「大切な君へ」

 誕生日、それは生まれてきてくれてありがとう、と感謝をする日。いや、そう思っているのは僕だけかもしれないけど、今日誕生日のあの人に感謝の気持ちを伝えたいという気持ちに間違いはない。
 僕にとって大切な人の誕生日にだって、訓練はある。いつも通り朝目覚めて、双子の兄であるライトを起こしに行く。ライトはとても寝汚い。もう何年も一緒にいるけれど、上手く起こせた試しはないのだ。
「ライト!! ラーイート!! 起きて! 起きてよ!!」
「んん〜〜〜…エル…うるさい…もうちょっと…」
そら見たことか。枕で頭を覆った兄は、またすやすやと眠り始めた。溜息しかでてこないが、これは毎朝のことである。自警団では、しっかりとした休息がとれるように、隊員ひとりひとりに部屋が与えられている。そのため、毎朝自分の支度を早く済ませてライトを起こし、着替えさせてともに食堂に向かうのだ。
「ライト! もう、今日は隊長の誕生日なのに…!」

『隊長』という言葉に、ライトの耳がピクリと反応した。枕から半分顔をだして、ジト目でこちらを見ているライトを睨む。
「……エル、もう隊長に渡すモノ決めてたんじゃないの」
「そ、そうだけど…」
ライトは大きな大きなあくびをしながら、のっそりと起き上がった。隊長効果だろうか、知らないけれど。

 今日は、隊長の誕生日だ。僕たち第七師団三番隊は各隊員の誕生日を祝うような仲ではないけれど、ふと隊長の誕生日が聞いた時には去年の祝う機会はもう過ぎていた。来年こそは、そう固く決意した僕の周りで仲間たちもまたなにか思ったことがあるようだ。
 ダガーのメンバーは比較的他の隊と比べると年齢層が低い。成人しているのは、ニイロさんくらいだ。普段はあれだけ大人びているシキ隊長だって僕たち双子と同じくらいだろう。
 隊長に誕生日を聞いた時に日付とともに返ってきた言葉は、『ま、誕生日なんて今の今間で忘れてたけどな!』だ。
 『この隊長に、子供らしさを取り戻してもらなければ!』という確固たる決意が他のメンバーから聞こえてきたが、それは僕も同様だった。隊長は12歳の時から自警団にいる、と聞いたが、もしかしたらそんな年から誕生日を祝われていないのかもしれない、そう思ったら今年こそは盛大に祝わなくてはならない。

「エル! 食堂行くぞ! ぼーっとしてどうしたんだよ…」
すでに着替えが済んだらしいライトが俺の腕を引いて廊下へと歩き出していた。食堂につくと、もうすでに人で混雑している。
「はい、じゃんけん」
ぽん、で僕の勝ちだ。「あえー、めんどくせー」と言いながら、ライトがカウンターへと歩いていく。二人でこうして食堂に来た時は、『じゃんけん』で負けた方が料理を取りに行き、勝った方が席をとる。『じゃんけん』というものは隊長から教えてもらって、それ以降よく使うようになった。
 一人で席に座っていると、ニイロさんが珍しく食堂を歩いていた。
「ニイロさん、おはようございます」
猫背ぎみの彼は、クマの張った目を拵えている。
「…おはよう、エル。朝から元気だね…」
「めずらしいですね、食堂に食事するなんて…」
「まあね、たまには」
そう言ったニイロさんの手には、謎の白い箱。

 僕の視線に気が付いたニイロさんが「ああ、これ?」と言って、苦笑いをした。
「実は菓子類を作ることが趣味でね…はは、三十路のオジサンにもらっても若い子は嬉しくないかもしれないけど」
「あ、隊長の…?」
僕の疑問符にニイロさんは頷いてみせる。いいなあ、僕もなにか得意なことがあったら、隊長に喜んでもらえるようなモノを渡せたかもしれないのに。
「あの子にはいつも世話になってるからね。…君は、なにか渡すつもりなのかい?」
ニイロさんにそう聞かれ、思わず回答に詰まる。
「……悩んじゃって」
「…何を悩んでいるのかは知らないが、彼は君に渡されたモノならなんでも喜ぶと思うけどね。朝からそんな憂鬱そうな表情をしちゃいけないよ、おじさんみたいになっちゃうからね。それに、今日は楽しいハッピーバースデーだ」
そう言ってウインクをひとつして、食堂から去っていたニイロさんの背を見送った。丁度良くライトが帰ってきて、定食を受け取る。それでも僕はまだ憂鬱だった。



「エル、まだ渡せてないの?」
休憩の合間にライトが小声でそう聞いてきた。頷くと、双子の兄に溜息をつかれた。僕がいつもはつく側だから、腹が立つ。
「もう皆渡したっぽいぞ…?」
「え…」
「アオとレイスはいつものようにいがみ合いながら渡してたし、セイにさっき聞いたら『秘密』って言われたけど。あの感じならもう渡したんじゃねえかな」
「…ライトも…?」
「おうよ! あ、なに渡したかは教えねーぞ。そういや、あの引きこもりじいさんはなに渡すんだろうな」
ケーキだよ、とは言わなかった。なんとなく、意地悪な気持ちがあったのだ。兄に八つ当たりしたってしょうがないのに、モヤモヤが止まらない。

「エル! ちょっと手伝ってくれ!」
自分に向けての声は、隊長のものだった。今日はじめての自分に向けての言葉。ずっと隊長のことを避けていたのだ。
「う、うん…! すぐ行く…!」
ライトの顔を見ると、『はよ行け馬鹿』と口パクで言われる。…自分で起きれない人に言われたくない、と思ったがなにも言い返せない。
 長い廊下をスタスタと歩いていく隊長を追っていく。どこに行くのか、なにが目的なのかもわからないまま、隊長の自室に到着した。
「…? シキ?」
隊長の部屋は物が少なく、少し寂しかった。隊長は少し悩むような素振りを見せ、口を開いた。
「…エル、なにか俺に言いたいことがあるんじゃないのか」
「えっ」
まさか、僕が隊長に渡す誕生日プレゼントのことで悩んでいたことを知って…?
「俺になにか非があるなら、言ってほしい。治せることなら努力するからさ」
どうやら隊長はかなり見当違いなことで、僕を連れ出したようだ。でも、隊長をこんなにも不安にさせてしまった自分に、腹が立つ。
 思わず、隊長に飛びついてハグをする。結構勢いよく飛びついたから、隊長が体勢を崩しそうになったけど、それを引き寄せて阻止をする。僕も随分と背が伸びた。もう、隊長の背は越しているし、こうして抱き着けば隊長はひとたまりもないだろう。

「…シキ、ごめんね。僕…シキに渡す誕生日プレゼント…みんなよりもいいもの、渡せそうにない…」
いよいよ白状する。情けないけれど、仕方がない。自分の大事な人を不安にさせてしまったのだから。腕の中の隊長が、少し笑ったのがわかった。
「…シキ?」
「はは、いやあ…嬉しくってさあ…」
少し距離を離して、隊長の表情を見れば少し口角があがっているのがわかる。自分がよっぽど情けない表情をしているのかもしれない。
「なぁんでそんなに情けない顔してっかなあ…」
隊長は僕の目元を親指で擦ると、困ったような顔でまた少し笑ってみせた。
「…笑わないでよ」
「だってよ、みんなして今日朝からソワソワしてっからさ…なにかなーって思ってたら」
俺のためだったんだな、と大事に大事に呟いた。




 その日の訓練も一通り終わり、自室へと戻ってきたシキは抱えていたプレゼントたちを部屋に飾っていく。ニイロさんからもらったケーキは見事なアップルパイで、ダガーのみんなで食べた。黒い猫のぬいぐるみはベッドのところに、シンプルな指輪は棚の上に、書きやすそうな万年質は隊服の胸ポケットに、ステンドグラスのコップは机の上に、そして星座を模ったネクタイピンをネクタイにつけた。
 少しは殺風景な部屋に色どりがついたかもしれない、とシキはひとりで満足気に笑う。誕生日を祝ってもらえるなんて思ってもみなかったから泣きそうになってしまうほど嬉しかった。大浴場に向かうために、部屋着を用意している最中に自室の扉の鍵がカチャリと音を立てて開いた。
 他人の部屋にノックもせずに勝手に鍵を開けて入ってくるのは、ただひとり。

 扉が開き姿を表した人物に、シキはやっぱり、と呟いた。
 自分よりも大きな身長、ブロンドの髪を靡かせて不遜な態度で大きな大きな花束をかかえている男。この男と花束なんて、黙っていれば似合うはずなのに、その偉そうな表情のせいでどうしても違和感が拭えていない。
 何も言おうとしない男に、意地悪がしたくなる。
「どなたですか、花束の配達なんてお願いしてませんけど」
「うっせ、ガキンチョ。大人しく受け取れ」

 誕生日とは、なんだろうか。人それぞれの受け取り方があるが、祝う方にとっても、祝われる方にとっても、幸せであることは間違いない。…かもしれない。



 ―――HappyBirthday SHIKI.



【あとがき】
大遅刻すみませんでした。5月30日はシキの誕生日。星言葉は「他人の痛みを感じる正義」(星言葉を知らない方が是非調べてみてくださいね)
普段シキ視点でお話が進んでいくので、今回はダガーの双子の弟、エルの視点で書いてみました。本編ではあまりダガーのみんなを描けていない気がしますね、もっと彼らの話を書きたいです。今作ででてきたプレゼントたちは、誰がなにを渡したのか、想像してみてください。わかったら、私にこっそり教えてくださいね。


戻る / 次へ
top

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -