俺には、昔の記憶がちゃんとある。
 まだ俺が小学校六年生で、先生が大学院生だった頃。家に居場所がない俺は、近所に住む大学院生とよく遊んでもらっていたのだ。その大学院生が、牧 竜先生だ。優しい竜ちゃんと遊んだ俺も、久賀と小学生の時から幼馴染の俺も、すべて俺のはずなのにどうして今更違和感を感じるのだろうか。
「子規君、授業終わったけどボーッとしてどうしたの?」
目の前には、ズームアップされた先生の顔があった。思わず、仰け反るが教室の椅子は固定されており、大した効果はなかった。
「珍しく授業中も集中できてなかったいたいだけど、今日の授業はつまらなかったかな」
眉を下げて、首を傾げる先生に首を振った。
「先生の授業がつまらなかったことなんてないです。…ただ、先生が授業前に話してくれた話が気になって」
「ああ、パラレルワールドの話かい?ちょっとファンタジーが過ぎたかな」
そう言って笑った先生に、俺はまたしても首を横に振る。
「先生の話いつも面白いです、ただ…」
「ただ?」
「実際自分も『そう』だって言う可能性もあるわけじゃないですか。否定できない自分が少し…」
先生に否定してくれれば、俺は安堵できるのだ。俺が異世界からきた人間だと、入れ替わりではないと笑い飛ばしてくれることを祈った。
 しかし、俺の表情は崩れた。

「僕には、わからない」

 言葉がつまる。ただ一言否定してくれるだけでいいのに。
「でも、先生…俺が小学校六年生の時、よく面倒を見てくれましたよね…?この記憶は正しいものですよね?」

 先生はその問いに応えることなく、ただ黙って笑うだけだった。





いつも通り過ごしているはずなのに、どっか違和感を感じている。いつもの時間、いつもの車両に乗って帰路についているのに、こんなにも何かが違う。
 改札を通り、駅から出ると、ポツリポツリと雨が降り出した。この時間のバスはもう行ってしまったので、走ることにする。田舎のバスの本数は極端に少ないのだ。

 家に着き、玄関に着くとすでに服も髪もずぶ濡れだった。鞄を床に置くと、寒さが一気に襲ってくる。
 どうやら家に誰も帰っていないようで、誰かにバスタオルを持ってきてもらうことは望めない。

 『シキ!あの俺様ツンデレがアンタにだって!』
そう言って俺に、刀を二本渡してくれる女の人。俺の視点は今よりも低い。女の人は俺のことを「シキ」と呼んでいるが、俺はこの人に見覚えはない。

「なんだこれ…」

 見覚えがないはずなのに、酷く既視感を覚える。小さい俺の手には少し太く感じる刀を二本持たされ、その重さが懐かしく思うのはなぜだろうか。

「ただいま…ってなに、邪魔なんだけど」

 玄関が開く音とともに現れたのは、弟の焦(ショウ)だった。
「焦…おかえり」
焦は俺を訝しげに見ながら、俺の横を通り、家の中に入っていく。どうやらしっかり者の弟は傘を持って行っていたらしい。重そうな鞄には、きっと参考書が大量に入っているのだろう。
 リビングの扉が閉まっていくのを、俺は眺めながら立ったまままにもできなくなってしまった。

「いつまでそうやってんの」

 気がつくとバスタオルを広げた焦が、少し怒ったような表情で目の前に立っていた。玄関には段差があり、俺より身長の低い弟が俺と同じくらいの目線だ。
 俺が答えられずにいると、焦はわざとらしく溜息をつくと俺の濡れた頭をバスタオルで包んで、拭いてくれる。

「焦…」
「なに」

「ありがとな…」
バスタオルで焦の顔は見えない。
 俺の髪を拭く力が強まった。

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