voice of mind - by ルイランノキ


 一体分身18…『眠らない竜』

 
「──愛ってのはな、魔法の力よりでかいんだ」
 
突然、愛を語り出した男に振り返ったのは、大柄の男、ナシビだった。汗だくの体に薄っぺらいタンクトップが張り付く。
 
「急になんだ。こんな時に」
 
大気を震わす獣の咆哮が響き渡った。
大きな岩の陰に隠れているのはマルックとその相棒、ナシビだ。岩の向こうではガルババという名の蛇竜種が火を吐いている。マルックたちとの戦闘により、だいぶ体力が削られている。
 
「こんな話を聞いたことがある。死を待つだけだった植物状態の男の元に生き別れた娘が駆けつけて、声を掛け続けたら目を覚ましたんだ」
「それはよかったな。安心した、死を前にして急にお前から愛の告白でもされるのかと思った」
「ぶははは!」
 と、マルックは笑う。「俺が例え男好きだったとしてもお前には惚れねぇよ」
「こっちからも願い下げだ」
 そう言いながらナシビはシキンチャク袋から回復薬を二本取り出し、一本をマルックに渡した。
「回復薬はこれで最後だ」
 と、そう言って。
「んじゃ、ラストスパートと行くか」
 
回復薬の瓶を軽く掲げ合うと一気に飲み干した。奪われた体力がみるみるうちに戻って来る。
 
「ガルババ、通称、眠らないドラゴン」
 と、マルックは岩の陰から飛び出すタイミングを見計らう。
「そろそろもう眠らせてやろう」
「だな」
 
マルックが手に持っていた武器、グラディウスを一振りしてスペルを唱えると、グラディウスは柄の両端に刃がついた両剣へと形を変えた。そしてマルックがガルババに向かって飛び出したのを合図に、殴打武器メイスを装備したナシビも後を追う。
 
旅を始めたのは今か6年前、18歳の時だった。あの頃は“かっこいいし安いし軽い”というだけで武器を選び、旅と言っても生まれ育った町と隣町の間を行き来して魔物を狩っては金に換える程度だった。
力を備えていくと、その辺の魔物や使い慣れた武器では満足が出来なくなった。もっと遠出をしようと決めた。その頃にはある程度金も溜まり、VRCに通って本格的に修行を積むことが出来た。
その頃は旅の目的は時になかった。強いて言うなら、男として旅人に憧れ、冒険に心疼いただけだ。
そんな中で多くの出会いがあった。特に町に立ち寄ると必ず居酒屋に行くせいか、同じ旅人やおかしな連中と出会う。旅の情報交換をすることもあれば、危険なクエストを受けることもあれば、年老いた老人のくだらない愚痴を聞かされることもあれば、旅の疲れを癒してくれる女との出会いなど様々だ。
 
中でも一番驚いたのは、家を出てから一度も会っていなかった弟とバッタリ出くわしたことだ。
 
「ナス! 俺が引き付ける! 背後に回れッ!!」
「おう!!」
 
マルックはガルババに攻撃を仕掛けながら、注意を自分に向けた。その隙に深い傷を負ったガルババの尾に魔法打撃を加え、尾を潰すように切り離した。ガルババが咆哮を上げる。
 
「もう一息だッ!!」
「マルック! あとは俺がどうにかする! おまえは隙を見てとどめを刺せ!」
「手柄をくれるのはありがてぇが、戦闘は計画通りに行きやしねぇ! 隙を見つけた方がとどめを刺しゃいいんだよ!」
 と、勇み立ったマルックの笑顔に、ナシビは「了解」と短く応え、こいつについて来て良かったと思った。
 
──長旅の末にガルババが眠る洞窟にたどり着き、戦闘を開始してから3時間は経っていた。
地面に仰向けに寝転がっているマルックとナシビがゼェハァと頻呼吸を繰り返している。血圧が上昇して吐き気がした。
 
「ハァ…ハァ…おい……生きてるか……? ナス……」
「たぶんな……」
 
互いの生存を確認し、呼吸が整うまで体を床に預けた。その向こう側では、ガルババが永遠の眠りについている。
洞窟の奥には池溜まりがあり、上から滝が流れているが、どういうわけかガルババがいる場所まで滝の水が溢れる様子はない。
 
「……動けるか? 最後の仕事だ」
 と、疲労で顔を歪めながら、体を起こしたマルック。
「…………」
 声も出せないのか、ナシビは黙ってむくりと体を起こした。
 
マルックはシキンチャク袋から小瓶を取り出すと、それを持ってガルババの頭に近づいた。
ガルババの目は図体に反して小さく、半透明の青いガラスのようだった。腰に掛けていた予備の武器である短剣で目をくり抜き、瓶の中に入れた。ナシビも同じように、瓶を取り出して反対側の目をくり抜いた。
瓶のふたを閉め、軽く振ってみるとカラカラと音が鳴った。
 
「んで? これをどうするんだったか……? 」
 とマルック。
「青い炎で炙る」
 と、ナシビが答えた。
「んなもんどこにあんだ」
 と、周囲を見回す。
「滝のむこうかもな」
 と、滝に向かう。
「相変わらず記憶力がいいし頭が冴えてるな、ナスは」
「怪しい場所は滝しかないだろう」
 
ナシビが言った通り、滝を潜るとその奥の壁に直径20cmほどの穴が開いており、青い火が広がっている。
 
「瓶、割れねぇのかな」
 と言いつつ、マルックは乱暴に放り入れた。
「少しは躊躇えよ」
「二個あるから試しにいいだろ。つか、どうやって取り出すんだ」
 青い炎の中で瓶が転がっている。
「素手でいいだろ」
 と、ナシビはおもむろに炎の中に手を突っ込んで瓶を拾い上げた。「熱いぞ」と、マルックに手渡す。
「あっち! あーっち! 無茶なことするなぁ! 火傷するぞ!」
「ガルババの攻撃に比べたら大したことじゃない」
 と、ナシビも自分が持っていた瓶を青い火の中に放り入れた。
「いやいや、攻撃魔法よりタンスの角に足の小指をぶつける方が痛いだろ」
 と、受け取った瓶を眺める。ガラスのようなガルババの目が浅葱色の液体になっている。
「なんでだろうな」
 と、再び炎に手を突っ込んで瓶を拾い上げた。「熱い」
「溶けたか? 目ん玉」
「あぁ」
「んじゃ、退散すっか……」
 と、洞窟の外へ向かう。
 
「これが眠り薬になるんだと。眠らないドラゴンの目が、眠り薬になるっていうんだから不思議だよな」
「あぁ」
「ナス、よくわかんねぇ旅に付き合わせて悪かったな」
「いや、楽しかった」
「そうか! それならいい。──弟の一生のお願いを聞かないわけにはいかねぇからな」
 
洞窟を出ると、外の光に目を細めた。時刻は午後1時過ぎ。
マルックはポケットから携帯電話を取り出した。
 
「えーっと、電話ってどうやるんだっけ?」
 と、ナシビを見遣る。
「わからない」
「数字を押せばいいのか?」
「押してみればいい」
「多額請求されないか?」
 と言いながら、シキンチャク袋からメモ用紙を取り出した。
 
メモしておいた番号を携帯電話に打った。耳に当てるが、うんともすんとも言わない。
 
「かからねぇ。壊れてんのか?」
「なにかボタンを押してから番号を押すんじゃないのか?」
「どのボタン?」
「わからない」
 
二人で携帯電話の操作に苦戦する。携帯電話を買ったのはつい3日前だった。急いでいたため、ろくに扱い方を聞かずに店を出た。
 
もう一度、メモに書いておいた番号を押す。画面に番号が表示されている。手元のボタンを確認する。電話の受話器のようなマークがあった。
 
「これか?」
 と、押してみると、電子音がして呼び出し音が鳴ったので慌てて耳に当てた。
 
しばらく呼び出し音が鳴った後、『誰だ』と相手が電話に出た。
 
「俺だ俺だ。久しぶりだな! 遅くなって悪い」
『……誰だ』
 と、短く返って来る。
「おまえ兄貴の声も忘れたのか」
『! ──兄さん……無事だったのか』
「死ぬわけねぇだろ、俺が」
 と、笑う。
『相変わらずでよかったよ』
「おまえが欲しがってたもの、やっと手に入れたぞ。もう何ヵ月も経ってしまったけどな」
 立ち寄った町で弟とバッタリ会ったのは数ヵ月前だった。
『本当か!?』 
「どこに持っていけばいい?」
『……誰かに取りに向かわせる。場所を教えてくれ』
「おまえが取りに来いよ。おまえのために手に入れたんだぞ。随分かかった」
『……それはできない』
「…………」
 
ナシビはマルックが電話を終えるのを待ちながら、近くにあった木によじ登っていたカブトムシを捕まえた。
 
「なぁ、スタン。軍人としてうまくやってんのか?」
『あぁ。もうすぐ偉業を成し遂げるところだ』
「そうか、それならいい。──いつかまた、元気な面を見せてくれよ」
『……そうだな』
 

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