voice of mind - by ルイランノキ


 覧古考新12…『懐かしい声』

 
重大な問題だと思っていたことも、誰かに話してみると意外と単純に解決したりすることもある。ちっぽけな自分の中だけにとどめておくから解決策も見つからないままいつまでもそこにあり続けるのだ。
 
テンプルムを出てセイクウに向かい歩き始めた一行は、解決していない問題も多くある中で足取りは軽かった。再び全員揃って旅の再開が出来た喜びが大きい。
 
アールの身体能力は目に見えるほど変化していた。素早さもさることながら動体視力も備わっており、動きの素早い魔物が現れたときは瞬時に察して真っ先に立ち向かった。それを感心すると共に面白くないと思っているのはシドだった。自分の出番がことごとく減ってゆく。かといって気を遣われても胸糞悪い。
 
「アール一人でどんどん行っちゃうね」
 寂しそうに言ったのはカイだった。
 
いつもはシドが先頭を切り、その後ろをルイ、その後ろをアールとカイ、一番後ろを歩くのはヴァイス……と、いつの間にか決まっていたが、今はアールが先頭を切って歩いている。「危ないですよ」といつもなら声を掛けるルイも、今のアールを見て必要がなくなった言葉を飲み込んだ。
 
「…………」
 シドは黙ったまま、刀をしまう。
「恐れてたことがやってきそー…」
 と、カイ。
「恐れていたこと?」
 と、ルイが聞き返す。
「俺たちが足手まといになって用済みになる日」
「…………」
「お前は元々足手まといだろ」
 と、シドは言う。
 
──と、その時だった。アールが悲鳴を上げて仲間の元へ走ってきた。シドは眉間にしわを寄せて道の先を見遣ると、ゲジゲジに似た魔物が向かってくるのが見えた。
 
「やだやだやだやだッ!」
 全力疾走で逃げていくアールを見て、シドはため息をこぼして刀を抜いた。「用済みになるのはまだ先だろうな」
 魔物に向かって掛けていく。
「アールは虫系が駄目だったねぇ。どこまで行ったんだろう。足が速すぎてどっか行った」
 アールの姿が見えなくなっていた。ヴァイスがアールを捜しに向かう。
「アンデッド系も確か苦手でしたよ」
 と、ルイ。
「なんか安心した。アールには悪いけどさー…」
 カイがそう言いながらシドに目を向けると、ゲジゲジに似た魔物を真っ二つに斬っているところで幾つもの細い足が空に散らばった。
「ぎええぇええぇ……あれは俺もやだ!」
「土に沈めておきましょう。アールさんが通れません」
 
「──そこにいたのか」
 随分と逃げたアールは一本の木の上にいた。ヴァイスは下から見上げ、魔物はシドが倒したことを伝えた。
「この辺は虫系の魔物が出るの? 聞いてない!」
 と、木の上からひょいと飛び降りたが、歩き出そうとして地面に半分埋まっている石に躓いてこけた。「もう!」
 
不老不死と聞けば無敵なイメージがあるが、元々どんくさい人間が不老不死になってもそのどんくささは変わらないし、苦手なものが克服されるわけでもない。
 
「戻りたくない」
 そう言いながらも道を引き返す。
 
アールが仲間の元に戻ると、一行は再び歩き出したが先頭を歩くのはシドに代わっていた。そして、虫系の魔物が現れるたびにシドが刀を抜いて戦い、アールはカイと共にルイの背中に身を隠した。
 
時刻が正午を回った頃、休息所を見つけた一行は昼食も兼ねてひと休みをすることにした。カイは休めることに喜びを見せたが、アールはまた“草”を食べさせられると思うと憂鬱だった。
ルイがテーブルを出して昼食の準備を始めると、シドは魔物狩りに出かけた。ヴァイスもスーを連れてどこかへ。カイは椅子を並べて横になった。テント内で一眠りしたかったが、ルイがテントを出してくれなかったのだ。
アールは聖なる泉の縁に腰掛けると、携帯電話を取り出した。知らない番号からの着信が3件、30分ほど前に来ていた。留守録にメッセージはない。
 
「……?」
 
真っ先に思い浮かぶのは組織の人間だった。1度だけの着信なら迷うところだが、3件も掛かってきたところをみると大事な用なのかもしれない。もしかしたらモーメルさんが携帯電話を買って掛けてきた可能性もある。番号の数からして固定電話ではなく携帯電話であることは確かだった。アールは電話を掛けてみた。
呼び出し音が4度ほど鳴り、誰かが電話に出た。その声は女性だった。
 
『もしもし』
「あ、もしもし? あの……失礼ですがどちら様ですか? 私のケータイにそちらからの着信履歴が残っていたのですが」
 
昼食の準備をしていたルイがアールの言葉に反応し、手を止めて様子を窺う。
 
『アールちゃん? 私よ。シェラ』
「え? シェラ?!」
 と、思わずルイを見遣る。
『伝言板を見て電話したの。お返事返せなくてごめんなさいね。色々あったから……。アールちゃんはお元気?』
「元気だよ! シェラは?! あ……元気……じゃないよね……」
『元気よ。気遣ってくれてありがとう。カモミールのこと、知ってたのね』
「うん……」
 シェラの声は、どこか疲れきっているようだった。
『家族も大丈夫。無事だから、心配しないで?』
「うん……」
『あ、この携帯電話、兄のなの。私も近々買うかもしれないから、そのときは知らせるわね』
「そうなんだ……うん、ありがとう」
 
久しぶりにシェラの声を聞いた。それなのに、本当にいろんなことがありすぎて言葉が出てこない。なにか話そう、なにか話したいと気持ちが焦る。
 
『みんなは元気?』
「あ、うん。今休息所でひと休みしてる。でもシドもヴァイスも出払っちゃって。ここにいるのはカイとルイと私だけ。カイは寝ちゃった。起こす?」
『ひとり仲間が増えたのね』
「え? ……あ!うん。ヴァイス。そうなの」
『みんなと話したいけど、今日は無事だってこと伝えたかっただけだから。まだ復旧に時間が掛かりそうで、私も手伝ってて……忙しいの』
「うん……そうだよね」
『じゃあ……また連絡するわね』
「うん。……あ、シェラ」
『ん?』
「あの……」
 
カモミールを襲ったバケモノは──
 
『どうしたの?』
「街を襲ったバケモノのことなんだけど」
『…………』
「ごめんなさい……私のせい」
 
言わなければと思った。これだけは、話して、謝るべきだと。謝って許されることではないけれど。
 
「アールさん……」
 ルイは料理を中断し、アールに歩み寄った。
「カモミールにバケモノを放った奴がいて、その人は私のことを知ってて、私を困らせるためにそこを選んだの」
『…………』
「ほんとにごめんなさい……」
 肩を落とすアールの背中をルイは優しく擦った。
『知ってるわ』
「え……?」
『聞いたから。バケモノを放った犯人に』
「……アサヒに会ったの?」
『名前までは知らないわ。でも、彼を見つけて兵士に連れてってもらったのは私よ』
「…………」
『でも、勘違いしないで。私は、アールちゃんを責める気はないし、アールちゃんと出会ったこと、後悔してない。──アールちゃん、世界を守ってくれるんでしょう?』
 
そうだった。彼女は私の正体を知っているのだ。ルイが話したと言っていた。でも、別の世界から来た救世主、として認識してくれているだけ。本当は、はじめからこの世界に生まれてくるはずだった、シュバルツの血を受け継いでいるバケモノだってことも、カモミールを襲ったバケモノが今、私の体内にいることも知らない。
 
「うん。約束する」
 
でも、私は私が何者でもいい。
やるべきことをするだけ。
 
『期待してるわ』
 
シェラの言葉は、私の背中を強く押した。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -