綾薙学園は日本でも有数の音楽芸能分野の名門校である。
その綾薙学園の中でも花形はミュージカル学科のスター枠と呼ばれる実力で選ばれた生徒達によって構成されたチームである。
辰己琉唯はそのスター枠の中でも最上位とされるチーム柊のリーダーをつとめている。

才色兼備全てパーフェクトに思える彼だが人間欠点の一つや二つ誰にでもあるわけで、何より辰己は小さな頃虚弱体質だった。
過去形だが完全に脱した訳でなく今でもたまに体調を崩してしまう事がある。

彼の幼馴染みである申渡栄吾は一早く辰己の異変に気付くとチーム柊の稽古を欠席し、辰己の付き添いで病院へ訪れていた。


「最近、無理をし過ぎでは?」

「そんな事無いと思うけど栄吾が言うならそうなのかも知れないね。気を付ける。」


自分は覚えがなくとも申渡が言うのならばそうなのかもしれない。
幼馴染みとして幼い頃から付き合いを持っていた二人は気心の知れた仲である。



「少し点滴受けたら帰れるらしいから、栄吾は稽古に戻りなよ。」

「…わかりました。くれぐれも無理はしないように。」

「わかってるって。」


辰己は点滴棒を引き申渡を見送ると待合室のソファーを目指した。

大きな病院なだけあって雑誌の種類も幅広い。
そんな数多くの中から読んだことの無い音楽雑誌が辰己の目に飛び込む。
それを取ろうと手を伸ばすと、他の誰かもまたその雑誌へと手を伸ばしていたようで、手が重なる。

辰己が視線をずらした先には患者服を来ている大体辰己と同じ年頃位の女の子が驚いた顔で自分を見ていた。

「どうぞ」辰己は彼女に雑誌を譲ろうと試みたがそれより先に彼女はそそくさと何処かへ走り去ってしまった。
勿論ここは病院なので駆け足厳禁だ。

不思議に思った辰己だったが、さして気にも留めることなくその場のソファーに腰掛け雑誌を読み始める。
後は点滴が終わるのを待つだけだった。

雑誌を読み始めてしばらくした時気付いたのだが、どうやら先程走り去った彼女はビックリした表紙に自分の持っていた本を幾つかソファーに忘れて行ったらしい。

ソファーの上には3冊程の音楽雑誌と、その間に音楽用のノートが挟まっていた。


単なる好奇心だった。辰己はそのノートを手に取ると少しばかり開いてみる。

中には五線譜の上にぎっしりと書かれた音符。これは彼女の楽譜だろうか。
辰己は楽譜を読み頭の中で音を思い奏でる。
なかなかいい曲だと思ったし、音楽を熟知している自分の知らない曲なので自作なのだろうか、と思った。

現にノートには何度も消したり書いたりした後が見られ、曲もまだ未完成だ。

そう思ったと同時にこれは大事な物だから彼女へ届けなければいけない。そう考えた辰己はノートを閉じる。
表紙には星野彩音と綺麗な文字で書かれていた。彼女の名前だろうか。
ただ少し気になったのがその名前の横が黒く塗り潰されていること。

それはまるで何か書いてあったものを消しているかのように見えた。


辰己は点滴を終え点滴棒を返却すると彼女の病室を尋ねた。
患者服を着ていたのだからこの病院に入院してるに違いない。


「星野彩音さんの病室を教えて下さい。」

「星野さんの病室は305です。…貴方も星野さんのお友達?合唱部?」

「…まあ、そんな所です。ありがとうございました。」


看護師の言い方からして彼女は合唱部に所属している様だ。
音楽雑誌を読んでいたりノートに作曲している事もそれならば説明が付く。

辰己はノートと、先程彼女が読もうとしていた雑誌を手に取り彼女の病室へ向かった。


コンコン…


305 星野彩音
病室の番号と名前を再度確認しノックをするも返事がない。
どうやら彼女はまだ病室へ戻っていない様だ。

そう思って辰己は引き返そうとすると丁度その場にいた看護師さんが「星野さん、中にいるよ。」と声を掛けてくれた。
辰己は居るなら返事ぐらいすればいいのにと思いつつも病室のドアをスライドさせ開いた。



「……!」

病室は一人部屋にしてはかなり広かった。
あまり物がなく生活感を感じない事から、彼女はずっと入院している訳では無さそうだと感じた。

ベッドへ目を向けると、上半身だけ起こして辰己を見ている彼女がいた。
その表情はとても驚いているように見える。
辰己はベッドへ近付くと彼女へノートと楽譜を差し出した。

「これ、君のだよね。忘れて行ってたよ。」


彼女は驚きつつも辰己の手から本を受け取るとノートだけを大事そうに抱きしめた。
見つかって酷く安心したという様な表情だ。
しかし彼女は一向にお礼を言ったりしない。

そして仕舞いにはノートを抱き締めながら涙を頬に伝わせていた。

辰己はそれに一瞬怯んでしまったが、このまま泣いている彼女を放っておける筈も無く側にある丸椅子に腰掛けた。



暫く彼女は声もなく泣き続け、落ち着くと涙を拭うと辰己へ向かって頭を下げた。
ここまで頑なに声を出さない彼女を見て辰己は先程から心の隅に思っていた事への確信が持てた。

彼女は机の上に置かれてある白いメモ帳を捲るとボールペンで文字を書き始めた。


“ありがとう”


彼女は声を出さないのではなく出せないのだ。












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