさんは大丈夫ですか?」
「え、なぜ私の名前を……」
 あだなだけど。
「あ、すみませんつい。あなたのことはみんな知っていますよ、全校生徒の中で一番の美人だと有名ですから」
「まあうれしい」
 と、棒読みで答えた。

褒められて嬉しくないわけじゃない。

「それにモデルの仕事をしているとか」
「読者モデルですけどね」
 これ重要。
「それでもあなたに憧れて尊敬している人は多いようですよ」
「私が横浜アリーナと呼ばれていることも知ってそうですね」

可愛い女の子なら、恥ずかしそうに「そんなことないですよぉ」と謙遜し、「でもありがとうございまぁ〜す」と語尾にハートをつけるように言うのだろうとわかってはいるものの、私にはできない。

見た目なんて授かりものに過ぎない。努力して手に入れたものではない。両親の顔立ちがよかったおかげで手に入れたものだ。それを褒められても私自身を褒めてもらったことにはならない気がして。
そんなことを奈央に話したときは酷く怒られたけれど。「確かにそうかもしれないけど、綺麗な顔で生まれたくても無理だった子なんて沢山いるんだよ? たとえばここに。有り難いと思わなきゃ」って。有り難いとは思ってるんだけどね、両親に対して。この顔のおかげで得したことも正直沢山あるし。

「おもしろい方ですね」
 と、彼は笑った。
「ところであなたは先輩……ですよね」
「はい、三年です。章樹と申します」
「丁寧なご挨拶をどうもです」
 頭を下げられたので私もそうした。「失礼ですがそれは苗字ですか?」

失礼なことは他にもある。額に汗を滲ませているくらい具合が悪そうなのに話に付き合ってもらっていることだ。分かってはいるんだけど、話しているうちにもっと話したいと思えてきて止まらない。

「よくわかりましたね。そうです、章樹春彦といいます」
「発音がそんな気がしたので。あ、起こしてごめんなさい。ゆっくり休まれてください」
「いえ、起きていたので大丈夫ですよ」
 と、章樹さんは横になった。
「眠れないんですか?」
「えぇ、隣に綺麗な人がいたら緊張してしまって」
「…………」
「…………」
「それは私のことですかね?」
「他にはいないと思いますよ」
 と、章樹さんは微笑した。「すみません意識してしまって」
「……いえ」

──あれ? これは口説かれているわけじゃないよね。
なんなんだろうこの人は。これまでに会った人とは違う。下心を感じない新しい人種だ。

「章樹さん変わってるって言われませんか」
「言われますね、僕はそうは思っていないんですけどね」
「子守唄歌いましょうか」
「……いえ、大丈夫です」

保健室は再び静けさを取り戻した。
私はどうしたらいいんだろう。もう頭痛はしないし、だるくもない。勝手に教室に戻ってもいいんだろうか。とりあえず布団をたたんでいると、保険の先生が戻ってきた。

「あら、もう大丈夫なの?」
 20代後半の、笑顔が可愛い女性の先生だ。
「あ、はい。すっかりピンピンしています」
「でもいきなり倒れたのよね」
 先生は椅子に座り、病状をメモした紙を見遣った。「熱は無いようだからとりあえず寝かせていたんだけど」
「自分でも何で倒れたのか分からないんですよね」
 と、畳の上に正座した。
「今はなんともないの?」
「まったく。」
「うーん……ストレスかなぁ」
「ストレス!?」
「何かあったりしない? 心当たり。例えば彼氏と喧嘩したとかさ」
 と、先生はからかう。
「先生、私彼氏なんかいないよ」
「えー、モテそうなのに。じゃあ元彼となんかあったとか」
「なんで恋愛のことばかりなんですか」
 と、苦笑する。
「結構多いのよ、女子生徒で恋愛がうまくいかなくて悩んでストレス溜めちゃう子が」
「へぇ……、そんなもんなんですかね」

私には分からないな。他人を好きになることで悩んでストレス溜めるとか。それなら恋愛なんてしないほうがいいと思ってしまう。

「けっこうサバサバしてるのね」
 と、先生は笑った。この笑顔と気さくさに、男子生徒だけでなく女子生徒からも絶大な人気を得ている。
「サバサバっていうか、恋愛経験がないんですよ」
「あらそうなの? 意外ね!」
「先生、私まだ処女ですから」

そう言ったとき、隣で章樹さんが咳き込んだ。
そうだった、いたんだった。

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