Dream | ナノ

Dream

ColdStar

見えない背中

「サクヤさんが、休暇……ですか」
「ああ。お前とソーマ、それにコウタがいればこの程度の作戦はどうと言う事はないだろう?」

ブリーフィングを終えて一旦準備の為に自室に戻った私が再びエントランスを訪れた時、そこにまだいたツバキ教官から聞かされた言葉に私の中には自然と驚きが生まれていた。
だが私の顔を見て、ツバキ教官は小さく息を吐いてから言葉を繋ぐ。

「お前だって気付いているんだろう、サクヤの様子に」
「……そう、ですね。いつも眠そうに見えます」
「リンドウが行方不明になった後エントランスで船を漕いでいたお前に言われるとはサクヤも思っていないだろうが、その通りだ」

教官の言葉は私の胸に深く突き刺さりはするが……事実なので反論のしようがない。実際、ソーマにも随分呆れられたのだから。
黙り込んだ私を見て、教官は僅かに笑みを浮かべてみせた。

「深く考えるな。お前たちなら大丈夫だと信頼して頼んでいる。暫くはサクヤの分まで、よろしく頼む」
「はい、分かりました」
「この件はお前からソーマとコウタにも伝えておいてくれ。頼むぞ」

それだけ言い残して、ツバキ教官はエントランスから去っていってしまった。
それと入れ替わるようにして、エレベーターからはコウタが姿を見せる。私の姿を見つけて歩み寄ってくるコウタに、たった今教官から聞かされた事を余さず伝えるとコウタは僅かに困ったように眉を下げて腕を組んだ。

「ってことは遠距離攻撃は俺が一手に引き受けなきゃいけないってことか……なんか緊張するなぁ」
「問題は回復だな……いざとなったら私が請け負うしかないか。射撃はあまり得意じゃないが」
「そうしてもらえると助かるな、俺回復用のバレット持ち歩いてないから」

コウタの言葉には頷きだけを返しておいたが……その代わりにひとつだけ、頭に懸念が浮かぶ。
私が表情を変えたのに気付いたのだろうか、一旦は笑顔になったはずのコウタが再び困ったように眉を下げた。

「どうかしたのか、藍音」
「私が前線から離れがちになるとソーマの負担がその分大きくなってしまうと思って……ソーマなら大丈夫だろうが」
「大丈夫だろ、ソーマ強いし」

軽い口調でそんなことを言った後、コウタの表情が急に真剣なものに変わる。
よくもまあここまでころころと表情が変わるものだ、なんて感心しながらも、私はコウタの方に視線を送ることしか出来なかった。
その視線に促されたかのように、コウタはぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始める。

「藍音はさ、偉いな」
「偉いって何が」
「俺、どうにもソーマの考えてることが良く分からなくて……正直に言えば、どう接していいかまだ分からないんだ。今日も、もし藍音までいなくてソーマと二人だったら俺どうしていいか多分分かんなくなってたと思う」

ふぅ、とひとつ息を吐いて、コウタは私の方を真っ直ぐに見返してくる。再び表情が変わって、今度はいつもの明るい笑顔……その唇からは、するすると饒舌に言葉が零れ落ちていた。

「それに引き換え、藍音はちゃんとソーマと向き合おうとしてる。どう接していいか分かんない、とか言って考えることを諦めてないからさ。だから偉いなって」
「……向き合おうと……してる、んだろうか」

そんなことは今まで考えたこともなかった。
確かに私はソーマに対して、彼が閉ざした心をこじ開けようと必死になっていて――時にはきついことを言ったりしている自覚はあるのだが……
私の、自問自答にも似た呟きを問いかけだと受け取ったのだろうか。コウタは笑顔のまま、言葉を紡ぎ続ける。

「少なくとも俺にはそう見えるよ。きっと藍音はソーマとふたりだけで作戦に出ることになったとしても何も困ったりしないんだろうなって」
「……そう、か……そう見えるか」
「うん。俺たまにソーマとコミュニケーション取るの諦めようかなあって思うことあるもん、仲間だからそんなことも言ってられないけどさ」
「諦めるのが早いな」

冗談のように呟いたコウタの言葉に気付けば小さく噴き出していた。コウタも同じように照れ笑いを浮かべている。
そこへ、エレベーターの扉が開いて……やってきたのは、話題の主。

「……サクヤはどうした?」
「ツバキ教官からの命令で暫く休暇を取ることになったようだ。当面は、サクヤさんの抜けた穴を私とコウタでどうにかすることになると思う……私が前線から抜けることになるとソーマには負担をかけて悪いが」
「フン……お前たちの力なんか借りなくたって、俺一人でどうにでもなる」

短くそう言うとソーマは私たちに背を向け、出撃ゲートへと向かった。
そのソーマの背中を、コウタは不満そうに見ているだけ。

「……藍音がせっかく心配してるのにあの反応は酷くね?」
「いつも通りのソーマじゃないか」
「……まあ、藍音が酷いと思ってないんならそれでいいんだけど。って言うかやっぱり藍音凄い根性だと思った、俺」

私とコウタのそんな会話が聞こえているのかいないのか、ソーマは黙って私たちに背を向けたままだった。
その背中を、私はただ黙って見つめている――頭の中に、先ほど言われたコウタからの言葉を響かせながら。

 ――藍音はちゃんとソーマと向き合おうとしてる……

自分では全くそんなことは考えてもいなかった。
自分の背中を自分で見ることは出来ない――そう、私自身には見えていなかった。
でも自分の背中を他人ならば見ることが出来る。コウタにそう見えていたと言うことはやはり、そういうことなんだろう。
ただ、もし私が自覚のないままソーマと向き合おうとしているとしたとしても……ソーマの側が私に目を背けたままだと言う事実は変わらない。

何故だろう、その事実が……私の心の中に、深く深く刃を突き立てていた。

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