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「おめでとうございます!!特賞大当たり!!」
「………」
カラン、カラン、と大きなベルの音が馴染みの商店街に響き渡る。
買い物をする全ての人が足を止め音の鳴る方へ目をやると、呆然と立ちつくす長身の若者の姿があった。
「おめでとう智希君特賞だよ!凄いの当てたね!」
「…はぁ」
町内で常に活気をもたらしてくれる人物、大野(おおの)昇平(しょうへい)58歳が智希以上に興奮している。
白髪混じりでニコリと笑えば七福神にいそうな良い表情の持ち主だ。
周りから見ればどちらが特賞を当てたのかわからないだろう。智希があまり興奮していない所為かもしれないが。
智希は卵や大根の入った重たいビニール袋を持ち直すと、ガラガラの隣に置かれた特大ポスターに目を向けた。
特賞……北海道3泊4日の旅…。
「やったね!今ちょうど春休みだし、行っておいで!」
「あ、はい…」
「智希君イケメンだからね!彼女もいっぱいいるんだろ!」
いっぱいもいねぇよ。
「彼女と行っておいで!お父さんには俺からうまく言ってあげるからさ!」
「いや、行くんなら父と行こうかな…」
「なんで!」
「………いつも頑張って働いてくれてるんで…少しでもお返しに…」
「かぁ〜!!なんて良い子なんだ!!おまけだ!後で俺の店寄んな!野菜分けてやるよ!」
「……どうも」
良い子、ねぇ。
「あっ、あっ……あぁっ」
「っ……父さん…気持ちいい?」
「んっ…うんっ…うんっ」
「……もう…イくよ」
「あぁっ!」
良い子、ねぇ。
「北海道?」
「うん。特賞当たった」
「凄いなー。俺そんなの当たったことない……智希の運分けてほしいよ」
「たぶんこれで一生分の運使った」
ハハっと笑いながら先程の行為で濡れた滴る汗を拭わずベッドに体を預ける有志。
月明かりだけが彼を照らしている。
はぁ、と呼吸を整わせながらうつ伏せになり枕に顔を埋めた。
智希はその隣で目を細め有志の頭をサラリと撫でる。
それに答えるように有志は顔を上げニコリと微笑んだ。
「いいね、北海道。息抜きに行っておいで」
「何言ってんの。一人で行くなんて寂しいし、父さん以外の奴と行くわけないじゃん。一緒に行こうよ」
「え…いいの?」
「父さんが行かないんなら北海道行きのチケット返してくるよ」
「…ほんとに?」
顔を枕に半分埋めながら見上げる有志を見て、ぐっと智希の喉が鳴った。
さっきまであんなに激しく求め合ったというのに、簡単にまた反応するその若さ。
「ほんと」
「っ…と、智っ…もうしない、からな」
「うん」
やや強引に有志を引き寄せ自分の腕の中に閉じ込めると、こめかみに何度もキスを落としながらきつくその感触と匂いを味わった。
お互いの液でべとべとになった体だというのに、触れ合っても全く嫌悪感は無くむしろ心地良い。
気持ち良いから。
ただそれだけの理由でセックスをしているわけじゃない。
求められている。
そう感じれるからだ。
「……いつ?」
「日程はこっちで決めれるんだけど、父さん仕事今忙しい?」
「んー…。4月入ってからの方が休み取りやすいかなー」
「そっか…」
「智希は?」
「俺は今春休みで来週部活も休みになるから、できれば来週辺りがいいなーって思ってた」
「そっか…。ちょっと課長と相談してみるよ」
「でも無理だったらまた夏とか秋でも…」
「…俺も早く智希と旅行行きたい」
智希に抱きしめられた腕を掴みながら照れた表情で見上げる。
するとすぐそこには智希の顔があって、想定外だったのか顔を強ばらせている。
「…父さん」
「ん?」
「ごめん、やっぱもう一回だけ」
「ちょっ…もっ腰無っ…無理っ…あっ…ダメっあっ……掴んじゃっ…智ーーーー!」
「有給?いつだ」
「来週の木曜日と金曜日に…」
「どこか行くのか?」
「あ、息子と北海道に…」
「旅行?」
「はい…。すみません、3月とか忙しい時期ってわかってるんですが…」
「仕事が特に問題ないんであれば行って来い。周りに悪いとかは気にしなくていい」
「ありがとうございます」
「泉水は逆に有給を取らないから経理の人も心配してたぞ」
「そうなんですか?」
「取ったとしても、智希君の試合とか授業参観だろ」
「あーそうですね…」
「お前はずっと頑張ってくれてるからな。親子旅行、楽しんでこいよ」
「ありがとうございます!」
こうして有志は有給休暇を貰い、無事北海道へ行く事ができた。
有志と智希が旅行に行ったことがあるのは、智希が小学生の頃に2回だけだ。
もちろん、その頃はお互いその感情に気づいていなかった為本当の家族旅行だ。
有志はまだ安月給の若いうちから智希を育てなければならなかったし、智希もそんな有志を見て遠くへ行きたいと行ったことはなかった。
しかし今回の旅行は、二人にとって初めて恋人との旅行になるわけで。
「なぁ父さん。旅行中有志って呼んでいい?」
「だっだめ!」
「えーなんでー」
「……恥ずかしい」
「いいじゃん。4日間だけだし。ね?ね?」
「……だめ」
「なんでー」
「ほ、ほら!飛行機が飛ぶぞ!」
隣でブーブーと機嫌を損ねる智希を強引に振りほどいて、飛行機が飛び立つ瞬間を窓から見ていた。
智希に有志って呼ばれたら…絶対赤面する…。
想像しただけで顔を赤らめ頭から湯気を出していると、気づいたのか智希はニヤニヤと顔を緩ませながら有志の手を握った。
「なっ…!!」
「いいじゃん。北海道では俺達が親子って知ってる人いないんだからさ。ね」
機体が揺れ飛び立つ瞬間の中智希は有志の耳元でボソっと囁いた。
とても卑猥な声と体温だ。
「で、でも男同士…だし」
「今時それほど珍しくもないって」
「そう…か?」
「まぁ見られるだろうけど、悪い事してるんじゃないんだからさ」
「………うん」
本当は有志も智希と手を繋いで歩きたかった。
自慢したかった。
みんなに、智希を自慢したかった。
男同士である前に、血の繋がりがある二人。
軽蔑されることはわかっている。
でも、離れることはできないんだ。
有志はゴクンと喉を鳴らし、手を握り返した。
甘い恋人がするように智希の肩に頭を預け、ゆっくり目を閉じる。
幸せだ。
文明の利器とは凄いもので、1時間で北の大地北海道に着いた。
極寒、まではいかないがまだ北海道は寒く息も白い。
空港に降り立ち電車を乗り継いで駅から出ると、ビュンと冷たい風に有志は目を閉じた。
冷たい手をじっと見つめ、はぁっと温かい息をかけると急に腕を引っ張られた。
「寒いね」
「っ……」
にっこり笑いながら有志の手を握る智希。
一瞬にして有志の体は固まり赤面したが、すぐに顔が緩みヘヘっと笑った。
いいんだ。
ここでは、いいんだ。
段々温かくなっていく手の温もりを感じながら、二人寄り添うように歩いて行く。
もちろん、行き交う人に見られた。
でも思っていた程ジロジロとは見られず、チラッチラッと二度見程度で去っていく。
罵声も聞こえない。
「…ね、そんな気にするほどでもないだろ」
「……うん」
有志の考えていたことがわかったのか、智希は安心する笑顔で微笑むと強く手を握りしめた。
宿泊先のホテルまでは駅から徒歩5分程。たった5分でも、今まで二人が出来なかった『恋人』としての時間を楽しんだ。
ホテルに着いたのは16時程。
智希が立てたプランで、まずはホテルから徒歩10分ほどにある有名な観光地時計台に行き、その後おいしいと評判のスープカレーを食べに行く。
今日はこれだけにして、明日明後日と色んな箇所を回る体力を温存することに決めた。
部屋に案内され中を見ると、なかなかの広さと清潔さで一気に二人のテンションが上がる。
有志も、智希が生まれてから3泊の旅行なんてしたことがなかった為嬉しさのあまりフカフカのベッドにダイブした。
「凄いー!ふかふかー!」
「はしゃぎすぎ」
相変わらず、どちらが父親かわからない。
智希はクスクスと笑いながら部屋を物色し、見つけたクローゼットの扉を開けジャケットをハンガーにかけた。
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