1. 四面楚歌


いつからか”呪いの人形”と呼ばれるようになった
世にも奇妙な一人の美少女がいた

不健康なくらい真っ白な肌にサラサラの長い黒髪
幼女のような小顔のサイズにそぐわない大きな瞳
それらを支える細い首と四肢

13の歳から髪も身長も全く姿形が変わらず
薄気味悪がられて放任気味だった親にも捨てられた
その後親戚中をたらい回しにされるも
行き先行き先でその身内に不幸が起きてしまう

そんな噂も流れて2年の月日が経ち
誰も手を差し述べる人間がいないまま
紫乃は15の歳を迎えた

ところがある日、親戚の一人の叔母に
温泉観光地として有名な田舎町へと引き取られ
迎え入れられることになった

朝は老舗旅館へと働き手に派遣され
夜は叔母の経営するスナックで働かされる
田舎の穏やかな時の流れを感じる暇などない
朝晩みっちり働かされる日々


旅館の中庭には、初夏の爽やかな風が吹いていた

ピカピカに磨かれた木目の廊下には
手入れが行き届いた盆栽が、等間隔に飾ってある
今は昼食時ということもあって
人々の行き来も慌ただしい

客は地元で採れたての海鮮料理を楽しんだり
家族や女性同士で盛り上がって談笑したりと
この老舗旅館はいつも大勢の客で賑わっていた

柚木 紫乃は関係者専用部屋の片隅で
床に座り込んでひっそりと昼食をとっていた
15歳のまだ幼い桜色の薄い唇が
メロンパンを美味しそうに大きく頬ばり
冷たく冷ました旅館特製の焙じ茶で喉を潤した

「またそんなところで隠れて
いつもそれだけで足りるのですか?」

業務用の紺色の旅館仕様の羽織りをサラッと纏い
艶のある黒髪をポニーテールにして結ってある
スラリと身長の高い、凛とした雰囲気の
若き後継の若旦那、中津川 准(28)

知的で端正な顔立ちで、鼻筋のとおった鼻と
切れ長の優しげな瞳が印象的

『ゴメンなさい、女将さんに休憩もらって
いいって言われたので…すぐ戻ります…!』

「いや、なら全然いいんですよ
若いのにいつも働き者だなぁって関心してました
朝から晩まで…たまにはゆっくりして下さいね」

その口調は優しいけど
まるで全てを見透かしているかのような
本当は15歳でスナックで働いてはいけないけれど
こんな平和な田舎町で特に警戒されることもなく

余所者だからたまに声をかけられるけど
私の生い立ちや深い事情は聞いてこない
いつも何気ない会話のやり取りで
たぶん名前だって覚えられてはいないだらろう

私は若旦那さんを一目見るだけで
胸がキュンと弾んでしまうというのに…

「やぁやぁ、よくここで会いますね
君も本が好きなんですか?」

紫乃は照れながらコクリと頷く
休日に町内で唯一の図書館に通うのが
本が好きな紫乃にとって唯一の楽しみでもあり
たまに中津川の姿を目で捉えては心も踊る

さて、今日も陽が落ちた

忙しない日常生活に戻った私は
急いで自宅兼叔母の家に小走りで戻って
安物の白い丈の短いドレスに袖を通す
胸元と背中は大きく開いていて
紫乃の色白で透きとおる若い肌が露わになる

さらに叔母から無理矢理に詰め込まれた胸パッド
キュッと引き締まった華奢なウエストから
履き慣れない高いヒールで長く美脚に見える

薄暗い店内の中ではまるで脚長のティーンモデル
誰の目にも抜群のスタイルに見えた

『い……いらっしゃいませ』

紫乃は馴染みの男性客に
懸命に笑顔と愛想を振りまくが
どこかぎこちないと言われてしまう

ここへ来る客の8割はカラオケ
2割は叔母であるママとの会話目的なので
紫乃はほぼグラス洗い担当だった

そんなある日、ここらで見かけない団体の観光客が
いきなりズカズカと店内に入ってきた

見た目は派手なスーツや髪型やらで
あの気丈な叔母でさえ少し怖じ気付いていた

それでも酒の消費量が半端無い
金払いの良い太客と分かれば構わず
ピタリと張り付いて営業スマイル、さすがママ

私は陣取る団体客をカウンター越しに恐る恐るも
ニコリと微笑んで頭を下げた
その中に一人溶け込むように混じっていた
同世代位の若い銀髪の青年と目が合った

「おーいかにも若くてお目々クリクリしてる
ごっつい可愛い姉ちゃんおるやん!
ママさんこっちに連れてきてやー!」

リーダー格のいかにもな雰囲気の人に
大きな声でそう呼ばれて叫ばれて
紫乃は奥の団体用のボックス席へと
おずおずと歩み寄った

ソファーの横についたのは、さっきの銀髪の青年
170cm程度の小柄な体格ながらも
鋭い眼光のせいで強面に見える

まじまじと顔を見つめられて視線を返すと
かなり美形の部類に入るような気がする

『お酒、水割りでいいですか…?』

「あ、あぁ、そんな強くないんだ
う、薄めにお願いします…」

会話でお客さんを楽しませるのが仕事なのに
お酒をつくることぐらいしか十分に出来ない
なのに、その人は次の日も
毎日毎日私の顔を見ようと店へやって来る

はじめはお互いぎこちない笑顔から
自然と話は出来るくらいの関係にはなった

名前は東条 遊馬といい、17歳で高校へは通わず
今は都会で一人暮らししているみたい
ここへは旅行で滞在しているらしい

遊馬さんが私に深く関わろうとするのは
一体何が目的なんだろうか?
私のこの体質の物珍しさに高値がつくとふんで
口説き落とされてまさか人身売買とか…?

こんな私に毎日会いに来る意味が
全く分からない…


ーーー初めて出逢ったのは、三ヶ月前の旅行先で
ふと立ち寄った、田舎町の小さなスナックだった

久し振りの遠方旅行という事もあって
約二週間の滞在を予定していた中
夜に酒でも飲みに行こうと仲間と訪れた
飲み屋で働いていた紫乃に出会った

初めて見る俺達にカウンター越しに挨拶をした
紫乃の笑顔を見た瞬間に、俺の心は奪われた

旅行先での酒盛りに上機嫌な若頭に付き合いつつも
俺の視線は常に紫乃の姿を追っていて
時折やわらかな声で控えめに笑う紫乃を
熱に浮かされた瞳でじっと見つめてた

毎日店に通い詰めて、いつの間にか
互いの身の上話をする位の間柄にはなったけれど

俺がヤクザの子分だと聞いても、紫乃は
畏怖する事も嫌悪する事もなく笑ってくれて
そんな 紫乃に、益々心を奪われた

閉店後にはアフターとかではなく危ないからと
紫乃を自宅まで送り届けた事もある

警戒されるのが嫌だったから部屋に上がる事はせず
玄関までのエスコートではあったけれど
それにも紫乃 は「ありがとう」と
恥じらいながらお礼を言って笑いかけてくれた

たった二週間の滞在という短い時間が苦しかった

これまで会った女の中でも特に童顔で
だけど佇まいはどこか大人びていて
そんな不思議で掴みどころのない紫乃の魅力に
虜になってしまったのかもしれない

いつも紫乃は朗らかで、誰にも分け隔てなく
不器用ながらも優しい笑顔を振り撒く
それを見るのが、死ぬ程苦しくて

紫乃の笑顔も声も心まで全部
自分一人のものにしたかった
だからある晩、紫乃に打ち明けた

俺が紫乃に、これ以上無い位に惹かれていると
愛してるということを
一緒にきて俺の女になってほしい、と

その話を聞いた紫乃はものすごく驚いて
困ったように微笑みながら優しく拒まれた
そんな紫乃を、諦める事なんか到底出来ず

“欲しいモノは奪ってでも手に入れろ”と
頭の中の自分の声が聞こえたから
俺達はそうやって今まで、卑劣な手で生きてきた

だから、奪った

泣き叫ぶ紫乃をナイフで脅してから
無理矢理ホテルに監禁した


そして、強引に誘拐してこの町から攫ったーーー



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