voice of mind - by ルイランノキ


 当機立断14…『ルイ』

 
【もしものときは、お願いします】
 
ルイからそんなメールを受け取ったのは、シドとヴァイスだった。2人はそれぞれ読み終わると、返事を返さずに携帯電話を閉じた。
 
「メール?」
 と、カイは服を着ながら、まだ泉に浸かっているシドに聞いた。
「あぁ」
「お姉さん?」
「…………」
 シドは泉の水で顔を洗った。
「お前さ」
「ん?」
「なんで何も言わなかったんだよ」
「ん??」
「ルイの結核のことだよ」
「…………」
「バカなお前でも結核くらいは知ってんだろ」
 カイは珍しく苦笑して、タオルを濡れた頭に巻いた。
「バカな俺でもアールを気にかけてルイが嘘をついたことくらいわかるよ」
「……へぇ」
「昔、近所のおっちゃんが結核で死んだんだ。ステージ1の間は症状が風邪とさほどかわらなくて、ステージ2に上がった途端に免疫力が低いと進行が急速に早まって手遅れになることが多い。でもステージ1の段階で病院にかかってたら治る見込みは十二分にある、でしょ?」
「100パー助かるとは言えないけどな」
「……死なないでしょ。ルイは」
「…………」
 シドは泉の縁に置いていた携帯電話を再び手に取ると、ルイから受信したメールをカイに見せた。
「もしものときって……」
「別にルイだって死ぬ気はねぇし、俺も死ぬとは思ってねぇよ。可能性の話をしてるだけ」
「…………」
 視線を落とすカイに、シドは笑った。
「いつものお前の考えだと、選ばれし者を守る光がこんなことで死にはしない、だろ?」
「あ、うん! そうだった!」
 
そうだ。こんなことで死んだりはしない。病気ごときで死んだりはしない。死ぬとしたら、戦いの果て──
 
「あ、今日の晩御飯、美味しかったよねぇ」
「選んだレシピが良かったんだろうな」
「美味しかったってことだね、伝えとくー」
 と、カイはテントに戻った。
 
しばらくして、シドも泉から出ると服を着始めた。そこにヴァイスがスーを連れて帰ってきた。
 
「ハイマトス族って泉に浸からねぇのか?」
「……傷は人より早く完治するからな」
「汚れはどうすんだよ」
「風呂に入っている」
「…………」
 シドはツナギのズボンに足を通した。
「あ? お前一人でどっかの街行って風呂に入ってんのかよ!」
「冗談だ。」
 と、背を向けてテントに入った。
「冗談かよ! つか今日は中で寝んのかよ」
 
シドもタオルを頭に巻き、テントに戻ると待っていたアールが着替えを持って立ち上がった。
 
「じゃあヴァイス、カイを見張っててね」
「あぁ」
 
アールは安心してテントを出て行く。
 
「なんだ見張りとして戻ってきたのか」
 と、シド。シキンチャク袋から自分の布団を取り出して敷いた。
「ひどいよねー、わざわざヴァイスを呼び戻すことないのに」
 カイは布団に寝転び、ピコピコゲームをしてる。
「ルイがいねぇからな」
「俺、覗き魔じゃないんですけどー。気づいちゃったし」
「気づいた?」
「結婚すればいつでも裸を拝めるじゃん? って」
「…………」
 シドは布団に入った。
「え、もう寝るの?」
「お前の妄想に付き合えるかよ」
「妄想じゃない。俺には世界の未来は見えないけど、アールとの未来は見えるんだ。──あ、歯を磨くの忘れてた。磨いてこよう」
 と、ゲームの電源を切って体を起こした。
「中で磨け」
 と、ヴァイスはテントの出入り口に腰を下ろしている。
「口を濯ぐためにも外に出ないと」
「バケツにでも吐き出せ」
「汚いじゃん!」
「だからさっき泉に浸かってるときにお前も歯ぁ磨けっつったろ」
 と、シドは布団に入って背を向けている。
「俺の計画がっ!」
「計画だったのかよ……」
「俺が虫歯になったらヴァイスのせいだからね!」
「中で磨けと言っているだろう」
「じゃあバケツはヴァイスが洗ってよね!」
「断る。」
「外に出てもアールを見なければいいんでしょ?」
「外に出すなという要望だ」
「ひどい!」
「中で磨くのが嫌ならアールが戻るまで待て」
「アールいつも遅いじゃん……。それまで俺が起きていられると思ってるの?」
「なら中で磨くことだな」
「バケツやだ!」
「だったらもうテメェは虫歯になれ!」
 と、シドが怒鳴った。
 
アールはテントを気にしながら、服を脱いで泉に浸かった。体温と同じ温かさの泉。あまり気持ちがいいとは言えない。
 
「ふぅ……」
 
以前は疲れた体が癒されていくのを感じていたが、今は勝手に回復してくれる体のおかげでそれも感じない。そして気づいたことがひとつ。精神的な疲れはこの泉の力とこの不老不死の体を持ってしてもすぐには癒せない。
 
アールは泉で顔を洗った。
アサヒに連絡を入れたとき、陽月の恋人について訊いてみればよかったなと思う。組織の人間は陽月を知らないだろう。でももしも陽月の恋人が組織の人間で、別世界に住んでいる彼女と出会って付き合ったのなら、噂が広まりそうだ。それとも噂好きなのは女だけだろうか。男が多いイメージがある組織では色恋沙汰などに興味を持つ人は少なかったりするのだろうか。
 
夜空を見上げようとして、アリアンの像が視界に入る。
 
「……母親?」
 
彼女のお腹の中にいたときの記憶が蘇ろうと、母として思えるのは料理が下手だった桜井佐恵子、だた一人だ。
体の向きを変えて、テントを見遣った。カイは眠っただろうか。
静かな夜。未だに外で裸になる行為には慣れない。ルイが不透明な個壁結界を立てられたらいいのに、なんて思う。──ルイももう眠っただろうか。明日の朝食は何にしよう。ルイはよくなにを作ってくれていたかな。シドが文句を言わなければいいけれど……。
 

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©Kamikawa
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