ル イ ラ ン ノ キ


 PAGE:(2/6)

 
「棺桶……」
 
私は呟き、ウエディングドレスを見遣った。あのドレスも誰かがここへ捨てにきたのだろう。自分で燃やすことは出来ないけど、綺麗に保管しておくことも出来ない、捨てたいけど捨てられない思い出の品。
 
「取り戻しに来る方も多くいるのですよ」
「そうなんですか……でも一応売ってるんですよね? 買われちゃったらどうするんですか?」
「それも捨てられた物の運命です」
「ここに物を持ってくる人は、理解した上で持ってくるんですね」
「ええ。取り戻しに来ることはないけれど気になる方が連絡をしてくることもあるのですよ。例えば……あの時計とか」
 青年は棚のちょうど目線の高さにある、埃かぶった腕時計を指差した。
「この時計の持ち主は、一年おきくらいに連絡してきては、時計の状態を訊いてきますので、写真に撮って知らせているのです」
「気になるんですかね……?」
「えぇ。時計の針はとっくに止まり、ベルトも黄ばみ、埃かぶり、この店に送られてきた日から長い年月が経ったことを思わせます。そしてすっかり古ぼけてしまった姿を見て、漸く捨てる決心をして、処分してほしいという依頼を受けることもあるのですよ」
「……不思議なお店ですね」
 
かつては大切にされていた物達が眠る場所。普通のリサイクルショップでは買い取ってもらえない、壊れた玩具や割れた鏡などが眠る場所。
 
「気になりますか?」
「え?」
「さっきからあの窓際に飾られたウエディングドレスを見ているようなので」
「あ……えぇ、いつも外から見えていましたから」
「そうですよね。僕も気になって、祖母に尋ねたことがあります。なかなか普通のリサイクルショップでもウエディングドレスは見かけませんからね」
 
青年はそう言って、窓際のウエディングドレスに近づいた。長年気になっていたウエディングドレスの話が聞けるのかと少しわくわくしながら私も窓際へ移動した。黄ばんだ窓ガラスの向こう側を通行人が横切ったけれど、誰もこの店に目を向けることなく通り過ぎてゆく。
 
「祖母の話によると、今から30年くらい前ですね。その頃祖母は50代半ばで、店のオーナーは祖母の母親、俺のひいおばあちゃんに当たる人でした。冷たい雨が降っている中で、傘もささずに若い女性がお店の前に立っていたそうなんです」
 そして青年はウエディングドレスにまつわる話を始めた。
 
その女性は白い大きな箱を両手で抱えていた。彼女の存在に気づいた店のオーナーこと昭子おばあさんは、店の奥から綺麗なタオルを持ってきて、少しの間店内から女性を様子を見守ることにした。けれど、女性は迷っているのかあまりにも長い時間そうしていたので、昭子おばあさんは店のドアを開けて声をかけた。
 
「さぁ、とりあえず入りなさい。それを預けるかどうかは、温かいお茶でも飲みながらゆっくり考えるといい」
 
そして昭子おばあさんは用意していたタオルを彼女の肩にかけたのだった。
白い箱を持った女性は昭子おばあさんに促され、店の奥へと足を踏み入れた。店の奥にある戸を開けると、コタツが出された居間が広がっている。オーナーが出した座布団に腰掛け、白い箱を脇に置いた。昭子おばあさんはすぐに熱いお茶を出した。女性はそれをいただきながら、ため息をついた。ホッと落ち着く味だった。
 
「あの……」
 と、女性はか弱い声を出した。
 
コタツを挟んで向かい側に座る昭子おばあさんも、お茶をひとくち飲んでから顔を上げた。
 
「なんだね?」
 と、優しく訊く。
「ここはなんでも引き取ってくれると聞いたのですが……」
 そう言ってちらりと白い箱を見遣った。
「なんでも引き取るさ。いや、さすがに体の一部は無理だがね」
 昭子おばあさんは困ったように笑う。
「体の一部……?」
 女性は眉をひそめた。
「以前ね、髪の毛の束を持ってきた女の人や、唇の皮を小さなビンに入れて持ってきた男がいてね」
 
それを聞いた女性の眉間のシワが更に深くなった。なんだか薄気味悪い。そんなものを預けてどうするのだろう。
 
「あとは……そうだね、生き物の死骸も勘弁してもらいたいね。剥製はまぁ……いいがね」
「そうですか……」
「なんでも引き取りますと言っておきながら、意外と引き取れないものも多くてね」
「あの……」
「なんだい? ドレスなら引き取れるよ」
「え?」
 なぜ箱の中身がわかったのだろうかと、女性は目をまるくした。
「私も一応女だよ。有名ブランドの名前くらいわかるさ」
 白い箱の中央には、金色の筆記体でブランド名が書いてある。
「あ……はい。ドレスと言ってもウエディングドレスなんですが……」
「おやまぁ」
 
さすがの昭子おばあさんも、ウエディングドレスには驚いた。パーティーなどに着ていくドレスを手掛けている有名ブランドは、ウエディングドレスも作っていたが、一般人が手を出せる値段ではない。
 
「いただいたんですけど……いい加減に手放したいのに捨てられなくて」
「ふむ。そうかい。詳しくは訊かないほうがよさそうだね。見せてくれるかい?」
「あ、はい」
 
昭子おばあさんはテーブルの上に置いていたみかんが入ったカゴやテレビのリモコンを床に置き、湯呑みを端に寄せた。女性は白い箱を大切そうにテーブルに置いたが、雨で濡れてしまった箱はふやけてしまっている。
昭子おばあさんは両手で蓋を開けると、キラキラと輝く純白のドレスが綺麗に畳まれて入っていた。
 
「美しいねぇ」
 思わずそう呟き、かつて自分が結婚式を挙げた日の事を思い出さずにはいられなかった。
「はい。綺麗ですね……」
「私の時代はね、まだ和装が当たり前だったんだよ。まぁ洋装もちらほらいたけど、あまりいい印象はなかったよ。だから私も白無垢だったんだ。あんたと同じ時代に生まれていたら、こんなハイカラなドレスを堂々と着れたのかと思うと、羨ましいよ」
「そんな……白無垢もいいじゃないですか」
「そうかい? 最近の若い子たちは好まないようだけどねぇ」
 昭子おばあさんは少し悲しそうに言った。
 
女性は暫くの間、箱の中のウエディングドレスを眺めていたが、次第にこのドレスに纏わる思い出も一緒に、このお店に置いていけたらという思いはじめた。
 
「あの、少し、お時間ありますか? 今日でなくてもいいんです。お言葉が欲しいわけではなく、ただ、聞いていただきたくて」
 
女性がウエディングドレスを眺めながら言ったため、昭子おばあさんは彼女が何を話そうとしているのか検討がついていた。
 
「今日でも明日でも構わないよ。どうせ暇なんだ。この店には滅多に客は来ないからね。なんなら、今日はもう店を閉めてもかまやせんよ」
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa

Thank you...

- ナノ -