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唯、一言




はっと我に返った時には既に遅かった。
一度紡がれた言葉はどう引っ繰り返っても取り戻すことが出来ない。
その言葉を投げ付けた相手は、数秒俯いていたかと思うときっ、とオレを睨み付ける。
その碧眼に怯んだ隙に、彼女はオレの横をすり抜けて部屋を飛び出して行った。
ばたん、とドアの閉まる音で硬直していた体に感覚が戻ってくる。
多少の罪悪感は沸いたが、日頃の彼女の我侭ぶりに苛立っていたこともあり後を追いかけることはしなかった。
擦れ違い様に聞こえたレッドの馬鹿、という呟きもその原因に含まれているかもしれない。

「何事だ」

騒ぎを聞きつけたこの建物の主、基グリーンが顔を覗かせた。仕事を中断させられた所為だろう、表情と声のトーンは不機嫌そのものである。
流石に何も無かったでは通らないだろう。そう思ってオレは経緯を話した。話が進むにつれ、彼の眉間に皺が刻まれていく。
「でも、本当あの我侭な性格どうにかして欲しいよなぁ?」

黙り込んでしまった彼に同意を求めるように、且つ重たい空気を払うようにおどけた様に話しかける。
しかし返ってきたのは溜息一つで、更に鋭い瞳が軽蔑の色を持ってオレを貫いた。

「お前はもう少しあいつを理解していると思ったが…見当違いだったようだな」

その台詞に空気を変えようとしていた笑顔が引き攣る。彼の言い分だとまるで自分が悪いようではないか。
彼だって自分と同じように彼女に振り回されて、うんざりだと常に言っていた筈なのに。

何で。

「何でグリーンはそんなにブルーの肩を持つんだよ」

苛立ちの所為で声のトーンが低くなったのが自分でも判った。内心には怒りもあったが、普段自分にも他人にも厳しいと評判の彼が何故彼女を擁護するのか不思議でならない。
彼は暫く瞑目した後、ゆっくりと口を開いた。

「オレ達が普通に子供として生きていた時、ブルーは子供でなんか居られなかった」

グリーンの言葉に、以前知ったブルーの過去を思い出した。
その子供時代は壮絶で、初めて聞いた時はガキだったオレでも彼女をそんな目に遭わせた相手に憤りを覚えたのは記憶から消せない事実だ。
いつの間にかオレの左手は握り拳を作っていて、それが微かに震えている。

「やっと戻ってこれたんだ、多少の我侭は聞いてやってもいいとオレは思っている」

ぽつりと零されたその言葉に、同年代の筈の彼が大人びて見えた。それに比べて、オレは自分の感情を優先してしまうお子様だ。
彼女が顔を上げる前に一瞬だけ見せた泣き出しそうな表情が脳裏に鮮明に残っている。
探しに行こうと爪先を出口の方向に向けると、何故かグリーンも出掛ける支度をしていた。

「手伝ってやる」

問う前から答えが返ってきた。本当に彼の行動には頭が下がる。
橙色に染まるトキワの空にボールを放つと、二頭の竜が姿を現した。
夕日色が飛び立った後、オレは鈍色に掴まれながら謝罪の言葉を考え始めた。



唯、一言



(それは時に凶器にも救いにも変わるんです)



shot*B!の椿さんへ。相互有難うございました!










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