voice of mind - by ルイランノキ


 心声遺失14…『リセット』

 
タロスが咆哮をあげて建物を揺らした。ドシドシと音を立てながらアールに向かってくる。アールは身を屈めて左右から飛んで来たタロスの腕を交わして足を斬りつけた。甲冑が硬い。
 
「ヴァイスさん!」
 と、ルイがヴァイスに声を掛け、付近に結界を立てた。
 
ヴァイスはすぐに結界の上に飛び乗り、タロスの頭に銃弾を浴びせる。
ルイは住人をかきわけながらカイに近づいた。
 
「大丈夫ですか!?」
「あばらやっちゃった……」
 と、呻く。
「今治します」
 ルイはまた集まってきた住人から自分とカイを守る結界を張って治療に当たる。
 
アールはタロスの周囲を駆け回りながら攻撃するタイミングを見計らう。その間にもまた次から次へと住人が集まって来る。
 
──なんで弱いくせに集まってくるわけ……?
 
アールの黒目が極端に細長くなり、金色に変化したのを、誰よりも真っ先に気づいたのはスライムのスーだった。人々の足の間をスルスルと通り抜け、アールの顔に張り付いた。
 
「ぅわっ!」
 と、スーを払いのける。「スーちゃん!?」
 
スーに目を向けたその時、住人の一人がスーを踏み潰した。アールの中で一気に怒りがこみ上げる。気づいたときには住人の頭を刎ねていた。スライムは踏まれたくらいでは死にはしないのに。
 
──ダメだ……どうしよう……
 
アールはスーを肩に乗せ、タロスを見上げた。拳が振り落とされる。床を蹴って回避した。
 
──どうしよう…… 歯止めが効かない。
このままじゃ、ここにいる住人を全員殺しかねない。
   
回復魔法で復活したカイが住人を払ってブーメランをタロスの頭に向かって投げ飛ばした。ダメージは食らっているようだが、勢いが少しだけ減った程度だ。
アールがタロスの背後に周り、魔力を溜めた。視界に捉えたタロスの向こう側に見える天井に、ヨグ文字が新たに魔法円を描いていることに気づき、思わず剣先を下ろした。
 
「なにか来る……」
 と、アールの緊迫した言葉にヴァイスたちが視線を辿る。
 
天井からずるりと粘り気のある液体と共に赤い心臓のような塊が糸を引いて落ちて来た。びくびくと痙攣しており、中になにかが眠っていることがわかる。その正体を確かめることを待ってはくれないタロスが地面に片足を叩きつけた。アールたちは身を構え、地面から突き出したいくつもの剣によってダメージを受ける。
 
体力が大幅に削れていることに気づいたカイがシキンチャク袋から取り出した回復薬を飲んだ。タロスも放ってはおけないが、突如現れた気味の悪い心臓のようなものから目が離せない。
 
タロスの息の根を止めなければ……。アールは焦る思いで攻撃魔法を浴びせ、重ねて物理攻撃も与えた。タロスの足元が少しだけぐらつく。ルイが応戦し、雷の魔法を浴びせた。
タロスから距離を取ろうと方向転換をした先で住人とぶつかる。──邪魔だってば!
スーが察してアールが動きやすいようにと住人の足に絡みついてドミノ倒しのように人々を床に寝かせていく。
 
突然、心臓のようなモノが血しぶきを上げた。薄い膜を引き裂いて悪魔のような手が一本、二本、三本と伸びてくる。6本の手が床を捉え、ぐいと体を抜き出した。長い髪をした人間の頭が蜘蛛の体についている。体長2.5m。
 
「あれはなに……? 魔物?」
 と、カイが絶望的な眼差しを向ける。
「シュバルツが生み出したバケモノでしょう……」
 と、ルイはロッドを構える。
 
蜘蛛の腹部にタマゴのようなものがある。
 
「弱点とか不明……?」
「見るからにアンデッド系ですから、聖属性攻撃で打ちのめしましょう」
「タロスもまだ生きてる……」
 と、アールがルイの横に下り立った。「住人も増えてる」
「事態は最悪だ」
 と、ヴァイスが言った。
「タロスの体力は半分は削ってるはず。ヴァイスとカイに任せたい」
 アールは蜘蛛を標的に捉える。「スーちゃんは周囲の人間を追い払って」
「わかった!」
 と、カイがタロスの攻撃範囲に入り込む。ヴァイスもそれに続いた。
 
スーも自分の役目を果たすため、アールの肩から床に下り立った。住人の足を引っ張り、
大きく体を広げて風呂敷のように覆いかぶさり、時に軽い攻撃を与えてアールとルイから住人を引き離す。
 
「援護します」
 と、ルイがアールの斜め後ろについた。
「──デリックさん、聞いてる? 住人が増えてる」
『聞いてる』
 トランシーバーはまだ繋がっている。
「住人が減らない」
『体を張って止めてる。暴動が起きてるんだ。結界に閉じ込め強制連行しているが手が回らない』
「じゃあもう……」
 
見捨てていいよ。めんどくさいから。
そんな黒い感情が心に広がる。辛うじて、言葉にせずに飲み込んでいる。何度も口から出そうになり、唾液と一緒に喉の奥へと追いやる。その度にごくりごくりと喉が鳴った。
 
「邪魔なの。本当に……。どうにかして」
 感情を抑え込んでも言葉に感情が含まれる。
『わかった』
 
アールは向かってきた蜘蛛に斬りかかった。
ドクドクと不整脈が動きを鈍らせる。心臓から黒い触手のような手がにょきにょきと生えて心の中でがんじがらめにもがいているようだった。その触手は暴れて体を貫き、喉から熱い呼吸となって這い出てじたばたと笑い転げるようで、痛みに笑って表情が崩れた。絡み合った感情が脳天をかき乱して目から雨を降らした。
 
アールに飛び掛かった蜘蛛はアールの体にしがみついてギリギリと絞め付けた。蜘蛛の体にひっついている人間の顔がアールの耳元であざ笑う。腹に抱えていた卵から何十匹と小さな赤い蜘蛛が這い出て来ると、アールの服の中へ入り込んで皮膚を食い破った。痛みに叫ぶアールを助けようとルイのロッドが光を放つ。
 
攻撃しても立ち続けるタロスを放ってアールへと駆け寄るカイとヴァイス。その輪の乱れと不安定さにすべてを放棄したくなる。頭の中を小さな虫が駆けまわって糸を張り巡らせて思考を奪い去る。
 
「チェレン……」
 アールの絞り出した声と共に喉から蜘蛛が這い出した。
 
 
──力を身に付けた私たちは、平和を願う人々たちの声援を受けながら、優雅に戦うのだと思っていた。
 
私の肩にはスーちゃんがいて、右に目を向ければシドとヴァイス、左に目を向ければルイとカイが自信と希望に満ちた目で、目の前にいるシュバルツを見据えている。そんな絵を思い浮かべていた。
そして私たちの団結力を前に、シュバルツはひれ伏せる。
 
そんな物語しか知らない。
正義が悪に勝って世界平和が訪れる物語しか知らない。私が知っている物語は、仲間は誰も死なない。死んでも戦闘不能になっただけでアイテムや魔法で生き返る。
死んだら終わりなんて言う世界じゃない。
だってフィクションだから。
 
ご都合主義でいいのだ。間違えたらやり直したらいい。リセットボタンで初めからやりなおすことができる。セーブした好きな場所から、やり直せばいい。壊れた世界もリセットできる。
誰かが作った悲しい物語なら、途中で見るのをやめたらいい。悲しい結末を見なければいい。見なければ存在しないのと同じ。私の中では存在しないのと同じ。
 
 
カラン、とルイのロッドが床を転がった。
視界がチカチカする。天井に目を向け、シャンデリアの存在に気づく。飛び散った血を浴びて揺れているけれど、シャンデリアがちらついているわけではない。
周囲を見回すアールの視界が断片的に切れ切れと映し出される。ルイの体が横たわっている。遠くにカイの体もあった。その付近にヴァイスも横たわっていた。
 
背後に目を遣ると、チェレンがアールを見下ろしていた。その目に映った自分は真っ赤な血を浴びたようにドロドロに汚れて醜かった。
しんと静まり返る中で自分の息遣いだけがうるさく聞こえる。
 
左手に違和感を覚えて視線を落とした。蜘蛛の頭を握っていた。右手には聖剣が握られている。足元にはミンチのように潰された蜘蛛の死体がある。
体がもぞもぞして蜘蛛の頭を落として掻きむしった。左の袖から小さな赤い蜘蛛が出てきて右腕でそれをすり潰した。
 
──あなたは世界を壊すんじゃない。“壊してしまう”のでは?
 
コテツの声が記憶から再生される。涙が溢れた。力なく武器を床に落とし、膝をついて子供のように泣きじゃくった。
 
ちがう……ちがう……こんなの違う……こんなの ちがう
 
リセットして…… リセットしてよッ!!
 
私だけが生きていた。泣き叫びながら頭を掻きむしる。
みんな死んでしまった。
だれがそうしたの? だれのせいでこうなったの? だれがまねいたの?
どこでミスをしたの? だれがミスをしたの?
 
私がすべてを壊したの…………?
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -