voice of mind - by ルイランノキ |
アールはカメラに背を向けた。笑顔のまま、2階のアーチ状の正面入り口を抜ける。ゼンダがフェンスに近づいて、カメラの向こう側にいる世界の人々に一礼をしてアールの後に続いた。
音楽隊の曲を背中で聴く。
「アール」
と、ゼンダが声を掛けた。
アールは背を向けたまま、石畳の中央で崩れるように膝をついた。ぽろぽろと涙が落ちる。
「……よくがんばったな」
「泣かないって決めてたのに……」
と、アールは袖で涙を拭う。
「誰も見ていない」
「ゼンダさんは見てる」
と、鼻を啜り、すぐに立ち上がった。ゼンダと向き合い、互いに目を見据える。
「私のことは気にするな」
「気にします。……ルイのことを話す時、悲痛な目をしてた」
「…………」
「私は良くも悪くも、人の顔色を窺うから、そういうのに敏感なんです」
「…………」
「心を痛めてくれて、ありがとうございます」
と、頭を下げ、ポケットから睡眠薬を取り出した。
ゼンダはなにか言葉を探したが、今の彼女に掛ける言葉はどこにもないことに気づく。ただ小さく「感謝する」と、伝えた。
アールが睡眠薬を飲もうとした時、塔の外から聴こえていた音楽にばらつきが生まれた。人々のざわめきが聞こえる。
「なに……? 魔物でも現れた?」
と、アールが出入り口に目をやった。
ゼンダは気配を感じ取り、目を伏せた。
「……昨夜、私の元にやってきた」
ゼンダはそう言ってアールの手の中にある眠り薬に目を向ける。
「……誰が?」
「眠り薬が2つあることを知った男が、だ」
出入り口から射し込む光を人影が遮った。つかつかと靴音を鳴らしながらアールの視界に入って来たのはヴァイスだった。
心臓が跳ね上がったアールの視界が涙で揺らぐ。ヴァイスはアールの前で手に持っていた小瓶の蓋を開けた。
「だめっ……ヴァイスッ!!」
ヴァイスは小瓶の睡眠薬を躊躇なく口に流し入れ、エテルネルライトの中心でアールを抱き締めた。
「お前を独りにはさせない」
「うぅ……」
本当は気づいていた。気づいていながら、気づかないふりをし続けていた。それは私を癒すものではなく、裏切り・戸惑い・混乱・不安・痛みを持ってくるものだと予知していたからだ。
本当は願っていた。心のどこかで、彼の心の向く先が、自分に向いてくれることを。
だけどすべて邪魔な感情だと判断をして蓋をした。見えないふりをしていた。
そうするしかなかった。自己防衛だった。
だけどそんな防衛は崩れ去り、アールは力強くて温かいヴァイスの胸の中でむせび泣いた。ヴァイスの想いに応えるように、背中に手を回して、しがみつく。ヴァイスは優しく微笑んだ。
ゼンダが虚空から杖と魔導書を取り出した。右手に魔導書を開き、左手に持った杖を翳す。
「儀式を始める」
ゼンダは抱き合う二人に告げた。
「ヴァイス……」
アールがようやく声を出した時、彼女を抱いていたヴァイスの手が力なくだらりと垂れ下がり、彼の体重がアールにのしかかった。
アールはヴァイスを支えながら、片手に持っていた睡眠薬を自分の口に流し入れた。そこに迷いは一切なかった。もう、独りじゃないからだ。
「ヴァイス……」
アールはヴァイスの耳元で囁く。「私は」
ゼンダがスペルを読み上げる。アールとヴァイスを囲むように設置されていた小さなエテルネルが虹色の輝きを放った。エテルネルライトが徐々に大きく成長していく。
「あなたのことが好きです」
アールはヴァイスをそっと寝かせ、その腕に抱かれるように自分も身を委ねた。
アールの言葉はヴァイスに届いただろうか。そんなことを思いながらゼンダは封印のスペルを唱えた。エテルネルライトが塔を貫く眩い光を放ってアールとヴァイスを包み込んだ。
「…………」
静寂に包まれる。二人を封じたエテルネルライトを前に、ゼンダがふらりとよろけて壁に手をついた。もうすっかり年だなと感じる。けれど休んでいる暇はない。
ゼンダは背筋を伸ばして2階の塔から姿を現わすと、フェンスの前まで歩み寄り、儀式の成功を伝えた。壮大な音楽が響き渡る。それに合わせて、5000発の花火が上がった。
戦いの終わりと、新しい時代の幕開けを迎える──
時刻は午前9時前。
数百日で1秒を刻んでいた世界の時計の針がカチリと音を立てて動き出す。
2秒を刻むとき、その世界から一人の存在が消えた。
Thank you... |