12


それからは何をしてもダメだった。
必死に勃たせようと擦っても反応を示さない。まるで不能になってしまったようだ。

焦る有志は力なく起き上がり四つん這いになると、腰を高くつき出しアナルへ智希を導く。

「ごめん…もしかしたら場所変わって緊張してるのかも…」

「父さん…」

「でも、その、後ろは使えるから…その…」

「父さん!」

静かな部屋に智希の重い声が響く。
いつの間にか雨は止んでいたようだ。だから余計に、二人の混ざり合う吐息がよく聞こえてくる。


ビリっと耳奥に響いた智希の声が脳に伝わり、自分はなんて情けない格好をしているのだと羞恥で顔が真っ赤になった。

四つん這いをやめ智希に背を向けたまま布団の上に座り込むと、生きた心地のしないため息を一度吐く。
すると背中に体温を感じ、智希が後ろから抱きしめてくれているとわかった瞬間耐えられず涙が流れた。

「今度そんなこと言ったら本気で怒るよ」

「ご、ごめん…」

「そんなヤるだけの道具みたいなこと言わないでよ。もっと自分を大切にして」

「ごめん…」

胸に回された腕が本当に温かくて、さっきまで不安と焦りでバクバク言っていた心臓も気付けば穏やかになっていた。
相変わらず自身を見てもやっぱり反応はなくて、自分より広い息子の胸に支えられながらぎゅっと目を閉じた。





「………ん」

どれぐらい経っただろうか。

あれから二人は浴衣に着替え抱き合うように眠りについた。

都会とは違い騒がしい雑音も街灯の光も邪魔にならない。
その変わりいつしか上がった雨の音は消え虫の音色が響いていた。
静かに、小さなカラダで生命のアカリを点している。

智希は目を覚ましすぐ近くにあった携帯を手に取る。
電源をつけると光が飛び込み目の前が弾けた。

午前3時5分。
隣に有志はいない。






外は真っ暗だ。
たとえ土地勘のある地元の人でも真夜中墓地を歩くことは躊躇するだろう。

しかし有志にはまるでその先が見えているようだった。
大きめの懐中電灯と、生前沙希が好きだったどら焼きを持って、愛する妻と、妻の家族が眠る墓へ。



「やっぱり夜は少し冷えるね」

何から話せばいいか迷った。
出てきた言葉は本当にそこに沙希がいるかのように優しく、目を細め墓に語りかける。

昼間話した時の表情とは少し違う、影のある表情。


昨年と同じく、有志は罪の意識で押しつぶされそうだった。


浴衣から着替えた服は、昨年の喪服とは違い黒の綿パンツに、グレーのシャツ。

「ごめんね、ほんとはもう一着沙希に会う用の喪服持ってくるつもりだったんだけど、荷物は智希が持ってくれるからさ、あんま増やしたくなくて」

はは、っと笑って墓の前に腰を下ろす。
持ってきたどらやきを4つ、袋から取りした。

「沙希の分と、お義父さんの分、お義母さんの分、 義弟の海斗(かいと)君の分。安いお土産でごめんね」

暗闇の中、一つづつ置いていく。そこからまた、智希の自慢が始まった。

「ほんとに凄い子なんだよ智希は。なんでもやっちゃう。ちょっと前に智希のわがままと俺のヘタレのせいで喧嘩しちゃったんだけど、今じゃすっかり俺より大人だよ。学校でもね、どうやらファンクラブなんてあるらしくて…」

昼に散々語った智希の自慢話だが、足りるわけがなくいつもは柔らかいしゃべり方の有志が雄弁になる。
懐中電灯の光に虫が集まってくるが、気にせず嬉しそうに、楽しそうに智希のことを話す。



ふと、風が吹いた。
少し強い風だった。


立てていた懐中電灯が傾きゴロリと土の上を転がる。
それを見た有志は、まるでスイッチが入ったかのように突然涙を流した。

「っ……申し訳ありません」

正座になり手をつくと、零れる涙を拭わず額を土にこすりつける。
震え、嗚咽をこぼしながら、雨がやみ乾き始めていた地面を有志の涙で再び色を変えていく。

「お義父さん…お義母さん…大事に育て、僕に預けてくれた大事な娘さんを守ることができずすみませんでした。さらに僕は血の繋がる子どもの智希と、あなた達の大事な孫と、一生公にできない、祝福されることのない関係になってしまいました。本当に申し訳ありません」

沙希の両親、弟は沙希が小学生の頃事故で亡くなっている。
有志は会ったことも話したこともなかったが、沙希からステキな両親と、生意気だけど可愛い弟だったと聞いている。

残っているアルバムや沙希の話を聞く限り、本当に愛されていたんだと実感していた。

だから、有志には愛されていた沙希を交通事故とはいえ守ることができず、その上二人の大事な証である智希と今の関係になってしまったことに、未だ罪悪感で胸が押しつぶされそうだった。

「沙希…謝るだけじゃ済まされないってことはわかってる。一番いい方法は智希との関係を終わらせることだってわかってる。だけど、だけど…できないんだ。それだけは……いくら沙希の頼みでも……できないんだ」

ズズ、っと涙と鼻水だらけの顔がさらに歪む。


何度も智希と話した。二人で生きていこうと話した。


離れないといけないと思っていても、結局は最後、離れられない。それは智希も有志も一緒なのだ。


有志は一生謝り続けると誓った。
ひたすら自分が 、大人である自分が沙希や義父達に謝り続けると誓った。

「悪いのは俺だから。罪は全部俺が背負いますから。どうか、どうか智希だけは幸せにしてあげてください」

地面にこもりながら、だけどはっきり意志のある声で唸るように出す。

すると突然隣から物音が聞こえ有志は驚き顔を上げた。


暗い墓地で、携帯の光を手に持つ智希が立っていた。
拗ねたような表情で有志を見下ろしている。


「さっき言ったばっかじゃん。もっと自分を大切にしてよ」

「っ……ともっ」

携帯をポケットに入れ、同じく墓の前に土下座する。


「母さん!じいちゃん!ばあちゃん!おじさん!あなた達は生前ステキな人達だったと伺っております!とてもできた人間だったと伺っております!だったら…だから…わかるよね?わかってくれるよね?俺と父さんが、安っぽい感情に流されてこうなったわけじゃないってこと」


有志の涙はピタリと止まったが、何が起こっているかわからず目の瞳孔は開いたままだ。



え、智希?本物?え?ここ墓地だし…え?生き霊???



「お母さん。あなたとは3歳ぐらいまでしか一緒にいられなかったけど、あなたがいなくなってから15年間、父さんはいつも俺を一番に考えてくれて、普通の家族の何十倍も幸せに育ててくれた。だから、俺は父さんを好きになったんだ。俺は幸せだから父さんを好きになったんだ」

「ともっ」


智希を育ててきた15年間が一気にこみ上げてきた。


決して簡単ではなかった。

若くして子どもを持ち、若くして妻を亡くした有志。
働きながら保育園に通い、両親に助けてもらい、上司やご近所さんに助けてもらいながら育ててきた。

家に仕事は一切持ち込まず、智希と一緒にいる時は全力で子育てをした。

それを、智希は幸せだったと言ってくれた。
片親で寂しい思いは絶対しているはずなのに、智希は幸せと言ってくれた。

「と、ともぎっ…」

再びあふれる有志の涙。
さっきまで智希が本物か生き霊かわからなかったというのに今では智希の熱に触れたくて手が泳いでいる。

「だいたいさ、じいちゃん、ばあちゃん、おじさんなんか俺と会ったことないじゃん」

「……ん?」

「母さんも、俺を産んでくれたことは一生感謝するけど」

「んん??」

「ほんとずるい。いつまでの父さんの邪魔してさ。育ててくれたの父さんだし。母さんより父さんのほうが偉いし」

「こらー悪口になってるー!」

「そんなわけで。簡単に別れたりしないから。てか一生ずっと一緒だから。父さんと一緒だから幸せだから。母さんより俺のほうが父さんのこと今は愛してるから」


一生母には勝てないと思っている智希。今まで思っていたけれど声に出すのは初めてだ。

有志は仏様の悪口はダメだと動揺しながら智希を静止する。
すると智希は有志に体を向けじっと見つめると、涙と鼻水でカピカピになっている有志をきつく抱きしめた。

「と、ともっ!こら!お墓の前で!」

「見せつけてんの」

「バチが当たる!」

父さんってそんな信仰心あったっけ?と顔を覗き込むと、ぐちゃぐちゃになった顔を見られたくなくて顔を背けた。

「こんな暗闇で顔なんか見えないよ」

「ほんと…汚いから」

「これからも一人で悩まないで。ずっと一緒に歩んでくって決めたんだから、苦しみも半分こ」

「…………ん」

「……帰ってお風呂、入ろっか」

「…ん」

智希は有志が持ってきた懐中電灯を手に取りゆっくり立つと、軽く膝についた土埃を払い手を差し出す。


薄暗いけれど、とてもはっきり智希の顔が見えた気がした。
その顔に迷いなんか一つもなく、本当に先を見据えている。


ダメな父親だなぁ。


「父さんは最高の父親だよ。惚れさせるだもん、息子の俺を」

心の声が聞こえたのかと思った。
一気に顔が熱くなり、差し出された智希の手を取り少し強引に引き寄せ立ち上がる。

「わっ」

少しバランスを崩したがうまく有志を抱き留め全身で深呼吸をする。

「突然いなくなるのも禁止な」

「ごめん」

ぬくもりと匂いを全身に交換し合って、真っ暗な道をたった一つの懐中電灯で旅館へと戻った。



「そういえばどうやって墓地まで来たんだ?懐中電灯なんか持ってなかっただろ」

「一応携帯のフラッシュ機能で行ったんだけどそれほど明るくなくて…途中引き返そうかなーって思ったんだけど……」

「?」

「………なんかね、呼ばれた気がしたんだ」

「呼ばれた?」

「うん。こっちだよ、って。凄く優しい女の人の声でね、呼ばれた気がしたんだ」

「…………そっか」


普段、お化けや幽霊の類は信じたら本当にいることになるから信じない、と持論を言う有志だが、今回の不思議な体験には優しく頷くだけだった。




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