3. 僕のかわいいお姫さま


今晩の相手はなんと
誰でもその名を知っている大物政治家だった

指定された場所は、日本有数の超一流ホテル
大半は他愛のない会話で、この後も仕事とのことで
行為はたった1回きりでノーマルに終了
縁の噂では変態と聞かされたけど
至ってスマートな紳士だった

あの男は一体どれほどの人脈で
大物客を掴んでいるのだろうか

しかし問題はその後
質屋に持って行くハズの高級腕時計を
ホテルの室内に忘れてきてしまった
縁の折檻を想像するだけで身震いする
いのりは2Fフロントから再び
金箔のエレベーターへと飛び乗った

「すみません、そのエレベーター
ちょっと待って下さいっ!!!」

『…は、はい』

いのりは一刻を争う事態に
周囲まで気を回す余裕なんてなかった
一緒にエレベーター乗り込んだ人物が
盗んだ腕時計の持ち主であるにも関わらず…

「…どうしたのこんな場所で、何か用事?」
『えっ…ぇええええぇぇぇ!』

予想だにしなかった侑李の登場に
いのりは腰を抜かしてしまった

「君も28階に用事なんだ
偶然、同じ階みたいだね」
『あ、あんたこそ何の用…?』

てっきり腕時計のことを問い詰められるかと
思いきやスルーで、胸を撫で下ろしたのも束の間

知りたくなかった残酷な真実を告げられてしまう

「これからレセプションパーティーなんだけど
先に父と秘書の人と打ち合わせがあってさ
父の部屋かラウンジか集まるところだよ」

『…まさか、あんた逢坂…?』

「あれ、まだ名乗ってなかったっけ?
僕、逢坂侑李…あの、逢坂尚人の息子」

その名前に思わず心臓が止まりそうになった
もしもこれから父のホテルの一室で
腕時計を発見されたら全てがバレるだろう
いや結局は持ち主の元へ返却されるだろうから
良いのだろうか、いやいやヤバいのか

頭の中でグルグル混乱しているいのりは
ひとまず適当な階のボタンを押して降り
その場から逃げるように立ち去った
彼とは二度と会わないようにと
その一心で一目散でホテルを後にした

一方の侑李はホテルの一室の化粧台の前で
顔面蒼白になって立ち尽くしていた
いのりによって盗まれていたはずの腕時計が
父親のホテルの一室という考えられない場所にある

「お父様がさっきまでよろしくやっていた相手は
未成年だということはご存知でしたか…?」

「お前…何をワケの分からんことを!」

「彼女は僕の知り合いですから
しらばっくれても無駄ですよ、お父様
通信記録もホテルの防犯カメラでも
証拠はいくらでも残ってるでしょう」

全てを悟った侑李は父に絶望し
壁際に追いやる形で問い詰めた

そして未成年の買春という犯罪に手を染めた
実の父に、それを公言しないという代償で
侑李は多額の金銭を要求したのである

そしてたった今、侑李によって早乙女家の借金は
何者かによっていきなり全額返済されて
いのりは意味不明なまま晴れて自由の身となった

翌日、木造アパートの前に似つかわしくない
運転手付きの黒のセダンが止まり
いのりは侑李に手招きされる

「いのり、君を迎えに来たよ
お母様の容体も当分は心配ない
信頼できるドクターに任せて
ちゃんと入院してもらったからね」

いのりはその手を掴まれ、車へと乗り込んだ
まるで馬車へと乗り込むお伽話の夢のようで

いまだに現実を受け入れられない

『えっじゃあ、あたし…これから…
どこへ行けばいいの?』

「これからは僕の住む家で
ずっと一緒に暮らせばいい」

そんな言葉、冗談と受け取らない方がおかしい
二人を乗せた車が家先に到着すると
侑李は含み笑いを漏らし室内の扉先に姿を消した

いのりは用意された部屋を目を
口をポカンと開けて見渡している

アンティークのドレッサーに
100人分の衣服は入りそうな衣装棚
繊細なガラス細工をあしらったシャンデリアに
お姫様のようなベビーピンクの天蓋
洋画のお城セット出てきそうな
この世のものとは思えない家具ばかり

手荷物をその場に置きしばらく立ち尽くしていると
侑李が高級そうな純白のドレスを手に戻って来た
いのりのために用意したオーダーメイドだと
胸を躍らせながら話す

1人で着替えられると言ったのに
メイドさんにまで手伝わされて
オマケにプロのヘアメイクまで施された

「あら〜あなたハーフ?綺麗な顔立ちね〜
肌もファンデーション要らずの陶器肌じゃないの!
でももっともっと綺麗に色っぽく
艶艶セクシーに仕上げちゃうわよん!」

見たこともない高級化粧品をふんだんに使われ
チークによって血色も随分と良くなった
ストンとストレートだった金色の髪は
自然なカールで一目で色っぽく大人びた姿に

『こんなの急に…こんな服着たことないし…
なんだか恥ずかしいんだけど…』

大きく開いたスリットが照れくさいのか
顔を真っ赤に染めて声を絞り出すいのりが
侑李はたまらなく愛しい
背中を向くいのりを振り向かせると
頬に軽くキスを落とした

「本当に綺麗だよ…いのり
これはこの前のお返しね」

まさかあの寝ている間にキスをしたことが
バレていた…のか?なんて
いのりは小走りで逃げようとしたが
侑李に手首をガッチリと捕えられてしまう

「一目見た時からずっと好きだったんだ
…いのり、愛してるよ」

夜の暗闇の中
月明りだけが二人を淡く照らしている
侑李は愛するいのりの頬を優しく撫で
ベッドの中で幸せに包まれていた

『んんっ』

互いに見つめ合いゆっくりと唇を重ねた
よくよく見ると小柄ではあるが
シャツ越しにも逞しい筋肉質が浮かび上がり
無駄のない引き締まった身体をしている侑李

幼いあどけなさを残しながらも
鼻筋のとおった顔は整っていて
強く光を宿した瞳に吸い込まれそうになる

侑李は胸元の開いたいのりのネグリジェに
優しく手を忍ばせると、首筋や鎖骨へキスをした

「いのりのこと、ずっと大事にするからね
心配しなくても最後まで…まだしないよ」

不安げないのりを宥めるかのように
侑李はその小さな体をギュッと抱き締めた
腕の中でスヤスヤと眠るいのりに
侑李は愛してると耳打ち際で何度も囁く

言葉通りに、ただ抱き締めたりキスを求めるだけ

初々しい愛の言葉を紡ぐ日々
休みの日は手を繋いでデート
こんなに幸せでいいんだろうかって位
夢のような日々が過ぎていく

『ねぇ…このまま侑李と一緒にいられるの?』

今更そんな当たり前の質問かというような顔で
侑李はダイヤの指輪を差し出した
二人の幸せを象徴するかのように
いのりの薬指にぴったりまったダイヤは
輝きを放ち、いのりは一筋の涙を零した

「これで君は僕から逃げることは出来ないよ」


侑李はニッコリと微笑み、唇を塞いだ
愛するいのりを宝物のように優しく扱い
これからの幸せを予期させるような
甘い愛のこもったキスを…




Secret BAD END

prev mokuji next

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -