Yellow frame【R-18/佐倉×日夜】(1)

時間が忘れさせてくれる。
頭ではわかってるんだけど、ね。






「佐倉…その……」

「……思い、通じ合ったんですか?」

「………ん」



暖かい日差しが飛び込む体育館で、その人ははにかみながら頷いた。
正直、腹が立つぐらい幸せそうな顔をしている。


でも、物分かりがいい人間を演じたのは、俺だから。



「…よかったですね」

「……ん」


俺がニコリと笑うと、その人は鼻をすすりながらまたはにかんで頷いた。









この世に、物分かりの良い人間なんていねーよ。





「お幸せに。俺も。いい思いさせてもらったんで」

「佐倉っ……」

「今日から俺と泉水さんは、ただの部活の先輩と後輩です。それ以上は何もないです」

「………」




未練?
タラタラだっての。




「明日からも普通にヨロシクお願いしますね」





あんたを追ってこの高校に入ったんだ。




「あ、でもまたあのコートでワンオンワンしたいなー」




初恋だったんだ。





「……ん、またバスケしような」



「っ……ども」




目尻を下げて俺に笑いかける笑顔は相変わらず綺麗だった。
鼻の奥がツンと痛い。

それでも、割り切った思いでもいいから、二番目でもいいって言ったのは、俺だから。





「……俺、忘れ物したんで教室行ってきます」


「え、でももうすぐ練習始まるぞ」


「すみません、それがなかったらまじやばいんで」


「あ、あぁ。そうか」




下唇を噛んで溢れそうな涙を必死に防ぐ。
その人はちょっと不安そうに俺を見つめていたけれど、今はとにかく何も見たくなかったから顔を伏せた。

すぐに靴を鳴らして高校名のロゴが入った練習着のまま体育館を走り去った。













「っはぁ…はぁ…」


無我夢中で廊下を走る。
どこにいこうか。
いつ、止まろうか。



「……はぁはぁ」



気が付けば体育館と真反対にある普通科の校舎にいた。
渡り廊下を減速せず走る。

放課後ともなれば生徒は少なくなるけれど、やはり何人か残っている。
楽しそうに笑いながら歩いている女子達を追い抜き、来たことのない普通科校舎の隅に来ていた。



「……はぁはぁ…ここ……どこだ」



いつの間にか教室のある廊下を通り抜け、ボイラーみたいなのがあるところにきた。
人気はない。


手入れされているであろう芝生が青々と茂っている。
少しくすんだ白壁にもたれ、気がついたら俺は号泣していた。



「っ………くっ…あっ…うっ…うぁっ…」


壁についていた手は自然と力が入り白くなっている。
辛うじて立っていた膝が急にガクンと力が抜けその場に崩れ落ちた。


クッションになった芝生は暖かく俺を包んでくれる。

でも、俺自身を包んでくれる人はどこにもいない。










最初から、いなかったんだ。











「うっ…あっ…っ……」




涙が、涙が止まらない。

自分が可哀相だと認めてしまうから、泣きたくないのに。




「ふっ…あっ……っ」






昨日、大谷先輩の前であんなに泣いたのに。




「っ…いっ…泉水っ…っ……さっ…っ……す…好きっ……だっ…たっ……うっ……」
















もう、その思いを過去にしないといけないわけで。















「っ…ぅっ……」


本能のまま。
鳴咽混じりの涙はまだ止まらない。


すると突然背後に人の気配がした。



「っ……!!」


しまった、誰か……?!

驚いて汚い顔のまま振り向き見上げると、見たことのない男子生徒が立っていた。
眉間にシワを寄せて俺を見下ろしている。


金髪…?ってか黄色?……ヒヨコみたい…。





綺麗に脱色された髪の毛が揺れる。
シャツのボタンは二つ外されだらし無くネクタイが垂れている。

第一印象、不良。


こんな金髪…普通科……だよな。



うちの高校は特待クラスに関しては髪の毛の色や着こなしが煩い。
が、普通科はそれほど煩くないみたいで、茶髪がたくさんいる。


しかしこの色は違反だろ…。



涙のことなんか忘れて典型的な不良(?)を見つめていると、そいつは急にしゃがみ込み俺と同じ目線になった。

短めの前髪に綺麗な曲線の猫目。

あ、この人間近で見ると可愛いかも。



「……おい」


「……はい」


あ、声は結構低いんだな。
不良だから、タバコ吸いすぎなのかな。


ヒヨコみたいな不良はしゃがむ俺の肩に手をポンと起き険しい顔をした。

なんだ?
カツアゲ?





「……うるさい」


「…へ?」




ヒヨコの不良は迷惑そうな顔をしてさらに低い声でそう言うと、立ち上がり俺に背中を向け歩き出した。



…煩い?



なにが?




あぁ、俺泣いてたからか。








「………変な奴」

いや、こんな所で号泣していた俺の方がだいぶ変か。


靴を鳴らしながら歩いていくヒヨコ頭を、俺は地面に座りながら泣くことも忘れて見続けた。





















ヒヨコの不良は、年上だった。



(……ヒヨコが体育してる…)

窓際の席から見えるグラウンドを見下ろすと、簡単にそいつを見つけることが出来た。
学校指定の白に青ラインの長袖ジャージ、黒に太い白ラインの入った短パンをはいて、意外にもちゃんと授業を受けている。



あ、御園(みその)先輩だ。
同じクラスなんだ。
って事は普通科3年の……
















「俺?3−Dだけど?」


「…そうですか」


あまり話したことのない御園先輩に声をかけたら驚かれた。
まぁ、いきなり先輩何組ですか?って聞いたらびっくりするか。


「どした?」


御園先輩は補欠だけど、絶対練習は休まないし凄く優しいから後輩に好かれている。
表情がもう、癒し系。

滅多に話し掛けないからだろうか、心配そうに俺を見ている。



「……先輩のクラスに金髪の人いません?」


「金髪?あぁ、ヒヨ?」


「ひよっ」




ヒヨコ?!



目がいつもの倍開いてしまった。
練習前の体育館で、俺の甲高い声が響いている。



まさか、名前ヒヨって言うのか?!


…やばい、笑いそう。
あの頭でその名前。やばい。おかしすぎる。

口端が緩んでしまったが、すぐにきゅっと引き締めた。
御園さんは頭にハテナマークをつけている。



「?うん、日夜(ひよ)春一(はるいち)。苗字がね、日曜日の日に、夜でひよって言うんだ。変わってるだろ」


「………」




まさか苗字が……!
可愛すぎる……!


また口端が緩み震えそうになったけど、御園さんがうまく話し掛けてくれた。
ギリギリ、顔が崩れずにすんだ。



「ヒヨがなんかした?」


「あ、いえ。今日たまたまグラウンド見たら御園さんが体育してるの見えて。そしらド金髪がいたからちょっと驚いて…」



軽い嘘は得意だ。




「あぁ、確かにあの頭は目立つからねー」


先輩はきゅっと靴を鳴らし歩いて壁際に寄った。
パイプ椅子にタオルをかけると、再び戻ってくる。



「やっぱ……不良なんですか?」


「ヒヨ?まさか。全然普通だよ」


御園さんはクスクス笑い腰に手を置く。
俺は早くヒヨさんの話が聞きたいからうっかり焦らせてしまった。


「でもほんとド金髪でしたよ。いくらなんでもあんなに髪弄ったら生活指導引っ掛かるんじゃ…」


「そだね、毎回生活指導部の奴等と喧嘩してるよ」


この高校に風紀委員という部類はなく、その代わり生活指導部という生徒のみで構成されたグループが学校の風紀を守っている。

つまり、先生達は風紀に関して生徒に任せっきりなわけだ。
特待は流石に煩いけど。



普通科はだいぶ緩いみたいだけど、ヒヨさんは流石に…。



「金髪は自分の譲れないなんかなんですかね」


「んー。なんかね、元々ヒヨって色素薄くて、髪の色結構明るいみたいなんだ」


「へー」

あ、大谷キャプテンが入ってきた。
ちくしょうもっとヒヨさんの話聞きたいのに…。

でもこの話だけは聞いてから集合しよう。


「中学が結構厳しかったみたいで、自毛の証明書もあるのに無理矢理黒髪戻しさせられてたんだって」


「うわー…」


ヒヨさんの黒髪か。
ちょっと見てみたいかも。



「で、それが反発になって、今ではド金髪にしないと気が収まらないらしい」


「……何それ」


「中身も変わってるだろ」



やっと自毛で過ごせるっていうのに、何また染めてんだ。
しかもやり過ぎて生活指導に目つけられてるんだろ?



なんて……





「……バカ?」


「あはは」



御園さんは否定しなかった。





「あ、そうだ佐倉」


「はい?」



おもしろい話聞けたし、みんなが集まる場所へ行こうとしたら急に呼び止められた。
立ち止まり振り返る。




「そういえばヒヨがさ、バスケ部の奴が昨日普通科校舎の奥で号泣してたって教えてくれたんだけど、それって佐倉?」


「えっ……?」


まさか…ヒヨさん…




「Basketballってジャージのロゴに書いてたから間違いないって」



「……いや、俺じゃないですよ」


「だよなー。でも昨日佐倉遅れてきてたからさ、もしかしてって思って」



「…へぇ。誰なんでしょうね」


「なー。あ、大谷がこっち睨んでるー」


急ごうーとゆるーく言う御園さんについて、俺も駆け足で向かった。







……


………




ヒヨコさん、ちくったな。
























「………いた」
ヒヨさんを捜すのは本当に簡単だった。



翌日、一か八か食堂に向かうと黒髪と茶髪が混ざる中に黄色い頭がいた。
絶対ヒヨさんだ。



ヒヨさんは人込みの中、上に貼り付けられたメニューをじーっと見ている。
腕を組んで眉間にシワをよせ、まるで一生に一度の大事な決めごとのように悩んでいた。



「くくっ…やっぱおもしろい」



俺は人込みを掻き分けて食堂のおばちゃんが待つ窓口へ向かった。
ちょうどヒヨさんもメニューを頼もうとしているみたいだ。

「おばちゃんー。親子丼と、から揚げ三つー」

「あ、俺も同じの」

「?」


割って入るように後ろから言うと、ヒヨさんはいかにも不機嫌な顔で俺をジロリと見た。


「はいー。親子丼にから揚げ三つー…が、二つねー」


「「はい」」


声が重なる。
また、ヒヨさんが俺を睨む。



おもしろいなぁ。




「……なに」

「こんにちは」

「……はじめまして、やんな?」


関西弁?
なぜかドキっとした。



「………御園さんに…言ったでしょ」

「御園?あいつの友達っ……あぁっ!お前号泣っ」

「っちょっ!」

「はいお待ちどー」


「「あ、どうも」」



ヒヨさんの大きな声を、食堂のおばちゃんが阻止してくれた。




ヒヨさんは俺の正体がわかったからか睨むのをやめ、親子丼の上に乗ったから揚げをうまそうだと見つめた。
すぐ隣に置いてあった箸を取ると、俺を無視して隙間を見つけ人込みをぬける。


「あ、ちょっと」


俺も親子丼プラスから揚げを取り箸を口に加えて無理矢理人込みを出た。
ヒヨさんをキョロキョロと捜すと、食堂内ではなく外の簡易テーブルに座っていた。


無言で俺もその向かいに座る。



「……誰が座っていい言うた」


「いただきます」


「………」


パチンと箸を割ると、まずから揚げを口に含んだ。


「っうまっ!噂には聞いてたけど、食堂のから揚げってこんなうまいんだー」


「なんや、から揚げ食べたことなかったん」


「あ、いつもパンか母親の弁当なんで」


「ふーん。あ、じゃあコロッケもない?むっちゃうまいで」


「まじですか」


「しかも一個50円やで」


「やすー」


「やろ。オススメ」




あれ、なんだこれ。
めちゃめちゃ楽しいぞ。





「自分、何年」

「?一年です。一年の佐倉照って言います」

「……二つも下かい…」

「年下は嫌いですか」

「俺より背ぇでかい奴は嫌いや」

「あははは」



なんだろう、凄く話しやすい。
元々人見知りはあまりしないけど、なんていうか社交的な感じじゃなく、付き合いが長いような空気が漂う。

また、関西弁だからだろうか、とても親しみやすい感じがする。


「先輩は関西の方ですか?」

「中三の春までな。高校受験は親の転勤でこっちに来てから受けた」

「へー」




それにしてもこの人…


「……おいしそうにご飯食べますねぇ…」



思わず声に出していた。



「?うまいもんはうまいねんから、うまく見えて当たり前やろ」

「?」


今の日本語?



「っ…ぶっ……ははっ」


から揚げを箸に挟んだまま思わず噴き出してしまった。
テーブルに伏せて肩を揺らす。


「なんや」


ちょっと、低い声。
笑われたと思って機嫌損ねたかな。



「……先輩」


「ん」


「ありがとう」


「あ?」


「……昨日、先輩のおかげで涙止まった」


「……別に、なんもしてへん」


照れているのか顔を伏せた。
まだから揚げを一つ食べ終えただけの俺とは違って、ヒヨさんはあと二口ほどで食べ終えそうだ。
俺の一言で手が止まる。


「……ありがとう」


涙が止まったことは事実だから。




「……失恋でもしたん?」


「……ん」


俺も箸を動かし親子丼を食べ始めると、そのうまさに思わず喉を鳴らしてしまった。



俺は軽く言ったつもりだけど、先輩はなんだか重く感じとったみたいで。



「……そうなんや…じゃあ…ごめんな、昨日煩いとか言うてもうて」


「いえ、全然。むしろ衝撃的な言葉だったんで一気に涙が引きました」


「……そぉか」



はにかみながら笑い、少しイントネーションの違う相槌はとても新鮮でドキドキした。



「それにしても自分モテそうやのになぁ。フラれるんや」


「モテないっすよ」


「モテへん奴はそんな男前に謙遜せーへん」


先輩の箸が動き出す。
俺も、二個目のから揚げに手を付けた。



「……ヒヨさんの方がモテそう」

やば、ヒヨコさんって言いそうになった。



「…まぁ…適度にな…。……ってかなんで俺の名前知ってるん」


「………」



モテるんだ。



「御園さんにフルネーム聞いた」

「あー…」

「ってか御園さんにチクらないでくださいよ。俺が泣いてたこと」


「あー……はいはい」





簡単に流されちょっと腹がたったけど、食べ終えたのにちゃんと俺が食べ終えるまで待っていてくれて、正直めちゃめちゃ嬉しかった。



「…ヒヨさん」

「ん」


食後に紙パックのフルーツオレ飲んでる。
頭が黄色で、紙パックも黄色。


やば、可愛い。
ヒヨさんは髪だけじゃなくて、中身もなんだかほんわかしている。


御園さんとはまた違うけど、癒し系だ。



「明日も一緒に昼ご飯食べてくれませんか」


「……友達おらんの?」


「はい」



いない訳じゃないけど。
なんだかこの人をもっと知りたいと思った。

失恋の痛手だろうか、今は暖かいナニカを求めている。




「……別にえぇけど」


「やった!ありがとうございます」


「ん」



ニッコリ笑いかけると、ヒヨさんは照れたのか目を反らし紙パックのストローを甘噛みした。
俺は残りの3口を一気に口に運び飲み込むと、さっき買ったペットボトルの烏龍茶を口に含む。




「……そういや先輩」


「んー」


ヒヨさんは携帯をいじっている。
視線は画面だけど話を続けた。



「昨日、俺が泣いてた時。ヒヨさんあんな所で何してたんですか」


「っ……」



顔が、曇った。
見逃さない。



「芝生が気持ちいいから昼寝しててん。そしたらお前の呻き声が聞こえたから、寝とんのに起こされて腹立ってお前に煩い言いに行ってん」


「……へぇ」



嘘だ。
声のトーンが少し上がった。


なんだ?
なにかあるのか?


俺は気持ち悪い違和感を覚えながら、烏龍茶を飲み喉を潤した。



「………ヒヨさん」


「ん」


ちょっと、警戒してるな。





「……ヒヨさんて、なんか部活入ってるんですか?」


「……写真部」


「……っ」


「今笑ったやろ」


「地味ー髪の毛ド派手なのに部活は地味ー」


「うっさい!」


ダメだこの人。
全てがツボにはまる。


テーブルに崩れ落ち肩を揺らし笑っていると、ヒヨさんは怒っているのか紙パックのストローをズズっと大きい音たて飲んでいる。

チラリと顔をあげると、口を尖らせ行儀悪く立て膝で座っていた。



くくっ…。
ヒヨコがフルーツオレ飲んでる…。



「自分笑いすぎ」


「だって…。そんな部があるって知らなかったし」


「まぁ…俺入れて部員4人やしな。活動言うても各自写真撮って現像して満足するぐらいやもん」


「ヒヨさんうまいの?」


「いや、全然。コンクールとか一回も賞もらったことないし」


「今度見せてくださいよ」


「アホ、聞いてたか?うまくないし見せれるようなもんちゃうから無理」


「そんなの関係ないですよ。ヒヨさんの撮った作品が見たい」


「………」



お、黙った。

口もさらに尖った。




照れてる?





「気が向いたら持ってきたる」


「ありがとうございます」


「ん」



カチカチと音をたて、無くなったジュースのストローを噛み続ける。
俺とは目を合わせずどこか目が泳いでいた。


あんまこういうこと言われないのかな。
なんだか照れている所が泉水さんっ……



「っ………」


「?どした?」



その人のことを思い出し思わず息を詰まらせてしまった。
顔を伏せるとヒヨさんは心配したのか、紙パックをようやく口から離し覗き込む。



「…いえ、ちょっと虫が顔の真ん前にいたんで反射で伏せてしまいました」


「おー流石運動部ー。反射神経えぇなー」


「………」



のそのそと顔を上げると、太陽に照らされさらにキラキラに光るヒヨさんが笑って見えた。


その瞬間、さっきまであんな苦しかったのに、胸の痛みがすーっと和らいでいく。




「…失恋したばっかなのに……な」


「ん?」


「いえ、もう虫いないやって思って」


「そか」




体制を起こし座り直すと、残った烏龍茶を一気に飲み干した。


「昼飯、一緒に食べてくれてありがとうございました」


「ドウイタシマシテー」









キラキラ光るのは、髪の毛だけじゃないんですね。






































「日夜、おいで」


「……はい」


「…あぁそうだ、今日一年の佐倉と昼ご飯を食べていただろう」


「………」


「仲がいいのかい?」


「いえ、全然」











































「日夜春一か……。明日から昼飯が楽しみだ」






この時は、なにも知らなかった。



































「……そう、じゃあ、日夜」























あの人がどんな生活を送っているのか。
どんな思いで学校にきているのか。
どんな苦痛を毎日味わっているのか。































「……全部、脱いで」























俺の存在が、どんなに危険なのか。

























「はい」













全く知らずただ、あの人とのこれからに胸を踊らせていた。





初めてヒヨコさん、こと、日夜先輩とちゃんと話したその日の放課後。

部活が終わって顔を洗いに行った水道場で、御園さんに声をかけられた。
どうやら御園さんも顔を洗いにきたようだ。

汗だくになったシャツを脱いで上半身裸になりながら俺の隣の蛇口をひねる。


「お疲れ様です」

「ちす」


御園さんはコンクリートにタオルを置くと、勢いよく水を出した。
手で水をすくいすぐに顔へ運ぶ。


「っ…ぷはー」

俺も数回顔を洗うと、大きめのタオルを掴み首元まで飛んだ汗と水が重なって濡れた部分も拭く。
冷たい水はその日の厳しい練習を全て消し去ってくれるようで気持ちいい。

「…お先です」

「…んー…。あ、佐倉!」

「はい?」


呼び止められると、水が目に入るのか片目を瞑り顔全体を水浸しにしている御園さんが俺を見ていた。
先輩もタオルを取り飛び散った水を拭くと、俺のところまで歩いてきた。

「…ヒヨと今日昼飯食べたんだって?」

「…はい」

なんで知ってんだ?
別に知られて困ることじゃないけど。
ヒヨさんが言ったのかな。


「ヒヨが、昨日のは佐倉じゃないってさ」

「昨日の?」


ちゃんと御園さんに体を向かせなんのことだと首を傾げた。
バスケ部のメンバーがゾロゾロと水道場に現れたので、邪魔だと俺達は廊下へ出た。


「…ほら、ヒヨが泣いてるバスケ部員見たって言ってただろ」

「……あぁ」

ほんとに、今思い出した。
そういえばヒヨさんチクったんだよな。




「今日佐倉と喋って、昨日泣いてたのは佐倉じゃなかったって」

「……それ、ヒヨさんが言ったの?」

「うん」


俺がチクらないでくださいって言ったの気にしてくれたのかな。
ってか、いちいち言わなくてもいいのに…。

「くくっ…」

「?でもなんで二人で飯なんか食べたんだ?」

「席が無かったんで相席させてもらったんですよ」


我ながらスラスラと嘘が出てくるもんだ。
感心する。


「へぇ。でもヒヨ、いつも教室で飯食べてるのに今日は食堂だったんだ」

「…そうなんですか。……もしかして、いつも昼飯食べてる人とかいます?」

「ヒヨ?たぶんいるよ。グループってほどじゃないけど、3人でいつも食べてるね」

「………」





ポタポタと髪の毛の雫が瞼に落ち、しみて少しの痛みを伴った。























「別に女とちゃうんやから、絶対この3人で食べなあかんってわけちゃうし」

「でもほんとにいいんですか?」

「かまへんよー」


今日はうどんを頼んでみた。
そしてヒヨさんオススメのコロッケも。


「…俺と昼飯食べることになって…ヒヨさんだけはみらされるとか…」

「アホ。昼飯ぐらいでスネる奴と友達なんかならんわ」

「ありがとうございます」

「……べ、別にそんな感謝されることちゃうし……。飯食う相手おらん言うてたからなんか可哀想やな思ただけ」

「………」


ちょっと、自分の嘘に嫌悪。




ヒヨさんは、とても優しい人だ。
不良だと思っててごめんなさい。

やっぱ金髪だから絡まれたり変な目で見られたりするらしく、自分に声をかけてきた俺を変わってる奴だって言った。

変な奴、と言われヒヨさんの方が変だと思いますよというと、口を尖らせてすねた。
一応、少しは自覚があるらしい。


やばい。
楽しい。
波長が合うっていうのかな、この人と話していると本当の自分でいられる気がする。


大人は嫌いじゃない。
物分りよく接していればなんでもしてくれるから。

単純。

いつしか本当の自分を出さないことで全てスムーズにいくと思っていた。

でも、泉水さんを好きになり、いつものように物分りの良い人間を演じていたら
いつの間にか自分の本当の幸せを見失っていた。

あの人を好きになって、同じ時間を過ごせた二ヶ月を悔やむことはない。
でも、もう二度とあの思いはしたくないと思う。


恋愛というのは、頭でしたらダメなんだ。
もっと、本能のままにいかないと。




そう、本当の自分で。








「佐倉って、バスケ部で凄い奴やったんやな」

「凄いって、なにが」

「特待やろ?」

「……まぁ」


二人でうどんをすすりながら、今日も天気がいいから外で食べていた。
食堂内は生徒達で賑わい煩いから、外の方が話しやすくていい。


「特待とか凄いやん。俺等一般で入った奴等は特待の校舎いきにくいし」

「結構小心者なんですね」

「うっさい」


否定しないんだ。
可愛い。


「写真部には特待ないんですか?」

「あるわけないやろ。しかも特待制度あるん運動部だけや」

「そうなんだ。あ、そういえばヒヨさんの撮った写真持ってきてくれた?」

「持ってきてへんよ」

ズズっとうどんをすする。
俺は月見、ヒヨさんはきつねだ。

「えー持ってきてくださいって言ったじゃないですかー」

「気が向いたらなって言うたやろ」

「凄い楽しみにしてたのに!ショックで気分ダダ下がりー」

「アホ。子供みたいなこと言うな」


本当の、俺を好きになってくれる人、を。


「写真部って、現像とかどこでしてるんですか」

「っ……」


息を飲んだ。
前に、俺が泣いていた時何をしていたんですか、って聞いた時と同じような空気だ。

なんだ。
写真部に、何かあるのか。


「お前が号泣しとったところの裏や」

普通に言ってるつもりだろうけど、やっぱりちょっと目が泳いでる。
大人を使うことで身についた相手の心理を読む特技が、今になって発揮されてる。


「あんなところに写真部の部室があったんだ。じゃあ部活サボって芝生で寝てたんですか?」

「……ん」


明らかにテンションと声のトーンが下がったな。

確定だ。

絶対写真部に何かある。
そして、あの日、俺が泣いてたあの日、何かあった。

俺は箸を咥えながらヒヨさんを見つめると、眉を垂らし辛そうにヒヨさんも箸を咥えていた。
この人、泉水さんほど嘘をつくのが下手なわけじゃないだろうけど…。
よっぽど、切羽詰ってるのか?


やべ、また泉水さんで例えてしまった…。



「……今度、写真部行ってもいいですか?」

「はっ?」


よっぽど驚いたのだろう、ヒヨさんは箸を落とし目を大きく開いた。
俺はテーブルに落ちた箸を拾うと、綺麗に丼の端に置いてあげる。


声が、いつもより高い。


「写真部、どんな感じなのか見て見たいです」

「あ、あかん。俺の作品見したくないし」

「ヒヨさんのじゃなくてもいいですよ。どんな雰囲気なのか見たいってだけなんで」

「……お前部活あるやん」

「あ、今日ミーティングなんで始まり遅いんですよ」

「………」



よっぽど写真部の部室に入れたくないのだろうか。
どんどんヒヨさんの顔色が悪くなっていく。

ちょっと、焦りすぎたな。


「ごめんなさい、いいです」

「えっ」

「ヒヨさんが作品見せたいって思ったとき、部室に呼んでください」

「……ん」



空気を変えようと明るい声で言い、音をたててうどんの汁をごくんと飲み込んだ。
それでもヒヨさんはまだ肩を落としじーっと紙パックのフルーツオレを見ている。

そこまで、深い何かがあるのだろうか。

聞きたい。
悩みがあるのなら言ってほしい。
俺で力になれるなら、全力でなりたい。


彼から目が離せなくなった。































「…今日も、佐倉とお昼ご飯を食べていたね」

「…はい」


ここは写真部の部室。
暗幕で外の光は一切入らない。しかし教室内はサンサンと蛍光灯の光が二人を映し出している。



「やっぱり仲が良いのかい?」

「いえ、仲が良いというより、ただ一緒に昼飯を相席で食べてるだけです。メールアドレスも知りません」

「…そう。………じゃあ今日も、始めようか日夜」

「………はい」


黒くて大きな椅子に座るその男は顎で合図すると、もう慣れてしまったのか日夜はその言葉だけで立ち上がりパサっとジャケットを脱いだ。

「今日は、そのテーブルの上で」

「……はい」



今の日夜に、昼間佐倉とご飯を食べていた面影はない。
温かみのあった関西弁は機械のような言葉しか出てこず、微かに手は震えていた。

写真部の部室は元科学室で、教室内には大きくて白い実験用のテーブルが9個並んでいる。
教卓付近に置いてある黒い椅子に座り命令する男は、足を組み笑いながら日夜の行動を見ていた。

テーブルの上に日夜は手を置くと、ぐっと力を込めて上がる。
靴もきちんと脱いでテーブルの上に座ると、ネクタイを緩ませシャツのボタンにも手をつけ始めた。


「………」

「………」


二人共、何も話さない。
興奮している様子でもない。

ただ、黒い椅子に座る男と日夜の表情は、全くと言っていいほど違っている。


口端を上げ楽しそうに見つめる男と、絶望の表情を浮かべた日夜。



「……下着も全部脱いだら、立膝になって」

「……はい」



ベルトをカチャカチャとしていると、男から指定が入った。
日夜は躊躇うことなく返事をする。



もう、慣れてしまっているから。



「……全部、脱ぎました」

「……今日も日夜の体は綺麗だな」

「………」


男の言う通り、日夜は身につけていた布を全て脱ぎテーブルの下に投げ捨てると、立膝をついてその男に体を向けた。
男はまだ反応していない日夜のソコを妖しい目で見つめると、愛おしそうに目を細める。




狂ってる。



その男の視線を感じ、日夜は心で吐き捨てた。







「じゃあ今日は……座って、穴も全て見える格好で撮影しようか」

「……はい」



狂ってる。






日夜はテーブルの上にM字で座り手をついた。



「……日夜、もっと足開いて」

「……はい」


ぐっと力を込めさらに足を開くと、何もかもがその男に露になる。
羞恥はもう、とっくに忘れてしまった。


「いいよ、始めて。今日のは……きっと日夜が喜ぶよ」

「………」



日夜は再び慣れた手つきでテーブルの端に置いてあったDVDレコーダーを取り出した。
ノートパソコン程の小さい画面で、「プレイ?」となっている。

日夜はゆっくり「OK」のボタンを押すと、DVDが流れ始めた。
自分のソコが見えるように、ちゃんと体は男に向けDVDを持ち上げる。



すぐにピンクのロゴで描かれたタイトルが出てきた。
しばらくすると、ソファに裸の女性が一人座っている。

そこへ3人の男がやってきて、女性に愛撫をし始めた。

ソファで悶える女性。
女性の体を舐め回し自分のソコも女性に舐めさせる男達。

本番行為が始まった。

『あっあっあっ』


DVDの奥から、快楽に酔う女性の喘ぎ声が聞こえる。
そして、肌が重なり合う音も。


その行為と音に、18歳の健康男子が勃たないわけがない。



勃て、早く勃ってくれ。

日夜はいつもそう思う。



「……いいね、やっぱり。段々勃ってきたよ?やっぱり日夜は複数とか好きなんだな」

「………」


全然好きちゃうわ。


でも、早く勃たないと終わらないから。



「……っ」


手を使わずとも日夜のソコはどんどん膨れ上がってくる。

最初3人いた男性が5人になり、終盤に差し掛かったところで日夜のソコは勃ち上がり腹につくまで高揚していた。



よかった…今日も勃った…。



「今日もよかったよ。やっぱりいいね、君のが興奮でどんどん勃っていく姿…本当に綺麗だ…」





狂ってる。


何度、いや何万回思ったことか。





「じゃあDVDを置いて…。そのまま手を後ろについて股間をこっちに突き出すんだ」

「…はい」


言われるまま、そのまま行動に移す。


椅子に座っていた男はやっと動き立ち上がると、教卓に置いていた一眼レフを手に取った。
まだ、顔は妖しくにやけている。

「もっと…もっと腰を突き出して」

「……はい」


カシャッ


カメラ音が鳴り響く。


「凄いね…先端から白い液が流れてるよ」

「………」


カシャッ


耳を塞げることができたら、どんなにいいか。


日夜はせめてもの抵抗で首を曲げ横に伏せた。


「……この白い液は何?」

「……精液です」

カシャッ

「誰の?」

「俺の…」

カシャッ

「俺って、誰」

「………日夜春一の精液です」

カシャッ

「それはどういう時に出てくるの?」

「興奮したときです」

カシャッ

「じゃあ日夜春一君は、何に興奮したの」

「AVで、女性が複数の男性にレイプされてたんで興奮しました」

カシャッ

「いやらしい子なんだね」

「はい」

カシャッ



何度も角度を変え、震える日夜のソコを何枚も、何十枚も撮る。


「射精したい?」

「したいです」


カシャッ


「擦りたい?」

「はい」


カシャッ


「じゃあ、擦ってもいいよ」

「……はい」


日夜は右手をそっと口に運び手に唾液を含ませた。
そしてすぐに下半身に滑らせ、自分のソコをゆっくり包む。ピクンと、微かに体が揺れた。



カシャッ


「…っ……あっ…」


シュッシュッと擦る音が静かな教室に響く。
手を筒状にし両手で何度も擦り、絶頂を高めていく。



早く、早く終われ。




「あっあっ…んっ……あっ……っきます……イきます」


すでに天を仰いでいたソコは簡単に絶頂を迎えれそうで、液もさらに溢れ出てくる。
もう、イく。

そう思った瞬間、無常な声が響いた。



「はい、手止めて」


「っ……!」


それでも、手を止めてしまうのは身についてしまっているからなのか。



「そのままね」


「……はぁ…はぁっ…」




あと少しでイけたのに。
震える自分のソコを離し日夜は再び右手をテーブルにつけた。




カシャッ

カシャッ

カシャッ

カシャッ



男もラストスパートなのだろう、白濁の液が溢れ震える日夜のソコをたくさん撮り始める。





「……はぁ…はぁ」


苦しい。
辛い。



不能になったら殺したる。


そう思いながら日夜は必死に耐えた。
唇を噛み高揚した体を落ち着かせようと別のことを考える。




佐倉…なんか感ずいてもうたかな…。
あいつ頭良さそうやからな…。





「はい、いいよ」

「っ……」

いつも突然。
カメラが止まり終わりを告げられた。


これで解放…。



「あ、イくならこの教室はやめてね。匂いさらに篭るし汚れたら嫌だから」

「……はい」



その男はもう日夜に興味が無くなったのか、高そうなカメラを大事に箱にしまい棚に直し始めた。



まぁ、いつものことやし。



日夜は熱い体を起こし勃ちきったそこを無理矢理下着に押し込んでズボンを履いた。
再び沈黙が訪れ業務的に終了されていく。


急いでボタンをしめ、ネクタイも首にかけるだけにして日夜は早くこの教室から出ようとした。
引き扉を掴み開けようとする。


「あ、日夜」

「……はい」

「……佐倉って、君とはまた違って綺麗な子だね。今度二人でカキっこしてる写真とか撮ろうか…」

「っ…!!」


勢いよく振り返ると、再び黒い椅子に座った男がにこやかに笑っていた。


つーっと日夜のこめかみに汗が流れる。


「……ははっ、嘘だよ、嘘」

「……し、失礼します」


バタンっ。



「……佐倉…か」


勢いよく閉まった扉を見ながら、その男は妖しい笑顔を見せた。











そんなっ…

あいつ、俺だけをターゲットにするんちゃうんかっ


そんなっ


佐倉まで…?!


離れな


あいつと一緒におったら





あいつまで










「あれ、ヒヨさん?」

「っ…!」

「あ、やっぱり。今から帰るんですか」

「……うん」

「俺は今からミーティングなんですよ」

「そっか…」

「……?ヒヨさん?凄い汗かいてますよ?」

「っ……佐倉!」

「?はい」

「……その…明日…昼……」

「あ、はい。なんですか?体育とか?大丈夫ですよ、先に行って席取ってますし」

「………」

「?」




ちょっと、期待した。
もしかしたら佐倉みたいな変わった友達が出来たら、俺の気持ちも晴れるかなって。
卒業するまでの約一年間、他に何か楽しいことが出来れば苦痛も和らぐかなって。



「ヒヨさん?そんな制服乱してたら怒られますよ、ただでさえ髪の毛こんななのに」



でもそれは間違いだった。
あいつは、佐倉にまであんなことをさせる気や。



「佐倉」

「はい?」

「………」



断るんや。
簡単や。
やっぱ昼飯は仲のいい友達と食べるって言えばいいんや。

せっかく初めて後輩に声かけられて、なつかれて嬉しかったけど。


断るんや。


「ヒヨさん?」


「佐倉……」



我慢すればいいだけ。
また、今まで通り全て閉じ込めて卒業するまで我慢すればいいだけ。

俺の幸せは、相手にとって不幸にさせてまうんやったら。



「昼、一緒に食べられへん」

「……そ…ですか」

「っ………」




やっぱ嫌や。




「あ、でも10分ぐらい遅れてもいいんなら…」

「そのぐらい全然待ちますよ!じゃあ明日も一緒にお昼食べてもらえます?」

「…う、うん」

「やったー」






まるでこいつに必要とされているようで、とても心地がいい。
あいつにあんなことされてる汚い俺でも、そこに居場所があるみたいで安心する。


こいつにあの拷問を味合わせたくない。
でも、佐倉を手放したくない。



矛盾がループする。







「じゃあ俺、そろそろミーティング始まるんで」

「お、おぅ」



軽く手を上げ俺に背中を向けるあいつはとてもかっこよかった。


「あんなかっこいい奴…フった女がおるんよな……勿体無い。俺なら絶対フらんのに」



ん?


いやいや俺、男やし。





……佐倉……













「…………佐倉……助け…て……」




小さく、誰にも聞こえない声が響く。

[ 92/121 ]

[*prev] [next#]

[novel]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -