voice of mind - by ルイランノキ


 一寸光陰8…『マッティ』

 
アールはキースの部屋を後にしてリアのうしろを歩きながら、携帯電話を開いた。カイからのメールに苦笑しながら、返事を打つ。
共有部屋については大広間を出る際に聞いていた。ゼンダがルイのバングルについて話したいことがあるとのことで、少しの間待機するよう言われていた。その間にアールだけキースに会いに行った形になる。
 
「トイレとお風呂はついてないけど、部屋の近くにあるわ」
 と、リアが共有部屋へ案内しながら言う。
「助かります。ありがとうございます」
「あ、そうだ。アールちゃんってお風呂上りどんな服着てる?」
「えっと……、そのまま防護服だったり、Tシャツとスウェットパンツとかです」
「頂き物なんだけど、私には小さかったからもらってくれない?」
 と、リアは立ち止まり、シキンチャク袋からパイル生地の上下セットアップ服を取り出してアールに渡した。
「えぇ!? 頂いていいんですか? ふわふわ!」
 白くてふわふわな生地。ジェラ〇ケというブランドを思い浮かべた。
「アールちゃんなら似合うと思うわ」
「今日早速着ます! あ、ちょっとメールを返しますね」
 
【ベッドは了解。ルイはなにしてる? ルイの誕生日をお祝いする時間がありそうだったらお祝いしよう】とメールを打って送信した。
 
時刻は午後6時過ぎ。
 
「このあと少し……ゆっくりする時間あると思いますか?」
 と、アールがリアに問いかける。
「どうしたの?」
 と、歩幅を変えてアールの横に移動した。
「ルイの誕生日のお祝いがしたくて……。お祝いモードじゃないのはわかってるんですけど……」
「そういえば誕生日だったわね」
 と、リアは微笑む。「ルイくんはもう出かけたかしら……」
「出かける? どこにですか?」
「竜使いのところに」
「竜使い!?」
 と、驚く。そんな話は初耳だ。
「多分、シドくんもついて行くと思うから、その間に飾りつけするのはどう? 私も手伝うわ」
「あの、竜使いって何ですか? 竜使いって、あの竜? ドラゴンの使い?」
「そうそう。竜使いのタケバヤシさんと連絡が取れたらすぐにでも向かうと思うの」
「竹林……さん?」
「おもしろい名前よね。タケバヤシ・ジョーンズさん」
 
苗字じゃないんかい、と思う。
 
「タケバヤシさんに会いに行くってことですか?」
「そう。モーメルさんのところにね、タケバヤシさんから連絡があったんですって。手に負えない竜がいるからどうにかしてくれって」
「なんでモーメルさんに? モーメルさんって竜の扱い上手なの?」
「ううん。『アマダットと知り合いだろう? 紹介してくれ』って言われたそうよ」
 
ドラゴンの血を受け継いだ者のこと、すなわち、ルイのことだ。
 
「アマダット……。でもそのことを知っている人って限られてるはずなんですけど」
 はじめは仲間にさえ話していなかったことだ。
「それが、父から聞いた話によると、タケバヤシさんの元に謎の男が現れて──」
 と、ある部屋の前で立ち止まった。「ここが共有部屋よ」
 
コンコン、とノックをすると、すぐにドアが開いた。ドアを開けたのはヴァイスだった。
アールが部屋の中を覗き込むと、カイがベッドで寝ている。ルイとシドの姿はない。キッチンの上に、洗っていないコップが置かれていた。
 
「ふたりだけ?」
 と、アールはヴァイスを見上げる。
「ルイとシドは今しがた、国王に呼ばれて出て行った」
「入れ違いになっちゃったわね」
 と、リア。「私も少しおじゃましていい?」
 
アールとリアはダイニングテーブルの椅子に腰かけた。テーブルの中央では平たい小皿に入っている水に浸かっているスーがいる。
ヴァイスは一番奥のベッドに腰かけた。
 
「謎の男っていうのは? ──あ、なにか飲みます?」
 と、アールが席を立つ。
「ううん、私は大丈夫」
「あ、じゃあ……」
 少し迷い、せっかく立ったのだし、と自分用にグラスに水を入れて席に戻った。
「マッティ、と名乗ったそうなの。心当たりはある……?」
「う〜ん? わからない。いろんな人と出会ったから、忘れてるだけかもしれないけど」
「マッティと名乗った男がアマダットについて訊きに来たらしいの。タケバヤシさんの元にね。モーメルさんの知り合いだ、と言っていたんだけど、後々モーメルさんに確認したらマッティという知り合いはいないって言うの」
「え、怖すぎる……」
「そうよね。でも、それだけなのよ」
「それだけっていうのは……?」
「マッティと名乗って、モーメルさんの知り合いだと名乗って、アマダットについて教えてほしいと訊きに来た。それだけなの。タケバヤシさんはその時ルイくんの名前さえ聞いていないのよ。『知り合いにアマダットがいる』という言い方をしていただけだったから。タケバヤシさんはあまり信じていなかったみたいだけど、報酬と引き換えにアマダットについて知っている知識を話したそうよ」
 アールは小首を傾げた。
「……? じゃあ別にマッティっていう人が言っていた“知り合いのアマダット”がルイのこととは限らないってこと?」
「それがその後、タケバヤシさんが厄介な竜に手こずってアマダットの話を思い出してモーメルさんに連絡をしたら、ルイくんと繋がったわけだから、名前こそ出さなかったけどルイくんのことを調べていた、と考えるほうが自然じゃないかしら」
「そうですよね……」
 アールはグラスについでいた水を半分ほど飲んだ。
「その話、ルイは知ってるんですか?」
「父から聞いていると思うわ」
 
ルイのことを調べている謎の人物……と考えると組織の人間を疑う。敵を知るために調べていたのだろうか。何事もないといいけれど、もう“何事も起きない”のは不可能に思えた。
 
「実は……」
 と、リアが言い淀む。
「はい」
 言いにくいことだろうかと、小首を傾げた。
「マッティという男性に、私も会ったことがあるの」
「え?」
「アールちゃん、本当に心辺りはない? アールちゃんの行方がわからなくなって捜していた時にルヴィエールで声を掛けてきたの。おそらく同じ人物だと思うわ。私にはアールちゃんの知り合いだと言っていたのよ。旅の途中で出会った、と」
「…………」
 もう一度記憶を辿ってみるが、心当たりはない。ヴァイスに目を向けた。
「ヴァイスは知ってる? マッティって人」
「いや」
 ベッドに腰かけて二人の会話を聞いていたヴァイスは短くそう答えた。
「ヴァイスって記憶力いい? だとしたらマッティっていう人が嘘を付いているか、ヴァイスがいないときに会ったことがあるけど私が覚えてないだけかなぁ……」
 グラスを傾けた。「その人となにを話したんですか?」
 
リアはマッティと会った日のことを思い返した。
これから俺が話すことは、俺の賭けでもある。信じるかどうかはあんたの勝手だ。俺に手を貸すかどうかもな
 
「カメラを取り付けた無人航空機を飛ばしてほしいとお願いされたの。アールちゃんたちの戦いを、世界中に生中継したいと」
「え……なんでそんなこと……」
「何も知らずに平穏な生活を送っている町の人々にも、知らせるべきだと」
「そんなことしたら……不安を煽るだけじゃ……」
「どんな大きな事件も時代と共に風化していく。何も知らず、知らない場所で起きたことなら尚更。今、この世界で起きていることに世界中の人が目を向けるべきだと、彼は言ったの」
「…………」
 ただ事の成り行きを見守るしかできない人々が、恐怖心を胸に祈りながら放送を見つめている、そんな情景が目に浮かんだ。
「私は、そのお願いを聞き入れることにしたの。彼の話は誰にもせずに、私の独断で準備を進めてる。もしかしたら止められてしまうかもしれないから、父にも知らせていないわ」
「…………」
 
正直、不安に押しつぶされそうだった。世界を救えたその時は、世界中が祝福するかもしれない。でももしも、世界に闇を落とすことになったら……? 世界中から攻撃の対象になるだろう。特に私の正体が知れ渡ったら……。
 
「アールちゃんはどう思う?」
「私は……」
 
何も知らなくていいんじゃないかな。わざわざ不安を煽るようなことをしなくてもいいんじゃないかな。すべてが終わってから、知らされる。それでいいんじゃないのかな。
でもそう思うのは、私が世界中の目を恐れているからだ。
 
「彼はアールちゃんたちの力になりたいと言っていたの。組織の人間じゃないとも。……私はコテツくんのこともジェイさんのことも見破れなかったから人を見る目に自信はないけれど、アールちゃんやモーメルさん、そしてルイくんのことを知っていて調べていたのは、みんなの邪魔をするためじゃなくて、手助けをするためなんじゃないかと思って」
 
リアさんはいい人だ、とアールは微かに笑う。いい方向に物事を捉える。怪しさが残るマッティという男をいい人に仕立て上げるのは早い気がした。
 
「私とどういう知り合いなのかまでは聞いてないんですよね?」
 と、アール。
「詳しくは話せないと言っていたわ。こちらの味方である以上、自分たちも組織から命を狙われる。だからどこの誰か、正体は明かせないと」
「自分たち……?」
「仲間がいると言っていたわ。それも詳しくは話してくれなかったけれど……」
「…………」
 
敵か味方か。考えてもしょうがないのかもしれない。敵だとわかったその時は戦えばいいだけ。
  
「リアさんは、もし今ここにコテツくんが現れて、頭を下げて、組織に弱みを握られていましたと言って私たちの力になりたいと懇願したら、優しく手を差し伸べるんでしょうね」
「それは……」
 否定できない。
 アールはグラスに残っていた水を飲み干した。
「自国で私が生まれる前に戦争がありました。戦後生まれが増えて、戦争を体験したその悲惨さを伝えられる人はどんどん減っていって、残された資料も少なくて……。同じ歴史を繰り返さないためにも、マッティさんの提案には私も賛成です」
 失敗も成功も、受け継いでいくべきだと思った。たとえ非難を浴びることになっても、それも含めてきっと必ず後世の役に立つ。 
「よかった。じゃあ引き続き、準備を進めておくわね」
 と、立ち上がる。「──お誕生日会の準備、しよっか」
「え……いいんですか?」
「もちろん! ルイくんが戻るまで時間があるから、その間に」
 と、微笑んだ。
 

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©Kamikawa
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