voice of mind - by ルイランノキ


 世界平和4…『罪滅ぼし』

 
様々な感情が声となって頭の中を響き渡る。
金切り声、呻き声、怒号、嘆き声。強烈な頭痛に冷や汗を滲ませ、ジャックに支えられながら剣の墓場を歩き回っていたジムはとうとう膝をついて一歩も歩けなくなってしまった。ジャックはジムを担いで小屋に運び、薄汚れたシーツが掛けられているベッドに寝かせた。ジムは高熱にうなされながら息苦しそうに呼吸を繰り返している。
 
「俺たちだけで探すのは無理だよ」
 と、カイ2号が言う。けっきょく彼は、ジャックたちに付き合って聖剣探しを続けていた。
「俺がひとりで探す。お前はもう帰れ」
 とジャックが言った。
「…………」
 
ジャックはジムを置いて小屋を出て行った。
2号は気持ち悪さを感じていた。手伝う義理はないが、帰れと言われて帰るのも気持ちが悪い。かといって手伝うとしても終わりが見えないとやる気が起きない。
 
「帰らないのか……?」
 ジムが苦しそうに2号に目を遣った。
「帰っても店の手伝いしかやることねぇのよ」
「店……?」
「俺ん家はポポ店っていう飲食店をやってんのよ。ローザから金を貰って改装が済んだのはいいんだけどよ、客が増えて大変なんだよ」
 と、2号は床に腰を下ろした。
「いいことじゃないのか……?」
「いいことだけどよ、客層が悪いんだよ。ログ街だからよ」
「あぁ……」
「それに母ちゃんが店番やってんだけどよ、最近アルバイトを雇ったから別に俺がいなくても店は回るんだよ」
「…………」
「正直、金はもういいんだよ。まぁ、あるに越したことはないけどよ」
「ならなぜ手を貸すんだ」
 
2号は苦笑して視線を落とした。
 
「罪滅ぼしだよ」
「……なにをした?」
「良い子を裏切った」
「……アールか?」
「知ってんのかよ。……そうか、みんな彼女と繋がりがあるのか」
「ローザはアールと関りがある連中と接触を繰り返している」
「危険を顧みずにかよ」
「……あぁ。お前はどこまで聞いたんだ?」
「…………」
 
2号は「よっ」と言って立ち上がった。
 
「ここに来る前に、組織の人間だってのは嘘だってことは聞いたよ。あの二の腕の属印は、偽物だってよ」
 
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「だーからそこはどうにかお前の技術でどうにでもなんだろって話してんだ!」
 と、強い口調で電話をしているのはマッティだ。
 
そんなマッティを一瞥したのは喫茶店《花の種》の男性店員だ。洗ったコーヒーカップを食器棚に並べた。
 
「あのなぁ、無理を承知で頼んでんのはわかってんだよ。電波ジャック出来るか出来ないかで言ったらそんくらい出来るだろ? 昔のよしみでやってくれよオタク少年」
『やろうと思えば出来るがあんたの言うことは真実味に欠けんだよ。世界の終わりだぁ? 馬鹿なこと言ってんじゃねぇクソジジイ! もうボケて来たのか? ギャハハハハ!』
「調子乗ってるとお前ぶん殴るぞ。」
 
ゴホン!と店員が咳き込んだ。マッティは店員に「すまん」とジェスチャーをして、深呼吸をした。いつもは冷静なマッティだが、イライラを抑えるのに必死だ。
 
「いいか? 数年前、お前の両親を助けてやったのは俺だ。濡れ衣を着せられて不当解雇になって社会から抹消されそうになっていたところを、この俺が知り合いの弁護士まで雇ってやって親身になって話を聞いて闇を暴いてやったんだ。忘れたとは言わせねぇぞ」
『闇を暴いてやっただぁ? それがあんたの仕事だからだろ! おもしろいネタが舞い込んできたと思っただけだろ! つまらなきゃ記事にもしなかっただろうが! 親はあんたに感謝してるけどなぁ! 俺は関係ないね!』
「親に養ってもらってるガキがなにほざいてんだ。お前を養えてんのは俺が助けてやったからだろうが。とにかく10秒でいい。電波ジャックしてくれ。頼む。お前にしか頼めない」
 
マッティは椅子の背もたれに寄りかかり、窓の外を眺めた。
 
『10秒? たったの?』
「あぁ、10秒でいい。その10秒にすべてをかけて王女の声とその姿を庶民に届ける。王女の声が届けばあとはメディアが勝手に騒いで動き出す」
『…………』
 マッティはあと一押しだと思い、背もたれから背中を離した。
「お前も世界を動かす大事な歯車のひとつになるんだ。カイの幼馴染なんだろ? 偶然にしては出来過ぎてる」
『別に幼馴染じゃねぇよ。俺があいつをいじめてただけだ』
「嫌いだったからいじめてたのか?」
『…………』
「カイはお前になにか酷いことをしたのか?」
『…………』
「なぁ、デンデン。お前が動いてくれたらきっとすべてがうまくいく。お前の人生も、ここで変わるかもしれない」
『…………』
「信用できねぇっていうなら……なんとか王女と会わせる。会えばさすがに信じるだろ?」
『捕まるのはごめんだ』
「俺が全責任を負う。頼むよ。俺を信じて力を貸してくれ」
『……少し時間がいる』
「どのくらいだ」
『やってみなきゃわからない。でも、半日あればいける』
「準備が出来たらすぐに連絡してくれ」
『報酬は?』
「うまくいったらいくらでも払ってやるよ」
『10年は親に頼らなくても済むくらいは積んでくれよな。あとお前のためじゃない。あいつのダセェところを全国ネットで晒せるのが楽しみなだけだ』
 と、電話が切れた。
「素直じゃないねぇ」
 マッティは苦笑いをして、テーブルの上に置いていた煙草から一本取り出し、口にくわえた。
 
カウンターにいた男性店員が煙草を吸っているマッティを見遣る。
 
「めずらしく感情的でしたね」
 と、声を掛けた。
「うるさいガキは嫌いでね」
「そろそろ、ですか?」
「…………」
 タバコの煙を肺まで吸い込んで、ふぅと吐き出した。「世話になった」
「今後もどうかご贔屓に」
「ふはは」
 と、笑う。「あんたが組織の人間じゃなくてよかったよ」
「それはおもしろい。だとしたら筒抜けでしたね」
「筒抜けもいいところだ」
 と言ってマッティは立ち上がると、コートの内ポケットからハンドガンを取り出して店員に銃口を向けた。「そのときは殺すところだった」
「身の危険はいつでも察知しています」
 店員は余裕綽々と笑う。
「さすが元軍人」
 と、ハンドガンをポケットにしまう。
「やはり私のことも調べていたのですね」
「ギップスという男を調べていたらあんたに行き着いた」
「あぁ、ギップスさん」
「知ってんのか? 兵士なんか大勢いただろうに」
 椅子に腰かけ、ノートパソコンを開いた。
「彼は有名ですよ。集団自殺に手を貸したので」
「集団……」
「私もその中のひとりだったんですよ。この通り、生き延びてしまいましたけどね」
「それは知らなかったな。興味がある。ゲルブ戦争だろう?」
「えぇ。……あれは酷かった。強制徴募されたのですが、待っていたのはほぼ奴隷のような生活です。生きた心地がしなかった」
「精神を病んでいった者が多かったようだな。……で? 今は生きててよかったと思うのか?」
「そうですね。楽しく暮らしていますよ。ギップスさんはお元気ですか?」
「あぁ、彼も好きなことをして生きてる」
「そうですか。それならよかった」
 
ちょうど話を終えたとき、マッティの携帯電話が鳴った。液晶画面には《ローザ》と表示されている。
 
「──いい報告か?」
 と、電話に出る。
『今さっきジャックから電話があって、ジムが2つ目の聖剣を見つけたそうよ』
「でかしたな。もっと早く見つかると思っていたが」
『見つかるわけないのよ。剣山島の小屋の下に眠っていたんだから』
「そりゃまた死角だな」
 と、笑う。
 

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©Kamikawa
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