Dream | ナノ

Dream

ColdStar

Cross

カノンがアナグラに無事に帰ってきて、タツミをはじめとするアナグラの面々に暖かく迎えられたその翌日。

「……じゃあ、気をつけてくださいね」
「はいっ、絶対ブレンダンさんを探し出して帰ってきます!」
「ああ。アリサも、私達が留守の間に何かあればよろしく頼む」

エントランスでアリサに見送られた私とカノン、それにアネットはすぐにエレベーターに乗り込んでいた。
タツミとシュン、それにカレルも私たちとは別に独自でブレンダンを探しに動いている。ソーマやサクヤさん、コウタはその間も私たちの分まで通常の第一部隊の任務をこなしているし、こうなると非常事態に動ける人間がひとりはアナグラに残っていた方がいいだろう、と言う判断によりアリサはわざわざ留守番を引き受けてくれていた――入隊したばかりのアリサだったらきっとそんなことは言わなかったのだろうな、なんてことを考えてしまうくらいには私もアリサとは長い時間を過ごしてきているようだとふと考えたりもして。
それにしても昨日の今日だと言うのに、ブレンダンの手によるものと思しき刀傷を受けたアラガミの目撃情報があったからとすぐに探しに行きたいと言い出すカノンの前向きさはたいしたものだ――そんなことを考えながら、既に用意されていた軍用車に乗り込む。
慎重なブレンダンのことだ、こんな時の非常食くらいは用意してあるだろう。だが、単身でいつまでもアラガミと戦い続けることによって疲労が蓄積しないわけがない。時間が経てば経つほどブレンダンが危ない。だから――私たちに残された時間の猶予はあまりない、のだった。
幸いなことに、目撃情報のあったアラガミはプリティヴィ・マータ1体。この程度ならば私達4人でどうにでもなるだろう――アラガミのほうと連携しているのではないかと聞きたくなるようななんとも絶妙なタイミングでカノンに誤射さえされなければ。

「……藍音さん、私の顔に何かついてますか?」
「いや、なんでもない。気にするな」

流石にこの発言をカノン本人に告げるのはいくらなんでも失礼すぎるだろうと思いなおし、だんだんと近づいてくる見慣れた景色を確かめながら私は小さく溜め息をついたのだった。

* * *

目撃情報の通り、深い刀傷を――それも、恐らくバスターブレードを使って為されたものと考えられる傷を負って手負いのプリティヴィ・マータを倒すのに、いくら新人を1人含んでいるとは言え極東支部の神機使いたちがあっさりとやられるはずもなく。
アラガミの気配が消えた市街地に、ブレンダンの名を呼ぶ4人分の声がこだまする――

「いるんでしょ?さっさと出てきなよ!穴だらけにするよ!」
「落ち着きなさいカノン……」

呆れたようなジーナの言葉を聞いているのかいないのか、カノンは神機を構えたまま辺りを駆け回っている。この調子では本当にブレンダンがいたとして、カノンが真っ先に見つけたら冗談を抜きにして穴だらけにされかねない。
ブレンダンを探すと言うより最早カノンの暴走を止めるために、私は走り回るカノンの数歩後ろをついていっしょに走り回っていた――が、やがて。

「ちょっと!いるんだったらさっさと出てきなさいよ!ほんとに撃つよ!?」

崩れかけた廃屋の入り口で神機をしっかりと構えたまま叫ぶカノンの声に、慌てたようにアネットが後ろから声をかける。

「カノン先輩落ち着いてください!そう言われたらブレンダン先輩だって出てくるに出てこられませんよ!?」
「……全くだ」

アネットの声に呼応するように聞こえた低い声は――間違いなく、私達が探している人のもの。
声のした方に視線を移すと、無造作に積み上げられた木箱の影から銀色の短髪が覗く。やがて、木箱を押しのけるようにして立ち上がったのは間違いなく、ブレンダン。
随分と深手を負っているようではあったが、よろよろとした足取りながらもこちらに歩み寄ってきたブレンダンに向けて、カノンは笑みを浮かべて銃口を向ける。

「だから落ち着けカノ……ン……」

私が止めるよりも前にブレンダンに向けて放たれたのは放射回復弾。先ほどまでの暴走ぶりを見ていてすっかり忘れていたがそう言えばカノンは衛生兵だったわけで――この行動はいかにも、職務を忠実に果たしたと言えるかも知れない。相変わらずこのあたりの「使い分け」と言う意味ではカノンのことがよく分からない――が、そんなことを言っている場合ではなく。

「何にせよ……無事でよかった、ブレンダン。とりあえずアナグラに戻るぞ……みんな心配してる」
「ああ……すまなかった」

短く応えたブレンダンの表情がどこか暗いことに気付いていないわけではなかった。だが、今はひとまず……回復弾を受け取ってもいまだ傷が癒えきったわけではないブレンダンをアナグラに連れ帰るのが先決だろう。
そう思って振り返った先では既にジーナが迎えの車を呼んでいるようだった。
カノンを連れ戻した時と同じように、アネットの目にはうっすらと涙が浮かんでいるようにも見える……ひとまずは、アネットに仲間を喪う経験をさせずに済んだだけでも今回の戦果は上々と言うべきかも知れなかった。

* * *

その日の夕刻、私は病室にいるブレンダンを見舞っていた。
幸いなことに傷を負っていたといっても深手ではなく、一日二日休めばまた支障なく任務に出られるだろうと言う話を聞いて胸を撫で下ろしたところで……ブレンダンがぽつりと口を開いた。

「俺は……アーク計画に乗ったことをずっと後悔していたんだ」

ブレンダンの言葉に、私は――あの激動の日々のことを思い出す。
あの時私は目の前の、ソーマやシオのことで頭が一杯ではあったがそれでもその時ブレンダンが言った言葉を覚えていなかったわけではない――

「それからずっと考えて、俺に出来ることはないかと探して……その結果がこのザマだ」
「焦りは命取りになりかねない、からな……あんたが焦る必要なんてどこにもなかったと私は思うが」

私の言葉はブレンダンに届くのだろうか。
今までに交わしてきた会話を考えても、ブレンダンと私の考え方は違う――それを踏まえた上で、私の言葉がブレンダンの落ち込んだ心を立ち直らせることはできるのだろうか?
頭の片隅にそんな考えを残したまま、私は引き続き言葉を紡いでゆく。

「あの時、今まで自分が生きてきた道を振り返って死ぬわけには行かないと思ったあんたの言葉を聞いて――私はそういう考え方もあるのかと思い知らされた気がした。そこまで考えられなかった私はあんたに比べてよっぽど独善的だったんじゃないか、とも」
「……藍音」
「勿論、私だって自分では『自分の』あのときの選択が間違ってるなんて欠片も思ってはいない。あんたも私も、道を間違えたことなんて一度もないと私は思ってる」
「それが言葉だけの慰めならいらない、と言いたいところだが……きっと、本心なんだろうな」

僅かに俯いた顔を上げたブレンダンの表情から迷いが消えた気配はない。だがそれでも――先ほどに比べればほんの少し明るくなったような気がして、私はこっそりと胸を撫で下ろした。
ほんの僅か落ち着いたように見える表情のまま、ブレンダンはゆっくりと口を開く。いつものように、落ち着いた口調で言葉を繋ぎ始めていた。

「さっきアネットが見舞いに来た――アネットから聞いたんだが、俺たちがいなくなった後藍音がアネットに言ったことを聞いた」
「私が、言ったこと?」
「みっともなくても情けなくても、自分にできることをする――その考え方には俺も共感する。それが悪あがきでも、そんな風に俺も生きて行きたい」

ブレンダンの言葉に、私はただ頷いてみせただけだった――この調子なら、ブレンダンはもう大丈夫だろう。
自分に出来ることを。カノンとブレンダンを連れ戻した私に出来ることは――あともうひとり、アナグラに帰って来るべき人を連れ戻すことだけ。そう、自分にも言い聞かせるように。

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