世界の引金
「……フェナ、さっきの何だったんだろう?」
  ほっ、と寛ぎのバスタイム。浴槽に浸かり、ちゃぷちゃぷとお湯で遊びながら、同じく竜の姿で頭にタオルを乗せ(タオルと言ってもハンカチサイズ)お湯に浸かっているフェナに話しかける。
「あれは恐らく近界人の仕業よ。彩羽が触ろうとした時、こちらへ流れ込んで来ようとするトリオンの反応があったわ」
「流れ込んでくる……私の中にそのトリオンが入ろうとしたって事?」
 彩羽が首を傾げて聞くとフェナは頷いた。
「そうゆうこと。確か、特定のモノを捜索する際に用いる手段だったと思うわ」
「特定のモノ……慶さん“見つけた”って聞こえたって、私の事かな」
「可能性は無くはないわ。どちらにせよ見つかったからにはあの怪奇現象は無くなるわね」
 鼻下まで潜って彩羽は考える。
「“見つけた”って言った時の慶さんに、誰かが重なったの。誰かはわかんないんだけど、すごく嫌な気持ちになった」
 眉尻を下げた不安な表情。それを和らげるようにフェナは彩羽の頬に頭を擦り付けた。
「無理に思い出さなくても、そのうちポンと出てくるわよ」
「……確かに」
 外から母の呼ぶ声が聞こえる。どうやら長く入り過ぎたらしい。彩羽は風呂から上がり、母親に一声かけてから床に着いた。

―――

 その夜は過ごしやすかった。満点の星空。風は程よく頬を撫でていき、上着が必要なほど暑くはないし、かといって脱ぎたくなるほど暑くはない。なんとも丁度いい気候である。
 屋根に上ったのは風に当たりたかったからとゆうのもあるが、ここで誰かに会うビジョンが視えたからだ。目を閉じて夜空を見上げると、一陣の風が優しく吹き、隣に一つの気配が舞い降りた。
「初めまして、かな?」
「えぇ、迅。この姿では初めましてね」
「……お、おぉ」
 誰かに会うことはわかっても、それがまさか人じゃないだろうとは思わないだろう。
「彩羽以外に姿を見せる必要性は無いと思っていたのだけどね」
 その一言だけで迅は察する。
「私は今は亡きフェイシー国の守護竜フェリエナ。フェナとお呼びください。国王の最後の命にて彩羽を見守る任を受け、彼女の腕飾りとなり常にそばにおります」
「あぁ、あの白いやつか」
 思い当たった迅にフェナが頷く。
「あなたには、伝えておこうと思って。私はきっと、あの子のそばにはいられなくなるだろうから」
 風が吹いた。先ほどのような優しい風ではなく、今度は胸がざわつくような風。
 迅の目が、ほんの少し見開く。その様子を見て、フェナは穏やかな瞳で微笑んだ。
「今回の怪奇事件、あれは私たちの国を滅ぼした国の仕業だと思っています。そして今回彩羽見つけるとゆう目的を達成したため、もう起こる事はないでしょう」
「なんで彩羽なんだ?」
「……今回、お話したいのはそのことです。あの子をあいつから守ってほしい」
 フェナの瞳が鋭く光った。
「私たちの国を滅ぼした国に騎士様ってのがいて、そいつが彩羽にご執心でね。最初はみんな騎士様はかの国でも信頼が厚く良いお方だからと、暖かく見守っていたのだけど、その騎士様の性癖ってのが酷いって見ちゃったやつがいたもんで……彩羽も騎士様事体あまり好きではなかったようだし、彩羽もその国に外交に行った時未遂ではあるけど余程嫌な目にあったらしくてね、しばらく塞ぎ込んでしまって……見ていられなかったお妃様が騎士様の記憶を封印したの。また何かあっても問題だからって彩羽にはもうその国事体に関わらせないように立ち回ろうって厳命が下り、それを察したその騎士様ってのが事に及んだわけなんだけれど。……なぜ生きていると知ったのかはわからないですが、奴の事だから彩羽を見つけるため死体をひとつずつしらみつぶしに探してても不思議じゃないわ」
 フェナは閉じていた目を開き空を仰ぐ、迅も少し遠くを見つめていた。
「……他の可能性も考えてたが、確かに“そうみたい”だな。でも、フェナの未来も変えられるかもしないぜ?」
「限りなく低い可能性ね」
「その可能性を数パーセント上げるためにフェナにも協力して貰いたいところなんだけどな」
 迅とフェナの視線が交差する。
「模擬戦闘に参加してほしい」
「……特に何かが変わるとは思えないわ」
「確かに、劇的な変化は無いにしろほんの少し、全員が力をつけられるとすれば、それは大きい変化にもなりうるよ」
「希望論ね」
「でもうまくいけば彩羽と離れなくて済むぞ?それに、彩羽を任される側からしてみれば悪あがきぐらいはしてほしいね」

 しばらくの沈黙の後、先に言葉を発したのはフェナだった。

「やるからには手加減しないわよ」
 ため息交じりのセリフに迅は静かに笑って返す。
「全員殺す勢いでお願いします」
「そうね、訓練室死なないものね」
 真顔で双眸を光らせたフェナに対して、しごかれる奴らは大変だなぁ。と迅は胸の内で合掌していた。



―――

「迅さん、よくフェナを説得できましたね。話は聞いてましたけど、皆さんの前に出てきた時はやっぱりびっくりしました」
 それぐらいフェナは彩羽以外に見られない事を徹底していたのだ。
 訓練室でフェナひとりにボコボコにされているA級一位から三位までの部隊を別室で眺めながら彩羽は迅をやり手だなと評価していた。流石は趣味:暗躍。
「いきなり三部隊と合同で……とか思いましたけど、全く問題なさそうですねー」
「フェナ本人たっての希望だったからねー。ってか、半人型ってゆうの?姿替えられるんだね」
「そうなんです。私も黒トリガーの扱い方を教えてもらってた時とかはあの姿でお世話になってました」
「ま、今は特に必要もないからねぇ」
 一時中断か終了か、フェナが竜の姿に戻り彩羽の肩に降り立てば、全員が部屋に戻ってきた。
「なんなんですか、そのわけのわからない生き物異常に強過ぎでしょ」
「特訓のし甲斐があるな」
「あぁ、ペットにしてずっとやり合ってたいね」
 菊地原が文句たれぶーに続き、風間と太刀川がそれぞれの感想を述べる。
「こんな底なしの戦闘バカ共に付き合ってたらこっちの体力がなくなるわよ。もっと強くなって私を負かして御覧なさい」
「けどよ、どこ打ってもダメージないんじゃスナイパーいらないんじゃないか?弱点見つけて晒せよアタッカーども」
「あら、私にだって急所に死角はあるわよ?見つけられないようじゃあなたの目は節穴ね。それでもスナイパーなのかしら。他人に当たる前に自分を磨きなさいよ」
 フェナの煽りの言葉を素直に受け止めハートに火をつけてしまった当真。
「っしゃあ!そこまで言われちゃ黙ってらんねーよ、もう一回勝負だ!」
 フェナを鷲掴みにして模擬戦闘モードを開始した。
「……結果、丸見えですやん」
「なんで一対一(サシ)で行ったんですかね」
「俺ならイケる、とでも思ったんじゃないか」
 風間隊にボロクソ言われる当真。予想を裏切らず惨敗。次は必ず勝つからな!と捨て台詞を残して去った当真を皮切りに、場は解散となった。

「ちょっと楽しくなったろ」
「はい。フェナも強いのに勿体ないなとずっと思っていたので」
 迅の言葉に彩羽が満面の笑みで頷けば、フェナは照れ隠しのように鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


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