ル イ ラ ン ノ キ


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汚 れ た ド レ ス
 
私が幼い頃からそのお店は変わらずそこにあって、茶色く汚れたガラス越しに、薄汚れたウエディングドレスが飾られているのが見える。
胸に値札が掛けられていて、幼い頃から見掛けるたびにゼロの数を数えていた。ゼロは全部で4つ。50000円。もともとはもっと高かったのだろう。実際に店内に入って見たわけではないからわからないけれど、私が幼い頃から飾られっぱなしなのだから古く黄ばんでいたりするだろうに、それでも尚、五万はするのだ。
 
そのお店は昔からあるリサイクルショップでショーウインドウにはウエディングドレスだけでなく、箱に入った古めかしい人形も飾られているが、埃かぶっている。時折、朝の7時頃にお店から随分と腰の曲がったおばあさんが出てきて、お店の前を箒で掃いていたりする。それを見ながら私は外ではなく、店内を掃除すればいいのに、と思っていた。
 
そんなある日の休日、私は街まで出掛けようと最寄りのバス停まで歩いていた。バス停までの道程に、あのリサイクルショップがある。癖になっているのか、前を横切る度にウエディングドレスに目を向けていた。──と、そのとき、店のドアが開いて驚いた。お店の前を通り過ぎようかとしていたところなので、軽く挨拶をしようと思ったけれど、ただ黙ったまま足を止めてしまった。お店から出てきたのはいつものおばあさんではなかったからだ。学生だろうか。まだ若い、青年だった。
 
「あ、おはようございます」
 箒を持った青年は私に気づき、挨拶をした。
「おはようございます……。ここのお店の方?」
「はい。なにか覗いて行かれますか?」
「あ、いえ……あの、おばあさんは?」
「あぁ、最近体調を崩して、入院したんですよ」
「そうだったんですか……それは心配ですね。貴方は……お孫さん?」
「はい。店番を頼まれて」
「そうですか……」
 
私はリサイクルショップを見遣った。改めて見て、本当に年季が入っているのがわかる。硝子ドアも茶色く汚れ、壁には皹が走り、屋根も傾いている。
 
「古いですよね」
 と、青年もお店を眺めて言った。
「あ……いえ」
「確か50年ほど前からあるんですよ、この店」
「そうなんですか?」
 正直、50年にしては随分と古びているような気がする。
「店自体はあまり掃除しないから、もっと古くから営業しているように思われるんですけどね」
「なぜ掃除しないんですか?」
 私は首を傾げた。
「うーん……」
 と、青年は少し考えこんで言った。「少しお時間があれば、覗いていきませんか?」
「えっ……」
「大丈夫です、無理に買わせようとしたりはしませんから」
 と、青年は笑ってお店の戸を開いた。
「じゃあ……少しだけ」
 
何年も前からこのお店の存在は知っていたけれど、中に入ったことはなかった。入りづらい雰囲気だったし、失礼ながら欲しいものが置いてありそうにもなかったからだ。このリサイクルショップを長い時間ずっと眺めていたことはないけれど、少なくとも何度も前を通ったことがある割にはお客さんが出入りしている姿を見たことはなかった。
 
私はこの日、生まれて初めて店内へ足を踏み入れた。随分と埃っぽいと思ったけれど失礼になると思い、しかめっつらになるのを堪えた。店内は思った通り物がひしめき合っていて、背の高い棚が本屋さんのように並んでいるため、圧迫感を覚えた。昔ながらの骨董屋の雰囲気もある。
 
「これ、使いますか?」
 と、青年に差し出されたのは、真っ白なマスクだった。「埃っぽいでしょう」
「あ……すみません」
 
店内は不思議な空間だった。天井には豆電球の明かりがぽわんと優しく点いている。置いてある物たちは商品というより、ただ並べられたまま倉庫の中で静かに眠っているようだった。まるで時間が止まっているのではないかと思えてくる。
 
「色んな物、置いてますね」
 マスクをして、棚を見遣る。
 
埃被っていてすぐには気づかなかったが、割れた手鏡が500円で売られていた。
 
「あの……これ割れてますよ?」
 そう言うと、カウンターにいた青年が歩みより、手鏡を見遣った。
「あぁ、そうですね」
「割れてるのに売るんですか?」
「えぇ、うちは何でも引き取りますから」
「引き取る? 買い取るんですよね?」
「いいえ、引き取るのです。──あ、もしかしてあなたもここは普通のリサイクルショップだと?」
「違うんですか?」
「ここは大切な思い出の品を眠らせておく場所なのですよ。時の流れに逆らわず、埃かぶればそのままに、黄ばんでもそのままに。そして物は独りでに古くなってゆく」
「なぜ掃除や手入れをしないのですか? 大切な思い出の品なのに」
「大切な品ですが、あくまでも捨てた物だからです。ここを思い出の品を捨てる“ごみ箱”と呼ぶ人もいます。捨てたいけど捨てられない、そういった品を持って来るのです。思い出の品の生と死の狭間でしょうか。あ、中には“棺桶”と呼ぶ人もいます。響きは悪いですけどね」
 

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©Kamikawa

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