voice of mind - by ルイランノキ


 一寸光陰7…『共有部屋』

 
──みんな、死なないで。
 
アールの言葉に、各々が自分の生死について意識を向けた。永遠なんてない。いつかは失われる命。この戦いで途絶えてしまうかもしれない。その不安はとても現実的で、どうしても拭いきれない。死ぬ気なんてさらさらない。だけど、付きまとう死への恐れからは逃れられない。
 
「はじめまして。アール・イウビーレです」
 個室のドアの前にいた少年に、アールは自己紹介をした。
「あ……僕は、キースっていいます」
「少し話が聞きたいんだけど、いい?」
 アールの問いに、キースは不安げにアールの後ろに立っていたリアに目を向けた。
「大丈夫よ、彼女は悪い人じゃない。この世界を守ってくれる人」
「…………」
 この人が?と言いたげな目でアールを見上げる。
「そして私のお友達よ」
 リアがそう言い足すと、“友達”という言葉に安心したのかキースは真新しい黄色いカーペットが強いている自分の部屋にアールを招き入れた。
「リアさん、少し二人きりにさせてもらえますか」
 と、アールが振り返る。
「わかったわ。部屋の前にいるから、なにかあれば声をかけてね」
「ありがとうございます」
 
キースはベッドの横にあるデスクの椅子を引いてアールに「どうぞ」と言うと自分はベッドに腰かけた。
 
「急にごめんね」
 と、椅子に座る。
 キースは無言で首を振った。
「エテルネルライトの中はどんなだった?」
 時間がないこともあって、単刀直入に気になることを訊いていく。
「……苦しかった。動けなくて、頭がおかしくなりそうだった」
「そう……。体調は?」
「今は全然。目が覚めた時は、頭に霧がかかったみたいにふわふわ、もやもやしていて、声も出しにくくて、視界もまぶしくて……でもすぐに良くなった」
「それはよかった。今はなんともないの?」
「うん。元気です!」
「…………」
「……?」  
 
興味本位で会ってはみたものの、これと言って聞きたいことがなかった。
私もエテルネルライトの中で眠らされるんだろうか。エテルネルライトの中で身動きが取れずに、何年も、ずっと。
上手く想像ができなかった。無事に元の世界に帰って、仕事を休んで自宅に戻る。台所にいる母が何事かと様子を見に来る。──そっちのほうがリアルに想像が出来た。
いや、この世界で起きたことをすべて忘れてしまうのなら、私は何事もなかったように仕事に向かうんだろうと思う。
 
「おねえさんは、世界を守るの?」
 と、今度はキースが質問を投げかけた。
「……そう。仲間と一緒に」
「どうやって?」
「……シュバルツ、わかる?」
「うん。もうすぐ目覚めるって。戦うの?」
「そう。戦うの」
「怖くない?」
「…………」
 
──怖いよ。とても。
世界を救えなかったらどうしようとか、また誰かを失ったらどうしようとか、私が世界を壊してしまったらどうしようとか、そんな不安が私を脅すの。
 
「怖くないよ。みんながいるから」
 と、笑顔で答える。
「…………」
 
キースはベッドから立ち上がると、アールに「床に座って」と言った。アールは、なんだろう?と思いながら言われるが床に座る。
するとキースは、アールの前に歩み寄って小さな体で抱きしめた。
 
「怖くない怖くない」
 と、アールの背中を撫でる。
 
かつて自分の母がそうしてくれたことを思い出しながら。
 
「……っ」
 アールは泣きそうになるのを必死にこらえた。キースの小さな手が、心を熱くする。
「大丈夫だよ」
 
アールはキースを抱きしめ、長い時を越えて生き続けているこの命が消えてしまわないように、命に代えてでも守りたいと強く思った。
 
━━━━━━━━━━━
 
「まさかおいらたちのためにお部屋を用意してくれるなんてリアお姉さま最&高じゃなーい?」
 と、カイがベッドにダイブした。
 
広々とした5人部屋だ。出入り口から右手の壁側に枕を向けてベッドが5つ並んでいる。それぞれカーテンで仕切られており、ベッドはヘッドボード付きで小物を置けるようになっていた。反対の左奥はキッチンになっている。角に冷蔵庫が置かれ、キッチンの隣、部屋中央から左向こうにダイニングテーブルがある。入口の左手前は5人分のロッカーが設置されていた。
カイがダイブしたベッドは、出入り口に一番近いベッドの隣だ。
   
「こっちはアールだから誰も寝ないでね!」
 と、カイが出入り口に一番近いベッドを指さしながら勝手に決める。
 
ヴァイスはダイニングテーブルの椅子に腰を下ろした。
 
「みなさん、なにか飲まれますか?」
 と、ルイ。
「ブラックコーヒー」
 と、シドは一番奥から二番目のベッドに腰を下ろすと、刀を壁に立てかけた。
「俺はフルーツミックスジュース!」
 と、カイが言う。
「そんなものはありませんよ」
 そう言いながらキッチン奥に設置されていた冷蔵庫を開けてみると、フルーツミックスジュースが入っていた。他にもりんごジュースや野菜ジュース、お茶や紅茶などがある。
「えー、じゃあパイナップルジュースぅ」
「いえ、ありました。用意してくださっていたようです」
 と、食器棚からグラスを取り出した。
「やったー!」
 ベッドでごろごろしながら携帯電話を取り出し、アールにメールを打った。
 
【お部屋快適ー♪】──送信。
 
「ヴァイスさんはなにか飲まれますか?」
「紅茶はあるか」
「えぇ、アールグレイが。僕も頂くとします」
 ヴァイスの肩からテーブルの上に移動したスーが、不安げにルイを見遣る。──自分の水は用意してくれるのだろうかと気になっているようだ。
「スーに水を」
 と、ヴァイスが察して言う。
「かしこまりました」
 
もちろん言われる前から用意するつもりだったが、カイであれば「そんなの言われなくてもわかってるって」と言いかねないところをルイは黙って受け入れる。
ヴァイスはヴァイスで、ルイのことだから言わなくても用意するだろうとは思っていたが、スーが不安げにしているので伝えたまでだ。
 
ルイが全員分の飲み物をテーブルの上に置くと、ベッドに横になっていたシドが起き上がってダイニングテーブルに移動した。カイはベッドに寝転がったままだ。
 
「カイさん、ジュースここに置いておきますよ」
 と、ルイが椅子に座りながら声を掛ける。
「持って来てー」
 と、メールを打ちながら言う。
 
ルイは仕方なく、カイのフルーツミックスジュースを持ってベッドに運んだ。
 
「どなたかにメールですか? ここに置いておきますね」
 と、ヘッドボードにジュースを置いた。
「アールに」
 そう答えながら、送信画面を見せる。
 
【アールのベッドは俺の隣だから。嫌だったら俺と一緒のベッドでも可】と打ってある。
 
「あいかわらずですね」
 と、もはや関心の域である。
「ん? なにが?」
 と言いながら送信ボタンを押した。
「積極性というのでしょうか、自分に自信がないとむずかしいですよ」
「ん? なんの話?」
 と、首を傾げる。無意識に息を吐くようにやっているのだろう。
「いえ、羨ましいと思っただけです」
 と、ダイニングテーブルに移動する。
「ルイが俺を羨ましいだって!?」
 驚いてルイの元に歩み寄った。
「僕はカイさんのその明るさや楽観的な部分には憧れていますよ」
 と、椅子に座る。
「えーまじ? ──って、あれ? 俺のジュースは?」
 と、テーブルを見遣る。
「今しがたベッドに運びましたよ……」
 

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©Kamikawa
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