voice of mind - by ルイランノキ


 一体分身5…『オーディション』

 
「次の方、一歩前に出て」
「はい」
 アールは一歩前に踏み出した。審査員の視線が重くのしかかる。目を合わせるのもそらすのも気まずい。 
「歌は決めてる?」
「あ、はい」
 自分の番が来る前に慌てて決めておいた。
「じゃあ歌って」
 
アールが選んだのはヴァイスが綺麗な歌と言ってくれた、朧月夜だ。なんとしてでも合格して、陽月の恋人と思われる男性にメッセージを届けたい。アールはゆっくりと深呼吸をして、前を見据えた。
   
 
 菜の花畠に 入日薄れ
 見わたす山の端 霞ふかし
 春風そよふく 空を見れば
 夕月かかりて におい淡し
   
 
アールの声は特別誰よりも美しく魅力がある、というほどではないものの、なにか人を惹き付けるものがあった。そのため、その場にいたコンサートスタッフたちの中で作業の手を止めて彼女に目を向ける者が多かった。
 
「綺麗な歌だね、誰の曲?」
 と、審査員の一人が別の審査員に訊くが、全員首を傾げた。
「あ、えっと……オリジナルです」
 アールは咄嗟に嘘をついた。
「君が作ったのかい?」
「いえ……えっと……知り合いが作りました」
 
朧月夜の作詞は高野辰之、作曲は岡野貞一という人物だが、アールはそこまでは知らなかった。知っていたとしてもここで名前を出しても審査員は首を揃えて傾けるだろう。
 
「その知り合いを紹介してほしいね」
 と、審査員たちは顔を見合わせて笑った。
「あ、残念ながら亡くなっています」
 それだけは知っていた。いつ頃に亡くなった人なのかまでは知らない。
「そうかい、それは残念だ。──君の歌声もいいね。思わず聴き入ってしまったよ。特別うまいというわけじゃないが……不思議と惹きつけられる」
「それじゃあ……」
「うん、合格だね」
「やった! ありがとうございます!」
 と、頭を下げた。
「名前と年齢を教えてくれるかな?」
「アール・イウビーレ、21歳です」
「え?」
 と、審査員が一斉にアールに目を向けた。
 後ろに並んでいるオーディション参加者やスタッフたちの視線も感じたが敢えて見なかった。
「21歳です。すいません大人で……」
「あ、いや。もっと若いのかと思ったよ。年齢は関係ないからね」
 審査員は参加者合格リストにアールの名前を書き、アールにはまるい厚紙で作られた番号札を渡した。
「そこに書いてある時間までにはステージ横に来てくれ」
「わかりました」
「それと、申し訳ないんだがその格好でステージに立つのかな?」
「え?」
 と、アールは自分の服装を見遣った。いつもの汚れたツナギだ。「ダメですか?」
「いや、ダメじゃないんだけどね。カメラが入るんだよ。全国で生放送されるから、君が気にしないならいいんだけどね。女の子だから」
「あぁ……じゃあ着替えます。あの、どんな格好でもいいんですか?」
「あまり露出が多い服は困るけどね」
 と、笑う。
 
アールは自分が持っている服を思い返しながらオーディション会場を後にした。
一応、報告としてエイミーに電話を入れることにした。コンサート前だから電話には出ないだろうと思っていたが、彼女はすぐに電話に出た。
 
『アールさん! オーディションどうでした?』
 と、ずっと気にかけてくれていたようだ。
「あ、お忙しい中すいませんっ!」
 留守録にメッセージを残すつもりで電話を掛けたため、少し慌てる。『オーディションは無事に合格しました!』
『よかった! 私はシークレットゲストだから、楽屋から出られなくて退屈しているんです』
 と、エイミーは笑った。
「そっか、誰かに見られちゃまずいですもんね」
『そうなの。歌う曲は決まりました?』
「あ、それがまだ……。オーディションで歌った曲でもいいんですけど、音源がないからアカペラになるなって気がついてちょっと怖気づいてます。あ、服装を指摘されたので着替えようと思ってるんですけど、どこかステージの近くで着替えられそうなところ知ってますか?」
 と訊きながら、イベントスタッフに訊くべきことだったなと後悔した。
『音源……なんていう曲ですか?』
「あ……えーっと、」
 
そうだった。エイミーも私がこっちの世界の人間じゃないと知らないんだった。正確にはこっちの世界の人間だったわけだけど。ややこしい。
 
「友人が作った歌なので」
 と、また嘘をつく。
『そうでしたか。あの、提案なんですけれど、祖母の曲を歌うのはどうでしょうか。それだけで彼女を知っている人へのメッセージになると思うんです』
「……確かに、そうですね」
 
その通りだ。似顔絵の男が陽月と親しい仲だったなら、彼女の歌を知っているはずだ。その中でも一番有名な歌なら尚更。
 
『でも音源までは……』
「あ」
 
音源なら、ある。手元にある。自分の世界から持ってきた携帯電話に、陽月の曲が入っている。携帯電話自体は他の荷物と一緒に洞窟に置いてきたけれど、音楽が入ったSDカードは引き抜いて手元にある。もし携帯電話が壊れてもデータだけは守っておきたかったからだ。
でも携帯電話がないと使えない。──タケルの携帯電話は? だめだ、棺の抽斗にすべて納めたんだ。誰かに持って来てもらえないだろうか……。
 
「……用意出来るかもしれません。出来なかったら、アカペラで歌います!」
『え? でも……』
「ちょっと調べてみます」
『わかりました。もしお時間があれば、楽屋に来れませんか?』
「いいんですか?」
『えぇ、お衣装が必要であれば、お貸しできるかもしれません。一応、見に来ませんか?』
「わぁ、助かります! どこに行けばいいですか?」
 
アールはエイミーの居場所を聞いて、早速向かうことにした。
足早に向かいながら、ダメ元でデリックに電話を掛けた。なかなか出ず、諦めて切ろうとしたところでデリックの声がした。
 
『はーいよっ』
「デリックさん、急で申し訳ないんですけど、タケルの棺の抽斗にある彼の携帯電話を誰かに持って来てもらうことって出来ませんか?」
『どこにっすか?』
「ハヤテ町です」
『あー、そーいや、休暇とって今日そこに行ってる奴いたような……? 誰かのコンサートを観に行くとかなんとかで。連絡取ってあげましょーか。いったん戻って来いって』
「なんか申し訳ない気がするけどお願いします」
『はいよ。また連絡しまーす』
 と、電話が切れた。
 
シドに連絡を入れようかと考える。町を出るのはもう少し待ってほしいと言えば絶対にキレられるのは目に見えている。
 
「わっ!」
 
アールは思わず足を止めた。4階建ての建物の外壁に、人が半分、埋まっていたからだ。壁から人が出てきた状態で止まっている。背中の部分が壁にめりこんでいるのだ。
 
「なんだ……マネキンか……」
 
この町は驚かされることが多い。アートの町。マンホールの蓋が開いていて危ないと思ったらタダの絵で、穴など空いていないとか、ベンチに小鳥が沢山いて座れないと思ったら全て作り物だったりだとか、並んでいる2つの建物の向かい合っている壁面に描かれた人の絵が会話をはじめたりだとか、“魔法ではない仕掛け”がいたるところにある。
 
「あれ? アールなにしてんのー?」
 と、カイが路地裏から顔を出した。
「カイ……ねぇ見てこれ。びっくりした」
 壁にめり込んでいるマネキンを指差した。
「さっき見て俺もビックリした。向こうには窓ガラスに頭突っ込んでぶら下がってるマネキンがあったよー。地面にはガラスが散らばっててさ」
「それほんとにマネキンだったの……?」
「散らばってるガラスも偽物だったよ、地面に描かれてた!」
 と、楽しそうに笑う。「見に行くー?」
「行きたいけどちょっと……用があって」
 カイに言えばシドに伝わるかもしれないと、言葉をにごす。
「用ってー?」
「ほら、例の人捜さないと」
「まだ見つかんないの?」
「カイも捜してくれてるんでしょ?」
「名前なんだっけ」
「ゾマー…」
 と、ポケットからメモを取り出して確かめた。「ゾマー・リュバーフ」
「わかった捜すー」
「……ほんとに?」
 と、疑いの眼差しを向けた。
「俺ルイへのプレゼントも探したいんだよねぇ」
「あ……ルイから返事来た?」
「ううん」
「……ここから病院まで飛べないかな」
「あぁ! お見舞い?!」
「そう。連絡が来ないと不安で……」
「俺行ってこようか? ゲートで行けたら」
「ほんと?」
「お金ないけど」
「…………」
 アールは仕方なく自分の財布を取り出した。
「私もあまりない。5千ミル札しかないからお釣りはちゃんと返して」
「うひょーっ!」
 と、嬉しそうに受け取った。まるでお小遣いを貰った子供のようである。
「ちゃんとお釣り返してよ? お釣りはルイへのプレゼントに使うんだから」
「でもアール、お金の管理頼まれてるよね? もっと持ってるじゃーん」
「“自由に使えるお金”がそれしかないの。だからちゃんとお釣りは返してね?」
「大丈夫! 行ってくる!」
 と、カイはアールに背を向けてゲートボックスを探しに向かった。
 
アールはカイを見送りながら、このこともシドにはまだ言わないでおこうと思った。
 

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