voice of mind - by ルイランノキ


 当機立断3…『女の子』

 
ルイ、カイ、シドが病院へ向かったあと、アールはひとりで部屋に残っていた。ルイが掃除をしたおかげで朝から気持ちがいい。換気のために少しだけ開けた窓から涼しい風が入り込んでいる。
テーブルの上にノートを広げ、早速アサヒに電話を掛けてみることにした。少し緊張する。というのも、これまで組織から何度も連絡が来ていたが完全に無視をしていたからだ。もしかしたら出ないかもしれないし、出た早々にキレられるかもしれない。
 
呼び出し音が鳴る。アサヒはなかなか出なかった。長らく待ってみたが、呼び出し音が鳴るばかりで出る気配がない。仕方なく電話を切った。折り返し掛かって来るかもしれないと思い、テーブルに携帯電話を置いておく。
アールは頬杖をつき、虚空を見遣った。そういえば陽月の絵を見てくれた絵描きの人からの連絡がない。きっと忘れてしまっているんだろう。
 
テーブルに顔を伏せ、目を閉じた。
 
コテツくんは、今頃なにをしているんだろう。組織の人間として私に近づいてきたのだとしても、彼の存在には救われていた。彼はまだ若い。組織に入った理由は知らないけれど、もしもやり直せるなら……。
そんなことを考えていると、携帯電話が鳴った。残念ながらアサヒではなく、知らない番号からだ。迷ったものの、知り合いである可能性も考えて電話に出た。
 
「……はい?」
『あ、アールさん?!』
 妙に明るい、女性の声。どこかで聞いたような……。
『私です! 覚えていますか? ライリーです!』
「ライ……ライリー?! 久しぶり! 元気?!」
 と、思わず笑顔になる。
 
本の中の世界で出会った。ライリー。その後、家族とは会えたのか、上手くいっているのか心配だった。連絡先を教えていたものの長らく連絡が来なかったため、きっと上手くいっているのだろうと思っていた。
 
『なんとか! アールさんたちは? みなさんお元気ですか?』
 久しぶりだからだろうか、アールはなんだか彼女との距離を感じた。もっと距離が近かったイメージがある。そうか、と思い出す。敬語だからだ。彼女は初対面のときから敬語は使っていなかったし、私のことも呼び捨てだったように思う。連絡が途絶えていた間、彼女を変えるなにかがあったのだろうか。
「あー…うん! 一応。そっちは? 順調?」
 ルイが入院しそうなことは口にしなかった。
『私、一緒に旅がしたいんです!』
「……はい?」
 聞き間違いだろうか。物凄く明るい声で一緒に旅がしたいと言われたような気がした。
『仲間に入れてくださいっ!』
「…………」
 開いた口が塞がらないとはこのことか。急展開過ぎてどうしたらいいのだろうと目を泳がせた。
『あのー、聞いてますか?』
「あ、うん。聞いてる……でも、どうして?」
『家に帰ったんですけど、両親が離婚していて、知らない男が父親になっていたんです。可愛かった弟はすっかりおっさんになっていたし、母は泣くほど喜んでくれてずっと家にいていいって言ってくれたんですけど、居心地が悪くて。急に帰って来られても困るっていうか、どうしたらいいのかわからないみたいで凄く気を遣われるし、なにより祖母の仏壇に私の写真があったのも複雑で。死んだと思ってた家族が帰ってきてもって感じですよね!』
 明るく話すライリーだったが、無理をしているのはわかった。
「そうだったの……」
『だから家を出て、新しい街で住む場所を見つけて仕事を始めたんです。でも、上手くいかないことばかりで。何回も面接に落ちましたし、やっと受かっても失敗ばかりでクビになりました。それでも生きていくには働かないと行けなくて頑張ってたんですけど、なんか住む場所の確保と生きるために食事をするそのために働くばかりで全然楽しくないんです。生きるってなんなんですか?』
「えっと……」
 物凄い直球な質問が来た。返答に頭を悩ませる。
『そこで思ったんですよね。自分探しの旅に出かけようって』
「…………」
『だから連絡しました!』
 
──ちょっとまて。『自分探しの旅』に、街の外に出ていつ襲われてもおかしくない魔物が沢山いる場所での旅を選ぶのおかしくね……? と、思わずシドのような口調で思う。
 
「あの……うん。自分探しの旅はいいと思う。でも私たちと旅をするのはまた違うかと……」
『どうしてですか?』
「死にたいわけじゃないんだよね? 外の旅ってとても危険なの」
『知ってます! だからここ最近はVRCに通っているんです!』
「んっとー…」
 外に出る気満々すぎる。その勢いに負けてしまいそうだ。
『迷惑ですか?』
「うっ……迷惑っていうか、ライリーが思っているより危険なの。シドは強いけどそれでも危険な目に合うし、みんなで協力し合っても厳しいときなんてざらにあるし。正直自分たちの身を守ることでもいっぱいいっぱいで……だから……」
『迷惑ってことですか?』
「いや……その……」
『迷惑ならそう言ってください』
「…………」
 
言えないのは、傷つけたくないから? それとも、「迷惑です」なんて冷たいことを口にする自分がいやなだけ?
 
「ごめんね……賛成はできない。死なせるわけにはいかないの」
『じゃあもっと強くなります! 待っていてください!』
「え……」
 聞いてたのかな、話。
『今どの辺を旅しているんですか?』
 来る気満々ー!?
「あの……ライリー?」
『私を甘く見ないでくださいね! 結構強くなりましたから! あ、また連絡します!』
「あの、もしもし? もしもーし!」
 電話が切れている。「旅はそう甘くないよ!!」
 
一先ず元気そうで良かったと思うべきか。でもこのままだと本当に仲間になりかねない。新しい仲間が増えるのは嬉しい。しかも女の子だと尚更嬉しい。でも、旅の経験がなく、まだ若いライリーを引きずり込むのは嫌だ。
  
「はぁ……どうしよ……」
 
仲間に相談するしかないな、と思う。いっそのことシドにはっきり言ってもらうのはどうだろう。でも自分がはっきり断れないからシドに押し付けるのは人としてどうなのだろうか。
 
診察に行った3人は何時くらいに戻ってくるだろうか。そんなことを思いながら窓から外を眺めた。幼稚園児くらいの子供を連れた大人たちが一列になって歩いている。子供はみんな同じような背丈で同じ制服を着ている。時間帯を考えるとこれから幼稚園へ向かうのかもしれない。
街の中は平和だった。魔物に怯えることはほとんどない。塀で囲まれた街。はじめは牢獄のようだと思っていたが、そうではない。この世界に住んでいる人はこれが普通なのだ。魔物が現れる前まではモンスターと共存していたという。その時代を生きていた人からすれば狭い世界だと思うかもしれないけれど、魔物が蔓延る時代に生まれた子供たちからしてみれば“外”は2種類あり、それが普通なのだ。それにゲートがあれば別の街へ簡単に行き来が出来る。不自由はない。時折結界が外れて魔物が入り込むこともあるが、その確立は田舎に住んでいる者が熊やイノシシに襲われるよりも低いだろう。
 
「世界を滅ぼす者……シュバルツ……」
 
魔力に溺れた者。この世界に魔法の力が存在する限り、シュバルツを倒せたとしてもいずれまた新たに力に魅了され、溺れる者が出てくる。その度に救世主が現れて立ち上がる。
ゼンダはその連鎖を止めようとこの世界から魔法の力を消し去ることを考えた。
 
──なるほどね、と思う。そんなこと実現に出来るかどうかは別にして、この世界から魔法が無くなったら……別の問題が出てくる。そしてまたそこでも人同士の争いが生まれる。人はそういう生き物なのだ。誰にも止められない。人は欲望の塊。自らの手で何かを奪い、その結果大きなものを失ってゆく。
 
「世界を滅ぼすのはいつだって人間なんだ……」
「隕石は?」
 
当然背後から声がして振り返る。6才くらいの女の子が立っている。
 
「え……誰?」
「隕石だって、世界ほろぼすでしょ? 世界ってゆうか、星。隕石のせいで恐竜が死んだって、ほんとかなぁ」
 女の子はアールの横に移動し、窓の外を見遣った。
「どこから入ってきたの……?」
 ドアには鍵をかけているはずだ。
「むーすーんで、ひーらーいーて、てーをーうって、むーすんでー、まーたひらいて、てーをーうって、そーのーてを、うーえーにー」
「その歌……」
「もうすぐできるかなぁ」
 窓の外を見つめる女の子は歌い終わると、わくわくしながらそう訊いた。
「え? なにが……?」
 窓の外を見ても、家が並んでいるだけだ。
 女の子はアールを見上げると、窓の外を指差して言った。
「スカイツリー!」
「……え?」
 もう一度窓の外を見遣るも、なにもない。
「あ、ママー!」
 突然女の子は振り返って走り出した。アールが目で追おうとしたが、女の子の姿はどこにもなかった。
「え……え……? なに……」
 
心臓がバクバクと動揺している。玄関へ移動し、廊下を見ても誰もいない。部屋中を捜し回っても、女の子の姿はどこにも無かった。
 
「なに今の……幽霊!? こわっ!」
 と、自分の体を抱きしめるも、疑問が残る。
 
──スカイツリー? もうすぐできるかな?
 
「幻覚……?」
 それにしては妙にリアルだったし、意味がわからない。
 
起きたまま夢でも見ていたのだろうか。
 

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