voice of mind - by ルイランノキ


 覧古考新11…『空腹』

 
「食べてください」
「…………」
 
アールの目の前に、朝食が並んでいる。ただ、仲間の朝食と比べて随分質素だった。塩コショウで味付けしただけの焼いた肉と、なにもかかっていないキャベツの千切りだけ。
カイとシドはそんなアールを見ながらいつも通りの朝食を食べている。
 
「肉だけでいい……」
「野菜も食べてください」
 と、ルイ。
「……まずお肉から」
 アールはナイフで小さく切って、口に運んだ。……不味くはないが。
「生がいい」
「駄目です。」
「塩コショウいらない……」
「そうおっしゃらず」
 ルイに笑顔はない。
「…………」
 まぁ、これなら食べられるか、と肉ばかりを食べていると、ルイがサラダを指差した。
「こちらも食べてください」
「野菜はいらない」
「マヨネーズかけますか? ドレッシングがいいですか?」
「野菜はいらない……」
「食べてください」
 ルイは厳しかった。
 
朝早く、ヴァイスに言われたとおりルイにすべてを話した。するとルイは「そういうことでしたら」と、アール用にあまり調理をせずにシンプルな朝食を用意した。シドたちも事情を知り、黙って見守っている。
アールは仕方なく箸を持ってキャベツの千切りを摘もうとしたが、やめた。ルイの視線を感じ、意を決してキャベツを掴んだが、ペッと離した。キャベツの千切りを箸で突き、視線を逸らし、また箸で掴んでは離した。
 
「遊んでないで食べてください」
「だって!」
 と、鼻を近づける。「青臭い! 草じゃん!」
「キャベツです」
「キャベツも草だよ!」
「食べてください」
「そればっかり!」
「アールさんのためです」
「うっ……」
 それを言われるとなにも言えなくなる。
 
サラダを突き、千切りの一本を摘まんだ。口元に運び、端をかじってみる。端っこ過ぎてなにも味がしない。一本口に入れてみた。舌の上で転がす。歯の上に乗せ、噛んでみた。シャリ、と音がして青くさい匂いと味が広がる。
 
「うえーっ……」
 と、そっぽ向いて吐き出そうとした。
「飲み込んでください」
「草が口に入ったら吐き出すでしょー…」
「キャベツです。」
「厳しい……ルイが厳しい」
「大変そうだな」
 と、ヴァイスはコーヒーを飲む。
「ヴァイスがちゃんとルイに言えって言ったからでしょ!」
 と、八つ当たりする。
「お肉と一緒に食べてみるのはどうですか?」
「肉と食べる……」
 キャベツの千切りの一本が口に入ったまま、肉を口に運んだ。
「生がいい……」
「駄目です」
「じゃあせめてレアにして」
「駄目です」
「なんでよ! 意地悪!」
「人の味覚に戻したいのでしょう?」
「……だけど」
 と、ふて腐れる。
「アールがんばれー」
 と、カイ。
「がんばってるし!」
 苛立ちながら言った。
「八つ当たりしないでよぉ」
「それはごめん!」
 と、苛立ちながら言う。お腹がぐぅと鳴る。お腹は空いている。
「全部食べてくださいね」
 と、ルイは追い討ちをかける。
「鬼。悪魔。」
「悪魔はお前な」
 と、シドがすかさず箸でアールを指しながら余計な口を挟む。
「呪ってやる……」
「おーこわっ」
「それ超ムカつく!」
 
シドたちが食事を終えた後も、アールはサラダと格闘していた。シドなら一口で食べ終える量に苦戦している。その横ではルイが食器の片づけをしている。給食の時間が終わっても掃除の時間までまだ食べている生徒の気分だった。
 
「あ、アールさん、ちょっといいですか」
「もう食べなくていいなら」
「食べてください」
 そこは譲らなかった。
 
ルイは大皿にいくつかの調味料を数滴ずつ出していき、スプーンと一緒にアールの前に置いた。
 
「味身をしてもらえますか? 不快感のないものを教えてください」
 今のアールでも受け入れられる調味料が分かれば、と思ったのだ。
 
“草”を食べていたアールは、もう水以外なにも口には入れたくなかったが、これも人の味覚に戻すために必要なことだと、スプーンを手に取った。酸味を感じるものはほとんど受け付けなかった。辛み、甘みも酷いものだった。そんな中でもマヨネーズと醤油は美味しいとは感じないが不味くもなく受け入れられた。
 
「少しずつ慣れていきましょうね」
 と、片付けるが、サラダが残っている器だけは手をつけない。
「噛まずに飲み込んでいい?」
 と、アール。
「それだとなかなか慣れませんが……今回は良しとしましょう」
「やった! あ、ミルクある? ミルクなら飲めそうなの」
「ありますよ」
 
アールは残っているキャベツの千切りを口に全部押し込み、口の中でなるべく喉の奥の方へ追いやってえずきそうになるのを堪えながら水で胃に流し入れると、口直しにミルクを飲んだ。
 
「あー! 飲んだ! 食べた! おしまい!」
「昼食ではレタスに挑戦しましょう」
「…………」
 もう草はうんざりだ。
 

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