「名津井先生〜〜〜!!!」
夏休みが終わり、校舎には喧騒が取り戻された。昼休みに、勢いよく扉が開いて生徒がまたまた勢いよく入ってくる。
「名津井先生!ちゃんとご飯食べてました!?一人で寂しくなかったですか!?ちゃんと寝てました!?!?」
そうまくし立て来る、俺より少し身長が高く髪を金色に染色したこの生徒。今年の春にコイツを拾った。名は、確か木田と言ったか。見た目がヤンキーっぽくて最初はなんてモンを拾ってしまったんだ…と、びくびくしていたのだが、彼は存外繊細でこうして俺の世話を焼きたがる。
「…食べてたよ」
「本当ですか!?絶対嘘だぁ!!」
そういって、俺の腹にそっと触るコイツに驚き、後ろに飛びのいてしまった。
「はあ!?!?お、まセクハラ!!!」
「セクハラって〜〜、俺と先生の仲じゃないですか!」
なんだ、俺とお前の仲って…そんなもんねえよ…と呆れながらも、邪険にしたところで、コイツが帰らないことはこの約半年で学んだので大人しくお茶を淹れる。
「あ、先生!俺、コーヒーがいいな〜〜」
「うっせ、今俺は緑茶飲みてえんだよ」
そう言うと、ぶつぶつ文句を言い続ける木田は、俺が、淹れてやらねえぞと凄むと、両手をハンズアップして「ごめんごめん」とチャラチャラ笑った。

「あれ、その子、木田君ですか?」
保健室の扉をまたもやノックもなしに入ってきたのは、春井だった。いつものことだが、気配を消して入ってくるのは本当にやめてほしい。
春井は、二人分の弁当を持って少し機嫌が悪そうに眉をひそめている。俺は、夏休みが終わっても、彼がこの部屋に来てくれたことが嬉しくて春井の眉間の皺のことなんて気にも留めなかったが。
すると、木田が突然俺と春井の顔を見比べて、一つ深いため息をつくと、俺の顔を見てこう言ったのだ。
「元の場所に返してきなさい!」と。

「また、名津井先生はそうやって拾ってきて!!もうこの部屋には連れ込むのもいい加減にしてください!!!」
オカンのようにぷんすか怒る様子は、俺からしたらもう子供が癇癪を起しているようでかわいらしいものだが、実際は背の高い金髪ヤンキーが凄んでいるように見えるのだろう。
春井は、春井でさらに機嫌が悪くなったようで、眉間の皺がもはやマリアナ海溝並みの深さだ。
俺は、我関せずを貫きながら、春井が持ってきた弁当をその場から動かない春井の手から奪い去り、ソファに座って応接用のテーブルに広げて食べ始める。
「先生!聞いてますか!?…!もしかして、夏休みに食事を欠かさなかったというのは、このいけ好かない、エセ爽やか教師にこうして餌付けされていた、ということですか!?もう、胃袋はちゃっかりつかまれてるじゃないですか!!!」
「木田も食べる?」

そう言って、ハンバーグをひと切れ木田に食べさせようとした。木田は逡巡したようだが、あーんと口を開けた。俺はそのまま木田の口に箸を運んでやると、腕を物凄い力で掴まれ、違う口へとハンバーグは吸い込まれていった。
「なにすんだよ!俺が折角、名津井先生に食べさせてもらおうとしたのに!!」
「春井先生…大人げないですよ…」

一応、生徒の前ではあるので、コイツを先生呼びしてやると、なんだかさらに眉間の間に位置する海溝が深くなった気がする。
「うん、実は味見をしていなかったから不安だったんだよ、悪いね木田君」
そうやって爽やかに笑う春井の笑顔はまるで、こちらに一線を引かれたようで俺は胸に黒い靄がかかったことに気が付いた。

「さて、木田君、そろそろ予鈴が鳴りそうだ。君のクラスは確か…一年Fクラスだったよね?教室は四階にあるはずだよ。もう戻った方がいい」
「このエセ爽やか教師…俺のクラスまで覚えてんのかよ…」
「君は…ある意味で有名人だからね」

春井がそう言った瞬間に、木田の顔は歪んだ。
「…やっぱり、お前に名津井先生は似合わねえよ」

そう言って、来た時とは対照的に静かに去っていく木田の背中を俺は見守ることしかできなかった。彼が去る時に見せた顔は、俺と最初に会った時とおんなじ目をしていた。


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