執務室のドアを三回ノックする。「入れ」という偉そうな声を聞いてから、扉を開けた。
「お呼びですか、団長」
聞かなくてもわかっているが、これはもう癖だ。
 朝に執務室の扉をノックして、偉そうな声を来てから部屋に入り、「お呼びですか、団長」と俺様野郎に問う。
 やはり今日も団長様は書類の束を指差して、口角だけ上げ「持っていけ」と言った。

「…いい加減、自分でやってくださいよ。これ」
「うるせえ、お前の方が得意なんだからやれよ」

 …何年経っても、俺様だ。これ以上文句を言ったところで、結局丸込められてベッドにインだ。あともう少しで20歳になるせいかトーカの遠慮が無くなってきた気がする。いや、もともと遠慮もクソもない男だったが、なんていうか、その…性的接触…?が増えた気がする。うん、そう。

 はいはい、わかりましたよ、と言って団長の近くにまで寄っていき、書類をとろうとした瞬間、その手を掴まれた。しかも、ものすごい力で。

「…あの、放してもらわないと、仕事できないスけど」
「お前のお友達はしっかりやってるか?」
驚いた。普段そんなこと気にしたりしないのに、突然どうしたというのだ。
「頑張ってるみたいだけど…?」と、返すと、そうかとだけ返ってきた。

 いや、「そうか」じゃなくてこの手をいい加減放しておくんなまし!?
 しかし俺もそろそろ学習したのだ。下手に動くとまた余計に時間を取られて、残業コースだ。それだけは勘弁である。

「ん」
短く声を発したトーカは、自分の膝をぽんぽんと叩いて、こちらを見ている。
「え、嫌です」
思わず、拒否してしまった。いや、百歩譲って確かに低身長の俺だったらトーカの膝の上に乗っていても違和感はないかもしれないが、今の俺がトーカの上に乗ったらむさくるしい男同士にしか見えない!
 ぐるぐると考えていると、いきなり手を思い切り引かれて、机の上からトーカの胸にダイブしてしまう。
 もう三十路だというのに、黙っていればただの美形なトーカの顔がすぐそこにある。

 最近、こういうスキンシップが増えたことに俺が非常に困っている。どうしたらいいかわからないのだ。
 俺の精神は、数年前の入れ替わりで童貞を脱することが出来ているのに、身体はまだ童貞を失えていないのも、コイツのせいだ。クソッタレ。

 さりげなく尻を触ってくるところは、まぎれもなくセクハラジジイだが、幸い俺のケツは処女を守っている。そういうところが、なんというか腹立たしい。
 膝の上に乗っているせいで、普段はできないが俺の方がトーカを見下ろしていると言う状態に高揚感を覚える。
 だから、きっと調子の乗ってしまったんだろう。そうこれは、俺のせいじゃなくて、トーカのせいだ。
 
「早く捕まえないと、誰かのモンになっちまうぞ。このエロジジイ」
トーカの耳に口を寄せ、囁いた。

 力の緩んだ腕から、持ち前のスピードを活かして執務室から退却する。トーカの何が起こったかわからないといった表情を思い出して、走りながら笑ってしまった。
 あんなアホ面、二度と拝めないだろう。

「クヒヒ、言っちゃった」

 今日はかつての級友とともにディナーだ、と気分が上がる。きっと、三番隊のところへ行けば、いつものメンツが「おせーよ」と言いつつ喧嘩を持ちかけてくるだろう。最近では、アオが筋肉をつけ始めたせいで、俺も勝つのが難しくなってきた。
 別に喧嘩なんて疲れるし、汗も掻くし嫌いなのに、奴等の成長を思うと、またワクワクしてしまう自分がいる。
 そして、いつまで経っても仕事をしない俺は、セイに叱られるのだろう。

 あの時の自分はこう思っていた。「生きる意味がわからない」と。
 俺も正直、わからん。この先40年、50年って生きてもわからないかもしれないし、もしかしたら答えが出る日がいつの日かくるかもしれない。
 今のところの俺の見解は、生きる意味なんて無い。そもそも、人間、色んなことに意味を求めすぎなんだよな。そんな神だって、人間ひとりひとりに意味なんて持たせられんだろう。
 だからこそ、俺は自分の力で生きていかなきゃいけない。時計の針が止まれば、俺は死んでしまう。まあ、そんな大層なこと言えないけれど。

『頑張ってね、ずっと見守ってるよ』

 風とともに、声が聞こえた。誰とも知らない声だけど、どこかで聞いたことのある声な気もする。いたずらに、風が頬を撫でて去っていく。

 ここは、シビュラ。神が住まう国である。




【諸君はこの颯爽たる風を感じないのか・完】


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