赴任初日5

「悪いが、俺はあんたらの復讐計画に加担するつもりはない」
「…そうですか」
残念そうな顔をして笑う奴に、二本指を立てて見せる。
「理由は二つある。一つは、皇へわざわざちょっかいを出す理由が俺にはないからだ。薮蛇になって生徒に危害が加わるなら尚更だ」
「…なるほど」
「もう一つは、」
月明かりを背に受けた姿が、現実のものなのかわからなくなる。
確かに人間のはずなのに、今ここに存在しているはずなのに、この現実味のなさは一体。
「あんた、吸血鬼かなんかなのか?」
その言葉に対して、少しばかり開いた瞳孔に、ようやく人間味を感じた。
「僕はただの人間ですよ。そして今は一介の高校教師です。あなたみたいに不死身な訳じゃありません。殺されたら死にます。だからこそ、こうして協力を願っているんです。あなたの不死が、欲しいんです」
それが断る理由ですか?と問われて、首を横に振る。
「もう一つの理由は、あんたが他人を人並みに扱わねえからだよ。愁夜先生」
そう言うと、奴は机を修繕している久楼へ一度視線を向けた。
ほんの一瞬、次の瞬間には俺に視線を戻して口を開く。
「あの蟻のことを指しているんですか。だとしたら笑い事ですよ、猫先生。あれは他人じゃありません。言うなれば他蟻、です」
「そういう態度が気に喰わない。だから協力はしない。わかったか?」
まるで子供に言い聞かせるみたいに言ってやると、ほんの少し眉をひそめる。
「あなたの何分の一しか生きていない若造でも、コケにされてることくらいはわかりますよ」
「何度も言うがあんたらに協力するつもりはない。が、邪魔をする気もない。俺はただ、生徒を守りたいだけだからな。生徒に危害を加えないってんなら俺はあんたらのやることに手出しはしない。好きにしろ」
「それは、ありがたいです」
朝と同じ台詞が返ってくる。
しかしそれにはもう、何の感情も伺えなかった。
一度視線を落として、顔をあげた時、その顔には見事な微笑みが形作られていた。
静かな笑顔を浮かべた顔が、月明かりを受ける青白い肌が、夜風になびく髪が、全てが、人形のように見えた。
「僕が、あなたの担任している二年二組生徒に手出しすることはありません。だから、これからもよろしくお願いしますね、猫先生」
きっとこいつは、この世で一番、寂しい奴なのかもしれない。


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