voice of mind - by ルイランノキ


 全ての始まり16…『夢と現実』

 
世界の運命を目の当たりにした人々が一斉に息を呑んだ。
立ち込めていた暗雲な雲が消えて無くなり澄んだ青空に眩しい太陽が顔を出し、絶望に覆われていた世界に光が降り注ぐ。枯れ果てたエテル樹に桜が狂い咲き、そこから波紋が広がるように青々とした草木が色付いて、様々な色の花が咲き、春の風が世界を包み込んだ。
風に踊る花びらが、キラキラと陽の光を浴びて流れていく。
 
人々はわっと声を上げ、外へと飛び出した。自然の空気をその体に染み渡らせるかのように吸い込み、安堵のため息をこぼす。
歓声が上がり、涙を流しながら笑顔で喜び合う──
 
アールはエテル樹である桜の木の前に落ちていたアーム玉を拾い上げた。禍々しい黒い渦が漂っている。シュバルツのものだ。
 
「やった……終わった……終わったんだ!!」
 と、カイが叫ぶ。
 
カイは死霊島がかつてトキ島という名を取り戻したように色づいた周囲の変化に驚き、傷だらけの体に鞭を打って立ち上がった。アールに駆け寄ろうとしたところで、上空にいつの間にか集まっていたスーパーライトからロープが垂れ下がり、ゼフィル兵が銃を持って降りて来た。カイは驚いて足を止めた。
 
「え……なに……?」
 
20名ほどのゼフィル兵は銃口をアールに向けて取り囲んだ。その異様な光景は全国放送で流れ続けている。
ホテルの共有スペースにあるテレビの前で世界が救われた喜びに浮かれる人々に、「静かにしてッ!!」と、叫んだのはライリーだった。
 
テレビ画面に映る世界の救世主に再び注目が集まる。
笑顔で喜び合った人々の顔が徐々にこわばっていく。そこに映し出されていたのはシュバルツのアーム玉を手に、金色に目を光らせているアールの姿だった。
 
アールは以前言っていたシドの言葉を思い出していた。
 
 肉体だけでなく魂がこの世から消えても、想いが残ることもある
 
シュバルツの力は消え去ったが、強い怨念がアーム玉の中で独り歩きしている。
 
「それをこちらに渡しなさい」
 と、トランシーバーではなく背後から聞こえたゼンダの声にアールが振り返る。
 
周囲を囲んでいるゼフィル兵に一瞥し、ゼンダを見遣った。
 
「なんだよこれ……」
 と、カイが呟いた。「なんだよこれッ!!」
「アール・イウビーレ。それを渡すのだ」
 と、ゼンダがアールに歩み寄った。
  
アールは左手に握っている黒い渦を巻くシュバルツのアーム玉に視線を落とす。
 
「これ?」
「そうだ」
「…………」
 アールはもう一度それを長め、周囲に目を向けた。ドルバードが数体、上空を飛びながら目のレンズを向けている。少し考えたあと、言った。
「やーだ」と。
「──!?」
 アールを取り囲むゼフィル兵が銃を構え直し、引き金に指を掛けた。銃を構えている手が小刻みに震えている。
 
アールは近くを飛んでいるドルバードに向かって不適に笑い、シュバルツのアーム玉を自分の口の中へ放り入れ、噛み砕いて飲み込んで見せた。
 
「連行する」
 ゼンダの言葉に、待機していたゼフィル兵の一人が手錠を持ってアールの前に歩み出た。
 
アールは何も言わずに両手を差し出し、手錠を受け入れた。カシャンと冷たい音が鳴る。
 
「なにやってんだよッ!!」
 と、カイがアールを捕えたゼフィル兵に跳びかかろうとしたが、ヴァイスがその腕を掴んだ。
「なんでッ!?」
 なぜ止められたのかわからずにヴァイスを睨みつけた。
「アールは星を滅ぼす力を持っている」
「……だからなんだよ。アールは星を救ったじゃないか! アールは世界を平和に導いただろ!! なんでこんなっ……なんでこんな酷い扱いをされなきゃいけないんだよ!! おかしいよッ!!」
「カイ?」
 と、連行されていくアールは足を止めてカイに目を向けた。
「アール……」
「見てて。私たちの物語はまだ終わってない」
「…………」
 カイは泣きそうになるのを堪えた。
「ちゃんと見届けて」
「でもっ……」
「空を見て」
「…………」
 カイは空を見上げた。青く澄んでいる。太陽の周りに円を描くように虹が出来ていた。ハロ現象と呼ばれるものだ。
 
カイが視線を下ろしたとき、アールは地面に降り立っていた飛行車に乗せられて連行されていた。
ヴァイスがカイの肩に手を置いた。
 
「これでいいの? ヴァイスは」
「…………」
「約束しただろ? 俺たちがアールを元の世界へ帰してあげるって……」
「ゼンダを信じよう」
「……ルイも、どこに行ったのさ」
「…………」
「俺たちを放って、アールがこんな目に遭ってて黙ってるわけないのに」
「…………」
「こんなの……全然喜べないよ」
 と、視線を落とした。
「…………」
 ヴァイスの肩にいたスーが不安そうにヴァイスとカイを交互に見遣る。
「悪者を倒してハッピーエンドじゃないの? みんな揃ってハッピーエンドを迎えるんじゃなかったの?」
「それは夢物語だ」
「……現実なんかくそくらえだ」
 と、らしくない言葉を使う。「二人だってそう思ってるよ」
 
桜の花を咲かせているエテル樹に目を向けた。その両端の地面に、タケルの剣とシドの刀が突き刺さっている。
あの時、アールは意識が飛ぶ前に武器をタケルとシドの剣に切り替えていた。その瞬間、アールの思いに応えるようにシドとタケルのアーム玉が光を放ち、それぞれが意思を持って剣と刀に分離してアールと共に戦ったのだ。
動けずにいたヴァイスとカイの目には、まるでシドとタケルが駆けつけたように見えた。
 
ヴァイスは海に視線を移した。太陽の光で水面がキラキラと輝いている。
 
「だが、アールが守った世界は美しい」
「……クサイセリフを吐いて終わらせようとしたって俺の心は報われないよ。アールの心だってきっとそうだ」
「“私たちの物語はまだ終わってない”と言っていた」
「アールはこの先のシナリオを知ってるの? そんな言い方だ……。未来まで見えるようになったわけ?」
「…………」
 彼女の中で考えがあるのかもしれないと、そんなことを思う。
「最後まで見届ける義務がある。ルイのこともある。私たちも城へ戻ろう」
 

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