voice of mind - by ルイランノキ


 覧古考新4…『身体の変化』

 
テンプルムへたどり着くまでに戦闘があり、アールは魔物が流した血のにおいをずっと嗅いでいたいと思ったが、そんなこと口にはしなかった。この感覚は異常だとわかっているからだ。
 
カイはいちいち外に出るのが面倒で塔の中で食事をすればいいと提案したが、ここは神聖な場所なのでとルイは承諾しなかった。ゲートステージの近くにテントを出し、その手前にテーブルを出した。
アールはルイがシキンチャク袋から食材を出している姿を見て、すぐに目を逸らした。あれほど空腹だったのに急に食欲を無くす。テントに入ると、カイが寝転がってゲームをしていた。
 
「アールもやるぅー?」
「食欲ない……どうしよ」
「え? アール朝も食べてないじゃん」
 と、ゲームを中断する。
 
シドは外でランニング中だ。ヴァイスの姿は無く、森の奥にでも散歩に行っているのだろう。
 
「洞窟の中に大量の食料でもあったわけ?」
「……ない」
 
嘘をつこうにも、つける状況ではなかった。洞窟で一生分沢山食べたと言いたいが無理があるし、城内でたらふく食べてから洞窟へ行ったと言っても洞窟で過ごした日数を考えると無理がある。
 
「具合悪いの……?」
「ううん。ぴんぴんしてる。……私の体、どうなっちゃったんだろう」
 
モーメルに会わなくては、と思う。彼女ならなにかもっと詳しい事情を知っているはずだと。
 
「モーメルさん家に行ってこようかな……」
「ばあちゃんならいないけど……」
 少し気まずそうに答えるカイ。
「え、なんで?」
「入院してるから」
「……なんで?」
 
なんで? 知らなかった。
カイは仕方なく、アールの覚醒魔術を行った後のことを簡略に説明した。それらのことも夕飯時に話すつもりだったが、会話の流れだった。
アールはモーメルが両目を失ったことを聞き、呆然とした。複雑な感情に縛られる。私のせい? それとも……。
 
「それで……どこの病院にいるの?」
「ルイなら詳しく知ってる。それかウペポばあちゃん」
 
アールはテントを出て、食材を切っているルイの横顔を眺めた。ルイはすぐにアールの視線に気がついた。
 
「どうかしましたか?」
「モーメルさんに会いたいんだけど」
「…………」
 突然のことに、手を止めた。
「二人で話したい。入院していることも、目を失ったことも、カイから聞いた。居場所を教えて」
「……はい」
 
断る理由はない。彼女が今、そうしたいと言うなら従うべきだ。ルイは料理を中断してシキンチャク袋からノートとペンを取り出すと、モーメルがいる町の名前と病院、そして病室の名前を書き、簡単な地図も描いてアールに手渡した。
 
「ありがとう」
 と、受け取る。
「今から行かれるのですか?」
「うん、だから昼食はいらない」
「ですがアールさん……」
 朝も食べていない。何日も食べていないはずだ。
「食べて帰る」
 と、安心させるためにそう言った。
「でしたら」
 ルイは取っておいたアールのお小遣いを渡した。封筒に入っている。
「ありがとう。用が済んだらすぐに戻る」
 
アールはそう言って、ルイからの返事も待たずにゲートステージからテンプルムを離れた。
アールの淡々と話す口調と行動に、戸惑う。以前はもっと……不安定だった。自分の行動ひとつひとつに対してこれでいいのかという戸惑いや不安が含まれていた。しっかりしてきたと言えばそうなのだが、心寂しさを感じるのはなぜだろう。ルイは料理を再開した。
 
アールはテンプルムを出た瞬間、待ち構えていたようにそこに立っていた男に驚いた。アサヒだ。
 
「おひさしぶり。電話したんだけどなぁ」
 と、アサヒは腕を組む。
「さっき気づきました」
「だったら掛けなおしてほしいものだけど」
「それどころじゃなかったから」
「それにしてもな」
「今忙しいんです。後にしてください」
 立ち去ろうとするアールの手首を、アサヒが掴んだ。
「失踪したと思ったら何食わぬ顔で戻ってきた。死んでいるかと思いきや生きていた。どうなっているんだ?」
「だから、後にしてと言ってるんだけど」
 と、アサヒを見据える。
「だったらついて行くよ。どこに行くんだ?」
「──邪魔だ」
 アールはアサヒの手を振り払った。「落ち着いたら連絡する。邪魔するな」
 
突然別人のような言い方をしたアールに、アサヒは戸惑った。
 
「お前……誰だ?」
 口調の変化と、見据えてくるその瞳に別の“なにか”を感じる。
 
アールはアサヒに背を向け、ゲートから森の外へ出た。
アサヒはしばらくアールが立っていた場所を眺めた。そして、ため息をこぼす。
 
「なーんかイライラするなぁ……」
 
アールは森の外へ出ると、そこから一番近いペンテールまで少し歩いた。獣の魔物が現れる。首に掛けていた武器を元の大きさに戻した。タケルの意思が宿っている剣だ。
  
「行くよ」
 
一声掛けてから、駆け出した。
1匹倒すとその断末魔の声や血の匂いで別の魔物が寄ってくる。案の定森の中から様子を窺いに来た別の獣がアールを獲物として捕らえ、後ろ足で地面を蹴った。アールは次から次へと現れる魔物を見て、もっと来い、もっと集まって来い、と欲しがった。ほとんど一撃で倒してしまい、面白みはないが爽快感はある。
そして、魔物が途切れたときには周囲に13体の魔物が息絶えていた。ちょうど近くに群れで行動する魔物がいたようだ。
 
剣の血を払い、ネックレスには戻さずに腰に挿した。ペンダントトップのように出来るのは両手が空くし邪魔にならずに便利だが、外を歩くときは元の大きさに戻すその一瞬のひと手間がもどかしかったりする。
その場を立ち去ろうとしたアールの鼻に、魔物の血の匂いが鼻をついた。魔物の死体を見遣り、触れたいと思う。その衝動に従い、片膝をついて触れてみる。まだ温かい。さっきまで生きていた証だ。殺したばかりの肉がここにある。このまま放置して去るのはもったいないと感じる。魔物の体から流れ出た血が足元に広がった。指先で触れ、生温かさを感じる。そして、少し、舐めてみたいと思った。
 
「え……」
 
ドクンと心臓が跳ねる。血に濡れた指先が震える。それを口元へ運ぼうとしている自分がいる。それに抵抗しようとしている自分もいる。これを口に含めば満たされる感覚と、二度と戻ってはこれない恐怖が入り混じる。お腹の虫が鳴る。もう一度死体に目をやると、傷口に両手の指を入れてもっと大きく引き裂き、かぶりつきたいという衝動に陥った。──きっと、美味しいに違いない。
呼吸が荒くなる。欲しい、欲しい、と口の中で唾液が溜まる。アールの目はうつろに、また、蛇の目のように金色に光った。
 

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©Kamikawa
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