ル イ ラ ン ノ キ


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「すげーっ!」
「だろ?」
 
そこにあったのはエレキギターだった。車の後部座席にはアンプも詰まれていたし、アコースティックギターもあった。
 
「全部くれんの?!」
「あぁ、やる」
「マジで!? え、でもなんで急に……」
 
俺はたつ兄が音楽に飽きてしまったのかと不安になった。たつ兄と音楽の話をするのが好きだったからだ。
 
「もういらねえから」
「……音楽やめるの?」
「まぁな。──可愛がってやってよ」
 
そう言って愛用していたギターを抱え、軽く鳴らした。
 
「なんで? 音楽嫌いになったの?」
「は?」
 くわえタバコで笑う。「んなわけねぇだろ。俺ね、結婚すんの」
「えっ!?」
 
たつ兄は付き合っていた女性との間に子供が出来たらしい。遊んでばかりじゃいられなくなって、愛する音楽と暫く距離を置くことにしたんだって言っていた。まるで音楽は愛人みたいな言い方だった。
 
「売ってしまおうかと思ったけど、誰かも知らねぇやつに触られたくねぇし、お前ならいいかなって」
「ありがとうたつ兄!!」
「その代わり、勉強もしっかりしろよ? 好きなことを自由にやりたいなら嫌なこともちゃんとやれ」
「それってただ俺の成績が落ちたら音楽を勧めたたつ兄が怒られるからだろ?」
「言うね」
 笑うたつ兄のタバコからはらりと灰が落ちた。「ま、頑張れ。俺も頑張るわ」
 
たつ兄と会ったのは、これが最後だった。そんな言い方をしたらたつ兄が死んだみたいに聞こえるかもしれないが、たつ兄は生きている。今も時々連絡は取り合っている。昔みたいにうちに遊びに来なくなっただけだ。たつ兄はすっかり大人という自由の少ない世界に入ってしまったのだ。
 
『へぇ、そのアーティストは知らないな』
 
今では俺のほうが音楽に詳しくなっている。携帯電話の向こうから、関心しているたつ兄の声がした。
 
「そういえばいい加減教えてよ、例の曲」
『例の曲?』
「たつ兄がベランダで歌ってたやつだよ」
『あーぁ、まだ覚えてたのか……』
「あの曲聴いてなかったら俺、音楽なんかに興味持ってなかったよ」
『そりゃ嬉しいね』
「はぁ? アーティスト名だけでも教えてよ」
 
なかなか教えてくれないたつ兄に苛立っていた。
 
『アーティスト名なんかねぇよ。強いて言うなら“たつ兄”かな』
「え……?」
 俺は眉をひそめた。
『ありゃ俺が作った曲だよ』
「まじ!? 神じゃん!!」
 ぶはっと吹き出す声がした。
『お前の神は低レベルだな!』
「たつ兄すげーよ!」
『そりゃどーも』
「タイトルは!?」
『……希望の闇だ』
 
一瞬、たつ兄の言い間違えかなと思った。
 
「希望の光じゃなくて?」
『闇だ闇。光があるから闇がある。闇があるから光がある。闇の中にいるから希望の光が見えるんだ。トンネルのようにな。狭い世界で生きていて、暗いトンネルの先には広い世界が待っている。眩しい光の元へ行くための、沢山の試練が詰まった希望のトンネルだよ。闇の中にいるから本当の希望が見える。闇を知った者にしか見ることのできない眩しい希望が。俺はそう思うね』
 
携帯電話の向こうから、ふーっと息を吐く音がした。タバコをふかしているのだろう。
 
「たつ兄……」
『なんだ?』
「意味わかんない。よく言ってて恥ずかしくないね?」
『おまえっ! 神を侮辱すんのか!』
 と、笑うたつ兄は昔から変わらない。
「あははは、ごめんごめん!」
『意味なんか簡単にわかっちゃロックじゃねんだよ』
「え、あれロックだったっけ? 静かな曲だったけど」
『うるせぇなぁ……魂のこと言ってんだよ。バラード歌おうが演歌歌おうが、ロック魂が心にあんだよ』
「……なんかたつ兄、古臭いよ」
『あーそういうこと言うなら教えてやんねぇ。“希望の闇”のギターコード教えてやろうと思ったのに。歌詞も。ぜーんぶ』
「あっ、ごめんたつ兄! 教えてよ!」
『──いいよ。その代わり』
 
たつ兄から教えてもらったその曲はやっぱり俺の心を震撼させた。だけど、そのメロディーは途切れていた。
つくるのやめたんだ。たつ兄はそう言っていた。
当時のたつ兄はバンドを組んでいたらしく、作曲はたつ兄が任せられていた。そして途中まで出来上がっていたある日、街中でたまたま小学生の男の子とすれ違った。小学生は歌を口ずさんでいた。歌詞は変だったが、そのメロディに思わず振り返ったという。
 
「おいっ、その歌なんの歌?」
 たつ兄が声をかけると少年は振り返った。
「オレがつくったの」
「まじで? もう一回歌って」
「無理だよ。適当に歌ったんだもん」
 
それからたつ兄は、曲が書けなくなったと言う。俺はその話を聞いて「はあ?」って感じだった。だけどたつ兄は言っていた。音楽の知識が増えれば増えるほど、“売れそうな曲”や“人の心に響きそうな曲”を意識しすぎて作ってしまう。それが悪いことだとは思わないけれど、俺は、自分の曲が作りたいんだよ。人に聴かせる為に作った曲じゃなくて、純粋に音楽が好きで俺が鳴らしたい曲をね。って。
それが作れなくなったんだと。
 
『だからこの曲はお前にやるよ。歌いたいメロディや歌詞が出来たら、お前が繋げ。どんなにへなちょこなメロディがくっついても、お前がそれにしたなら俺は最高の出来だと思うね』
 

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©Kamikawa

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