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「こけた拍子に高いブロックが置いてあって、そこに頭をぶつけたみたいだ」

「いっ…息は…?息はして……顔色がっ…」

「大丈夫、ちゃんと息もしているし、目立った外傷も無い。脳シントウだと思う。ここは比較的交通の便もいいから、すぐ救急車もくるよ」

「でもっ…東條さっ」

「あなたが信じないとダメでしょう」

「うっ……」


肌寒い夜。東條は自分の上着を智希の枕代わりに使っていた。
顔色はまだよくないが、息はしている。
でも、意識はない。


「智っ…智大丈夫だ……俺が…俺がついてっ…」

「………」


その時、東條はぐっと喉を鳴らした。

有志の涙があまりにも綺麗だったからだ。

自分は何も出来ない為地面に這いつくばり、血が出そうなほど地面に手を押し付けている。
溢れる涙がボトボトと有志の手の甲を濡らす。
声は震えているけれど、一生懸命智希に声をかけている。


(ほんとに…愛し合ってるんだな…)


何か心にチクリと痛みを感じた東條だったが、すぐ智希の顔を覗き込み悪化はしていない事に安堵する。

「大丈夫。もうすぐ救急車も来る。大丈夫ですよ」

「は、はい。…あっありっ……ありがとうござっ…まっ…」


「………」


不謹慎だが、有志の涙を見て、少し欲情してしまった。


この人魔性だな…。



『ピーポーピーポーピーポーピーポー』

「…!!来た!!」


有志は顔を上げ音がする方を見ると、赤いランプを光らせた救急車がコンビニの敷地内に入ってきた。
見物に来ていた人達が車を誘導してくれて、有志達のすぐ隣に救急車が到着する。

すぐ中から救急隊員が担架を持って現れた。


「患者はどちらですか??」

「こっちです」


東條が冷静に対応する。


隊員の人たちが二人がかりで智希を持ち上げ担架に乗せると、すぐ救急車の中に運ばれる。
有志はまだあまり力が入らない足に自らパンチを入れて立ち上がると、一緒に救急車の中に入ろうとした。


「あ、俺も…」

東條も念のため中に入ろうとした時、隊員が有志に尋ねた。


「あなたは……?」




「……この子の、父親です」



「えっ……」




隊員は少し驚いたようだったが、すぐ「わかりました」と簡単に告げ中に入る事を許す。

しかし、一番驚いたのは東條だった。



「……あ、すんません俺も行きます」

「あなたは……あれ、東條先生?」


「え?」


「この時間の救急だったら行くのどうせ東條病院だろ。俺も同行する」


「は、はい」


隊員は有志が父親と名乗った時よりさらに驚き目を丸くしたが、すぐ東條も受け入れ扉を閉めた。


「血圧が少し低い。あと毛布。温めて」

「はい」


テキパキとこなす東條。
有志はあっけにとられ流していた涙も気づけば止まっていた。


東條…病院……?


先ほどチラリと聞こえた名前が頭の奥で響く。



しかしすぐ智希に目を向ける。
少し顔色が良くなったような気がした。

ほっとした顔で智希を見つめる有志の顔を、東條はじっと見つめていた。








「ありがとうございました」

「精密検査で異常もなかったし、もう間もなく目も覚ますよ。大丈夫って言っといて、内出血がひどくなってたら…とか、ちょっと思ってたから」

「そうでしたか…でも本当に…ほんと…に……ありがとうございました」


有志が何度も深々と頭を下げる。


「まぁ若いからね……年齢も……昼に言ってた年齢と違うんでしょ…?」

「………」



東條病院と書かれた大きな病院に救急車で運ばれた智希達。
手術も無事終わり、まだ寝ている智希を置いて待合室に東條と有志二人で長椅子に座っていた。

先に東條を誘ったのは、有志だった。



「あいつ……ほんとは今高校二年生で……」

「……父親って…」

「っ………」


ぐっと、心臓を鷲掴みにされているように痛い。それ以上かもしれない。
苦しくて、言葉が出なくて、最近緩み始めた涙腺がまた崩壊し始めた。


「っ……ぐっ……うぅっ……」


「嘘じゃ……ないんですね…?」

「ぅっ…っ……」

「……義理の息子さんで……血は繋がってない…とか?」

「っ……正真正銘……俺の血が半分入ってる……俺の大事な……一人息子です…」



あぁ、この人は本当に………





嘘がつけない





「じゃあ…親子だっていうのも……恋人だっていうのも……全部……」

「全部……事実です」


旅先で会った俺なんかに正直に言わず軽くかわせばいいのに…。
気が動転してたとかさ、ここで恋人って言ったら引かれるからあの時は父親って言ったんだ、とかさ…。

いや、もしかしたらこの人……ずっと溜めこんでいたのか…?
自分が息子を愛してしまって、息子も自分を愛してしまったことを。
誰にも言えず、溜めて、溜めて、どこかで……誰かに聞いて懺悔したかったのか…。



キュウっと、東條の胸が締め付けられる。
自分より年齢は上だが自分より若く見えて小さいこの肩を抱きしめてあげたいと思った。

こんな小さな体で溜め込み隠していた重大な秘密。



「でも……ダメなんです……俺たち……離れられなっ……」

「うん……」


東條はあと一歩の所で有志を抱きしめそうになったが、必死に自分を抑えこみ肩にポンっと手を置いた。
まだ少し震えている有志の肩を掴みゆっくりさする。


「流石に……さ、……うん。同性愛者だということは全く咎めないけど、血縁者ってのは……まぁ…驚いたわ、な」


「うん……」


有志の肩がまた、震える。


細い肩を触りながら、東條は切なそうに有志を見下ろした。



「奥さんは…?」

「妻は…智希が物心つく前に事故で…」

「うん…」

「それからずっと…俺と智希の二人で……暮らしてて…」

「うん」


もう面会時間は過ぎた。
待合室には東條と有志しかおらず、本来ならばここにいてはいけないのだが、東條の権限でここにいることができる。

とても静かな中、有志の日頃溜めていた想いが少しづつ零れていく。



「俺が…悪いんだ…」

「…なんで?」

「俺が……育てたんだ……智希が…俺しか見えないように……」

「でもそれは必然的にじゃないんでしょ?」

「だけどっ……だけど……俺が…こうなるように…智希を育ててしまったんだ…」

「………」


有志の懺悔と涙は止まらない。


「俺ね、泉水さんと智希くんの二人、凄く幸せそうでこっちまで幸せになったよ」

「えっ…」


有志が顔を少し上げると、すぐ近くに東條の顔があった。
思わず恥ずかしくてまた下を向いてしまう。

それを見て東條はふっと笑い、有志の手を優しく包み込み自分の膝上に持ってくる。


「智希くんが、本当に幸せそうだった。もちろん泉水さんもだけど、なによりあんな幸せそうにしてる智希くん見てると……とても素敵な人に巡りあえたんだな、って…羨ましく思いましたよ」

「………」

「智希くんは絶対後悔してない。これから先、色々きついことあると思うけど、二人で乗り越えてがんばって」

「…あ、……ありが……と…」

「どういたしまして…」


ズズっと、有志の鼻をすする音が聞こえる。


有志の緊張が解けたのか、強ばっていた体が柔らかくなり無意識だろう東條の胸にそっと体を摺り寄せた。


おっと、これはちょっと…。



ふわりと香る有志の匂いに、東條は少し心を乱した。


「今まで…誰にも…言えなくて…智希にも…言えなくて………だから凄く……今……すっきりした」

「うん……」

「……智希の事、好きになってよかった」


「………うん」




ズキンッ





ズキン?




パタパタパタパタ…



「?」


「泉水さん、息子さん意識戻られましたよ」

「えっ??!」


病室から走ってきた看護士が有志を見つけると、笑顔で対応してくれた。


有志はそれを聞くと東條から離れ一目散に病室へ戻っていく。


「………」

東條はさっきまでいた有志の温もりをまだ感じながら、椅子に座りぼんやり天井を見上げた。







「智希!」


「……父さん…あっ……」

「いいよ、ここの人達には親子って言ってるから」

「……そっか」


病室へ行くと白いベットに横たわる智希の姿があった。
少し辛そうな顔をしているが、顔色はすっかり戻り何より意識がある。会話ができる。
また涙が出てきそうだ。


「ごめん…俺…」

「何があったんだ?」

「そう、それ。警察にも言わないといけないから」

「あれ……東條…さん?」


有志より一足遅れて東條が入ってくる。
智希は驚いた表情で見上げると、頭が痛むのか顔を歪ませた。

「つっ…」

「大丈夫?………偶然あのコンビニに東條さんがいてね、応急処置をしてくれたんだ」

「そう…なんだ………それより東條さん……俺らのこと…」

「……うん、言ったよ。東條さんにだけ話した」

「……そっか」


複雑そうな顔をした智希だったが、目を閉じ小さくため息をついた。


「……俺、手を出してませんよ」

「コンビニ前にいた客が言ってたんだが、やっぱ昼間の3バカと会ったのか?」

「……うん…そのうちの一人が…コンビニ前の自販機で立ってて……ホモ野郎って言われて……かなりカっとしたんだけど……俺我慢したんだ」

「……そう…」


智希を見つめる優しい目の有志。


「我慢して…無視して…俺もコンビニに入ろうと思ったんだけど……向こうがいきなり腕引っ張ってきて……たまたまあったでっぱりに足が引っかかって…そのまま体がグラってなって手をつこうとしたんだけど………そっからは…なんとなく意識はあったけど……あんま覚えてない」

「そうか…」

「智希……それ…明日警察の人に言える?」

「言えるよ!俺子供じゃないし…」

「とりあえず明日の朝まで安静だ」

「うん……父さんは…?ホテルに戻るの?」

「ううん、ここにいるよ。ここにいていいって、さっき申請しといた」

「そっか」


「………」



嬉しそうに笑う智希の顔は、しっかり17歳だった。



その二人を見ていて、東條はなんだかいたたまれなくなった。


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