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アナタからの誘い





 外ではひたすらに雨が降っていた。バケツをひっくり返したような、とは良く言ったもので、帰宅する気力すら奪うほどの暴雨。梅雨の時期なので仕方がないと言えば、仕方がない。だがこれは酷い。
 湿気の満ち満ちたポケモン部の部室は、部員が勢揃いしていることもあり、うだるような暑さとなっていた。


「……レッド先輩。何なんスか、あれ……」
「いつも以上に空気が……暑苦しいな……」
「ちょ、シルバー。落ち着こう。ね!?」
「……あいつ、殺す……」


 不思議そうな、うっとうしそうな様子でその光景を見ている金色の目の二人と、今にも飛びかかりそうな銀色の目の青年、そしてその青年を必死で抑えている紅色の目の青年。彼らはそれぞれに、興味深そうにレッドの言葉を待っているようだった。
 レッドは「おれもよくは知らないんだけど……」と、前置きをして口を開いた。


「今日はグリーンのやつが、マサラタウンの方にいるオーキド博士……学園長の所に行く予定だったらしいんだけど、この雨だろう?リザードンもこの天気じゃ飛べないから、今週末の土曜日に予定を延ばしたらしいんだ」


 視線の先では、仕事中のグリーンの腕に抱きつくブルーの姿。「それで、ブルーも一緒に行けるようになったんだってさ」とレッドが続ければ、それぞれ納得した様子で頷いていた。


「つまり、デート……というわけですね」
「ブルー先輩がやけに機嫌が良いわけッスねー」
「グリーンも嬉しそうだからなー。やっぱあの二人、つき合ってるんだろうなぁ」


 おれにくらい、教えてくれても良いのにさ。
 今だ、レッドから見てもあの二人の恋愛関係は謎のままである。後輩たちに至っては、あの二人はつき合っていると結論を出しているようだが。
 会議用の机に頬杖をつき、レッド、ゴールド、レオの三人はうっとうしそうな視線を話題の二人へと向けていた。


「ちょっと、レッド先輩、ゴールド、レオ……!暇なら手伝ってくれないかな!?」


 そんな三人の後ろで、今だにシルバーとルビーの攻防が続いているのには、気付かないふりをした。







 ポケモン部の部室にある、会議用の机。それの、レッドたちが座る場所から対角の位置に、イエローたちもまた座っていた。この蒸し暑い中、より蒸し暑くなるような光景に目をやりながら。


「デート……ですか。少し、うらやましいわ」
「そうだなー。あんなに嬉しそうなブルーさん、久々に見た。……悪戯が成功した時みたいだ」


 クリスタルとミレイの会話を聞きながら、イエローもまたぼんやりと思う。
 ぼくも、レッドさんと二人きりで出掛けたいな。


「誘ったのはグリーンさんの方やろか。ブルーさんから誘うのはいつものことやけん、あげん喜ぶはずなかと。うらやましかー」
「そうね。……あんな風に、人前でも仲良くできたら良いのにね……」


 サファイアとミカンが、楽しそうに声を上げる。
 確かに、あの二人が一緒に出かけることは多い。けれどブルーのあの喜びようだから、サファイアの言う通り、誘ったのはグリーンの方であろう。
 うらやましい。


「……今度、わたしの方から誘ってみようかしら……」
「それ良いと思うぞ、クリス!ゴールドも喜ぶよ!」
「あたしはバトルばしてもらいたかー!最近ちっとも相手してくれんとよ、あいつ」
「サファイアちゃんらしいわ。……私も、どこかに行けたら良いな……。イエローさんも、そうですよね?」
「……へ?あ、そう……ですね」


 ふわりと訊ねてきたミカンに、イエローは曖昧に頷いた。
 この際、自分が頑張らないといけないのかもしれない。あの恐ろしく鈍い青年と二人でどこかへ行こうと思うなら。それに、何かしらの意味を持たせたいと思うなら。それなりの覚悟が必要だと、イエローは心の中で頷いていた。







「そんなに嬉しいか?」


 グリーンの隣の席について、彼の仕事の手伝いをしていたら、ぽつりと彼はそう呟いた。
 そんなに?決まっているじゃない。


「すっごく嬉しいわ」


 言いながら、ブルーはグリーンの腕をぎゅっと抱きしめた。だって、グリーンの方からのデートの誘いなのだ。いつものように、自分がしつこく頼んだわけではない。
 マサラタウンまで行き、そしてその後、食事でもどうかと言われた。これが嬉しくないわけがない。
 思わず顔に浮かぶ笑みをそのままに、グリーンを見上げれば、彼はいつも通りの仏頂面にほんの少しの笑みを浮かべていた。
 くすり、とただそれだけの笑み。けれどもそれは、滅多にない彼の本当に嬉しそうな笑みで。


「……ならば、次に誘う時は、場所を変えて誘うべきだな」


 そう言い、グリーンはちらりと正面を見る。ブルーが彼の視線を追えばそこには、こちらを見て何やら話していたり、思い切り睨みつけてきたりしている青年たちと、その反対側でうらやましそうに、そしてどこか決心したようにこちらを見ている少女たち。自分には珍しく、全く気付いていなかった。
 ブルーは楽しげに笑みを漏らした。


「……これも含めた上で、すっごく嬉しいわよ」
「……おかしな女だ」


 今週の土曜日、彼と二人きりの一日が、楽しみで楽しみで仕方がなかった。



狐蛇様から頂きました!
第三者視点×ボーイズトーク×ガールズトークという何とも贅沢なお話でございます!
有難うございました!これからもよろしくお願いします!




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