ル イ ラ ン ノ キ


 PAGE:(1/5) 短編「一万円のメロディ」スピンオフ

 
希望の闇
──俺の声が聴こえますか。
 
俺が音楽というものを意識しはじめ、積極的に触れたいと思ったのは小学3年生の時だった。
それまでは嫌いだった。お遊戯だとか運動会でアホみたいにテンションの高い音楽に合わせて恥ずかしい振り付けのダンスを躍らされる屈辱。休みの日は耳が遠い婆ちゃんが和室にラジカセを持ち込んで大きなボリュームで演歌を流す。近所に住むド派手な頭のお兄さんはこれまたド派手な車でガンガン音楽を鳴らしながら走っているし。
 
俺は音楽との相性が悪いのだと思っていた。みんな音楽が好きなのに俺だけは不快感をきたすわけだし。
あるとき母親がこんなことを言った。
 
「あんたがまだお腹の中にいたころ、私はクラシックを聴かせていたんだけど、お父さんがメタルを聴かせてくるわけよ。将来顔中にピアスをつける子になったらどうするの! って怒ったんだけど」
 
それは偏見だ。メタル系が好きでもピアスホールを空けてない人なんて沢山いる。要するに、俺はまだ母親のお腹の中にいた頃から色んな音楽を聴かされ、うんざりしていたらしい。音楽を聴かされていたからといって音楽好きな子供が生まれると思ったら大間違いだ。
そこまで俺は音楽を毛嫌いしていた。
 
だけど小学3年生のとき、従兄(いとこ)が家にやってきた日、俺の中で音楽に対する考えが変わった。
高校生のいとことは昔から結構遊んでもらっていた。専らテレビゲームだったが。
たつ兄と俺は呼んでいた。たつ兄はいろんなことを教えてくれた。ゲームの攻略法、トランプを使った手品、仮病の使い方、あんなことやこんなこと。
そして俺がゲームに夢中になっていたとき、ふと隣を見たらたつ兄の姿がなかった。俺はたつ兄を捜してベランダに出ると、猫を撫でているたつ兄の姿があった。そのとき、不思議なメロディが聞こえて来たんだ。風に乗せて流れる花びらのようにふわりと柔らかく綺麗で、俺は不思議な感覚に陥った。
 
「お、ゲーム終わったか。こいつ名前なんだっけ」
 
たつ兄は猫を撫でながらそう言った。
 
「……おもち」
「そうそう、おもちだ。変な名前つけられて可哀相になぁ」
 そう言って笑うたつ兄に俺はしがみついた。
「さっきの、なに?」
「は?」
「なんか変なの聞こえた!」
「は? 変なの?」
「音楽! 今歌ってたのたつ兄だよね?」
「あぁ! ──つか変なのとはなんだよ侵害だな」
「しんがいってなに?」
「勉強しろバカ」
 
そう言ってくしゃくしゃと頭を撫でられた。微かにタバコのにおいがした。親に隠れて吸っていたんだな、と察する。タバコの独特なにおいはよく知ってる。父親がヘビースモーカーだからだ。
たつ兄は頭がよくて成績もいいらしい。たつ兄の母ちゃんが言っていた。自慢の息子なんだと思う。でもそれがたつ兄には苦しかったのかもしれない。俺は黙っておくことにした。
 
「呪文みたいなの聞こえた」
「呪文? あー、外国語」
「がいこくご? アメリカとかの?」
「そうそう、アメリカとかの」
 と、たつ兄は笑う。「イギリスバンドなんだけどな、かっけーんだ」
「かっけーんだ!」
 
俺はたつ兄を真似てそう言った。たつ兄に憧れていたんだ。
一階からたつ兄を呼ぶ母親の声がして、たつ兄は慌ててベランダを出て一階に下りた。そのとき俺はタバコの吸い殻を見つけて、それを拾い上げ、寝転がるおもちに向かって人差し指を立てた。
 
「内緒だぞ、男同士の約束だ!」
 
まぁおもちはメスだったんだが、“男同士の約束”という言葉を使いたかっただけ。
拾い上げた吸い殻は父親が使っている灰皿に捨てた。幸い父と同じ銘柄だったからバレることはなかった。
 
俺はたつ兄から洋楽のCDを貰ったり借りたりすることが多くなった。たつ兄が勧めてくれた曲はどれもかっこよくて痺れた。
でもあの時ベランダでたつ兄が歌っていた曲はどこにもなかった。
 
「たつ兄が歌ってたやつ聴きたい」
 
俺が中学に上がる頃、そう訊いた。これまでも何度か訊いたが、なぜかはぐらかされていた。お前にはまだ早いとか、CD忘れたとか、今度持ってくるとか色々理由をつけられて。
 
「お前ももう14か」
「まだ13だよ」
「こまけーこと言うなよ」
 と、たつ兄は俺の部屋を見回しながら笑った。「しっかしこれが小学生の部屋とはね」
「中一だってば」
 
すっかり俺の部屋は洋楽のCDや海外アーティストのポスターなどでうめつくされていた。
 
「今日はお前にプレゼントを持ってきたんだ」
「たつ兄が歌ってたCD?」
「んー、まぁ……」
 
曖昧な返事をしたたつ兄は、俺を連れて家の外へ出た。たつ兄の車の後ろに立たされ、トランクが開くのを待った。
 
「開けたぞ」
「見ていいの?」
 
微かに開いたトランクを見ながら言った。たつ兄はポケットからタバコを取り出して一本吸った。今では親の前でも堂々と吸う。
 
「あぁ、お前へのプレゼントだ」
 
俺はどきどきしながらトランクに手をつき、開けた。まるで宝箱を開けて宝石が出てきたかのように俺の目は輝き、視界が眩んだ。
 

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