いつもより大きめのお弁当を胃に詰め込んで、今日は春井が持ってきたお茶の粉末を湯のみに入れて熱い緑茶を胃に流し込んだ。
…今日はやけに準備良いな、どうしたんだ?
少し訝しみながら、ソファに寄りかかり反対の椅子に優雅に座る春井を睨みつける。その視線に気付いた彼が眉毛を柔く下げて、困ったように笑った。なんだよ、その顔。どうせ、そんな愛想のいい顔、誰にでも振りまいてるんだろ。そんな顔俺にまで向けるんじゃねえよ、と更に睨みつけた。
「そういう顔してくれるってことは、俺期待していいですか?」
「は…?」
なんだコイツ、宇宙語でも話し始めてんぞ…期待ってなんだ、なにを期待するんだ?
俺が脳内でぐるぐる考えていると、春井が椅子から立ち上がりこちらに近づいてくる。
「べ、別に金とか持ってねえぞ!?」
そう言うと、動きを一度止め深いため息を押しつぶすように息を吐いた。
な、なんだよ…本当意味わかんねえよ…自分の顔が熱く、動悸が激しい。
手にしていた湯飲みを奪われ、俺の指に春井は指を絡ませる。心臓が、痛い。そのまま、春井は俺の両脚の間に、片方の脚で割り込み更に俺との距離を縮ませた。

「さっきは嫉妬してくれたんですか?」
「ち、が!!別に、そんなんじゃねえよ!」
「じゃあ、機嫌悪いのはなんで…?」

そんな、子犬のような顔をされたって困るんだよ!!

「お前が!いつまで経っても昼飯持ってこないから!!腹減ってたんだよ!!!」
「!…待っててくれたんですか?」
「…〜〜〜!!、女と喋ることを、優先しやがって…」

小声でつい出てしまった本音を、漏らして自己嫌悪した。なんだよ、本当に俺が嫉妬しているみたいじゃねえか。

「じゃあ、今はそれでいいです」
存在しない尻尾が嬉しそうにパタパタと動いているように見える。春井の柔らかそうで髪質が余計にゴールデンレトリバーのように錯覚させる。

”今は”という言葉に引っ掛かりを覚えたが、俺はそのまま春井の優しい匂いに酩酊を覚え、そのまま奴の胸に身体を預けてしまった。
この時にはもう、コイツの罠に引っ掛かっていたのかもしれない。

自分がコイツに身を任せているようで、恥ずかしくなり無理矢理に身体を引き剥がそうとするも、同じ男のはずなのに相手の方が力が強くて動けない。
「いい加減離せ!」
ベシッ!!!!と思いっきり背中を叩いて思いっきり身体を離す。「イテッ」と言いつつ名残惜しそうに身を引いて、湯飲みを俺に持たせた。すでに、湯飲みの中のお茶はぬるくなっていて、もったいないけれど、もう飲む気はしない。

「名津井先生…明日は何がいいですか?」
「……からあげ」

今まで「何でもいい」と言っていたけれど、今日はなんとなくから揚げが食べたくなった。「レモンも付けろよ」と言うと、嬉しそうに返事をして保健室から出ていった。
時計を見れば、もうお昼休みはとっくに終わっていて、彼はきっと急いであの三階分の階段を上がっていくのだろう。あの準備室には、あの色を示していた女の新任教師がいるのだろうか。きっと、国語科の人間らしいからいるのだろう。それを思うと、横隔膜がひくりと嫌な感じで動いた。

「あ”〜〜〜」親父臭い声とともに、出てきた声は自分の機嫌を上げるものではなく、さらに落とすとうな汚い声で、その日の仕事は始終もやもやしっぱなしで、こんな時こそアイツに会いたいと思ってしまった。

もう少しで、夏休みが明けるというのに、気温は30度のままそこから下がることはなさそうだ。秋雨前線がどうのこうの、と朝のお天気お姉さんが言っていたけれど、それだってエアコンがなかったら普通に汗をかくし、夏が終わる兆しは見えてこない。

やはり、夏が秋を食ってしまったのだろうか

夏が秋を食ってしまったという事実を他の季節はどう感じるのだろうか。夏は嫌われてしまわないのだろうか。

夏休みが終われば、きっと彼との昼間の逢瀬は終わってしまう気がする。きっと、夏が終わってしまうことが名残惜しくて、秋を食らいつくしてしまったのだ。
そんなことをしたって、夏休みは九月の頭に終わるし俺達の逢瀬は終わってしまう。

馬鹿馬鹿しい己の考えに、笑いだしてしまいそうになった。どうやら、アイツの沼にずぶずぶと自分からハマりにいってしまったらしい。先ほどまで、認めたくないと思っていた感情をこんなにも簡単に呑み込んでしまった。

明日は、どんな顔をして会えばいいのだろうか。彼の匂いまで知ってしまったら、俺は二度とのこの感情から抜け出せない気がしたのである。


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