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あなたの温もりを知った日




「うーん………。やっぱりこれはあたしに向いてないのよー………」



川に浮かぶ浮きを見て、あたしは大きく一つ、溜め息をついた。



旅のメンバーで食事係を引き受けてるデントは、毎日の食事の内容を考えるだけじゃなくて、食料の調達も一手に担ってくれてる。大体は街に着いた時にデントが大量の食料を買い込んでるけど、時々なかなか次の街に着かないと、食料危機に陥ることも。で、デントがかなりの釣り好きっていうのもあって、メイン料理に魚が連続する時は、食料危機の表れだっていうことが長く旅を一緒にしてきて分かってきた。



「あーあ、手でこうバシッ!って鷲掴みした方が早い気がするー………」



デントが食料を見て何だか困ってる顔をしてるのを偶然見かけたあたしは、食料調達の手伝いに名乗りを上げた。きのみ探しはあたしの得意分野だし。

でもデントは何かを勘違いしたみたいで、あたしに自分の釣り竿を差し出してきた。



『え………?魚、使うの?』

『うん。アイリスが釣ってきてくれたら嬉しいな』

『え?あたし、川入って』

『ダメだよ、アイリス。この近くの川は流れが早いんだから』

『でも、竜の里でだったらいっつも』

『いつもやってたことでもダメだよ。危ないし。ね?』



デントに何度頼んでも許可はもらえないし、かと言ってたとえ川に入って素手で採ったとしても、どうしても服が濡れて釣り竿を使わなかったことがバレる。それに、“アイリスが釣ってきてくれたら嬉しいな”って言ってくれたあの笑顔があたしは大好きで、思わずつられて“分かった!あたし、頑張るね!!”って宣言しちゃったし………。



「はーあ………」

「アイリス、調子はどう?」

「調子?何か絶不………、って!!」



あたし、一人で釣りしてたはずなのに何で会話になってるの………?って思ってバッと後ろを振り向くと、シャツの袖を腕捲りしたデントがニコニコしながらこっちに来てる。そっか、さっきまで他の材料の下拵えとかしてたのかな、ってことは後はあたしの魚待ち………!?



「も、もうちょっと待っ、っ!?」



急いで釣らなくちゃ!!そう慌てたその時、くいっと竿が引っ張られた。思ってたよりもすごい力で引っ張られたから、浮きの方を見てなかったあたしはパニックになりかけた、けど―――、

ふわっと背中が暖かくなった。



「ちょ、デントッ………!」

「アイリス、きたよ!」



きたよ、じゃないって!あたしがあたふたしてるのを見かねたからか、デントは素早くあたしの後ろについて膝をついたと思ったら、あたしの背中を包むように腕を出して来て、あたしの釣り竿を包む手を上から握り込んだ。



「なかなか、大きい、かもね………!」



ひゃあああ………!ちょ、デント、耳元で喋んないでよ………!!デントにその気はないんだろうけど、聞いたあたしとしてはもう、心臓もたないよ………!!し、しかも手を握られるのって(手の甲を包まれてる状態だけど)、これが初めて―――。

頭の中がグルグルしてるうちに、バシャバシャと水の中で暴れてる音が止んで、パシャン!という綺麗な音がした。



「アイリス、釣れたよ!!」

「………」

「………アイリス?」

「へ!?あ、あ、そうね!!」



デントが釣れた魚の尻尾の近くを鷲掴みにして、首を傾げて私を見てくるから、あたしは慌てて我に返る。

デント、全然気にならなかったのかな………。デントって、何かにとことん集中すると人が変わるんだよね。テイスティングタイムの間とか、釣り関係のこととかになると特に。



「アイリス、今度また釣りしよう?」

「ふえ!?で、でもあたし下手だし」

「だからだよ。僕がさっきみたいに手取り足取り教えるし」

約束だよ?



デントはそう言うとにっこり笑って右手の小指を差し出してきた。“さっき”なんて言われたから思わず思い出してしまって、あたしは俯いてしまったけど、おずおずと小指を近付けて指切りをした。デントの手って、あたしと違って堅くてて大きいな………。



「今日の晩ご飯は、いつもより美味しくなるだろうね」

「そ、そうね!美味しくなかったら」

「2人で釣った魚だよ?僕が美味しく調理してみせるさ」



初めて手を握られた日、初めて指切りをした日―――、まだまだデントはあたしのことを何とも思ってないと思うけど、あたしにとっては大切な日になりそう。





あなたの温もりを知った日





(アイリス、思ってたより小さかったな、手、柔らかかったな…………)

その後、デントが手を握ったり開いたりして一人で赤面している不思議な光景をヤナップが目撃したそう。







鈴蘭さんから頂きました!
魚釣りのあの回は凄かった、色んな意味で。笑
改めまして有難うございました!






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