voice of mind - by ルイランノキ


 心声遺失3…『揺らぐ光』 ◆

 
カンカンカン、と音を鳴らしながら金床で古びた武器を修復している鍛冶職人リンカーンがいる休息所に個人ゲートの魔法円が広がった。作業をしている手を止め、現れた男を見遣り、その手に握られている刀剣に視線を移した。
 
「これとこれ、使いやすく ひとつ にしてほしい」
 と、剣と刀をリンカーンに差し出したのはデリックだった。
「……頼まれたのですか」
 見覚えのある剣を見てそう訊きながら受け取った。
「そっちの、剣のデザインを残したまま、刀と結合できるか? 両方のアビリティを残したい」
 と、剣を指さす。
「お任せくだしい。少しお時間を頂戴しますが」
 リンカーンは一先ず修復途中だった武器を脇に置いた。
「……剣に装備されているアーム玉はそのままに、もう一つ新しいアーム玉を後付けで追加できるようにしてくれると助かる」
 リンカーンはデリックを見上げると、すべてを察したのか小さく頷いた。
「任せてくだしい。なんでも可能にしてみせますよ」
「…………」
 
デリックはその場に腰を下ろし、「急いでくれな」と付け加えてその後は仕上がるまで口を開かずに顔を伏せていた。
 

 
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マルックとナシビは立ち寄った町を襲った魔物を狩った。大男のナシビは襲われて怪我を負っていた40代くらいの女性を抱きかかえ、避難所へ連れて行く。
避難所では人が溢れ返っていた。痛みに呻きながら固唾を呑んで避難所の端に置かれている小さなテレビを眺めている。多くの町が魔物の被害に遭っているという情報が流れている。かつて穏やかに暮らしていたモンスターがそうなったように、町の外にいた魔物たちが気性と攻撃力を増して町を襲っているとのことだった。
 
「気分が悪いな」
 と、ナシビが隣にいるマルックに言いながら、抱きかかえていた女性をなんとか人一人分空いているスペースに下ろした。
「ありがとうね」
 と、女性に礼を言われる。
「──主犯格は死霊城に引きこもってんのが余計にな」
 と、マルックが言う。
 
死霊島に突如現れた不気味な黒い城を、メディアはわかりやすく死霊城(しれいじょう)と名付けて報道している。テレビ画面に塔へ向かうアールの姿が映し出された。マルックは周りのいた避難者の表情を盗み見る。皆、目に希望がない。シュバルツに立ち向かおうと突き進んでいるアールたちが映ろうと、その目に光が灯らない。ただ不安げに眺めているだけだ。
 
「がんばってるな」
 と、ナシビがアールたちを見て呟く。
 マルックはナシビを見遣り、はは、と笑った。
「俺らもがんばるか!」
「?」
「おまえが相棒でよかったわ」
 と、避難所を後にする。
 
希望を見失ってはいけない。そんなありふれた言葉が頭に浮かぶ。どんなに不安に押しつぶされそうでも、諦めてはいけない。諦めた瞬間に一気に潰れてしまう。
マルックは暗い空を見上げ、その向こう側にある光に手を伸ばし続けようと思った。いつか射し込んでくる光をすぐに掴めるように。
 
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「──カイ、かっこいいよ。すごくかっこいいよ!」
 と、携帯電話越しに励ますのはライリーだった。
「みんなも言ってる! カイたちかっこいいって!」
 ピー…と、メッセージの録音時間が終わる電子音がした。
 
みんなって誰?ってならないかな……と苦笑して、携帯電話を閉じた。一番安い宿の共有スペースにあったテレビで情報を得ながら居ても立っても居られずにカイに電話を掛けたが、繋がらなかった。留守録になったので励ましのメッセージを入れておいた。これで5回目だ。5回目ともなると励ましの言葉が尽きてくる。自分が言葉を知らないだけかもしれないけれど。
 
「…………」
 
ライリーは共有スペースに置かれたソファに座っている人や座れずに立ってテレビを観ている他の客を見遣り、小さくため息をついた。カイが映し出されたときに、「情けない……」と誰かが呟いた。それを合図に他の誰かが「どうせこの子もすぐに死んでしまう」などと言った。ここにいる人たちの中で誰も励ましの言葉や応援の言葉を口にする人はいなかった。落胆のため息ばかりが聞こえてくる。
 
一緒に旅がしたいとアールに連絡したことを今更ながら後悔した。アールが強く否定した理由を今ならよくわかる。彼女たちの中に混ざって戦うなど、到底考えられなかった。VRCで弱い魔物を倒せるようになっただけでは彼女たちについて行くことなど出来ない。安易に仲間になりたいと言った言葉は、彼女たちの旅を軽視しているのと同じだ。そして、命を軽んじているようなものだった。
 
私の声は、届くだろうか。願いは、祈りは、届くだろうか。
不安の波に流されてしまわないだろうか。
 
ライリーはもう一度カイに電話を掛けた。繋がらない。また、留守番電話に切り替わる。それでもきっといつか出てくれる。出られなくてもメッセージを聞いてくれる。私は彼らと繋がっている。携帯電話という小さな端末で。壊れてしまえば途絶えてしまう頼りないもので。
 
「──ライリーだよ。カイ、がんばってるね。みんなもすごいよ。……ずっと見守ってるからね。ずっと応援してる。また電話するね!」
 
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ゼフィル城から随分と離れた地域に周囲の町からも外れた噴水広場がある。広場の中央に直径5mの大きさの噴水があり、その中心に装飾のない円錐の柱が立っており、上部にある直径60m程度の皿の中心点からあふれ出る水が縁から静かに流れ落ちている。ベンチや外灯といったものは無く、背丈が揃えられている芝生が一面に広がっているだけの質素な広場だが、結界で守られていて魔物を寄せ付けない。
地図にも載っていないこの場所は、人の目に触れることはほとんどないが、ごくまれに偶然通りかかった旅人の喉と傷を癒した。はじめは聖なる泉ではないことに落胆するが、その体の汚れだけでも流そうと噴水の池に体を委ねたとき、たちまち疲労と傷が癒されることに気づいて聖なる泉であることを知るのだ。
 
そして運よくこの場所にたどり着き、その体を泉に浸からせた者にしか気づかないものがあった。噴水の水が流れ落ちる皿の裏側に、目を凝らさなければわからないほど控えめに小さく、そして浅く、ゼフィール国の紋章が刻まれているのである。
 
ここはゼフィル城の一画。一見、簡素な作りの広場の地下に、隠された収容所があった。この場所の存在を知り、この場所へのゲートを開く鍵を持っているのは王族と、ゆかりのある限られた人物だけである。
城内の大広間と同じ広さのその場所は、生活をするのに必要最低限のものが設備されており、古い書籍も多く保管されていた。
 
「文字通り、水面下で作戦会議と言うことですね!」
 と、大きなテーブルに広げている地図や資料を眺めながら、女性歴史学者のシキが言った。
「上手いことを言う」
 と、一部の関係者を連れてここに避難したゼンダが髭を摩った。
「魔導書はまだ見つからないのでしょうか……」
「シドの様子を見に行った者がジェイの亡骸を確認したが、魔導書は持っていなかったと報告があった」
 デリックのことである。
「それじゃあ……」
 と、シキは残念そうにゼンダを見遣る。
「ノワルの手に渡ったか、シュバルツの手に渡ったか、だろうな」
「ノワルはどこにいるのでしょうか」
「…………」
 ゼンダは地図を眺めながら少し考え、口を開いた。
「私が出向く先だろう」
 

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©Kamikawa
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