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多少の熱は残るものの、ここへ来た理由を忘れたわけではない。
有志は火照る頬に小さくパチン、と平手を打つと、智希が背負ってきた大きな鞄の中から礼服を取り出す。

礼服と言ってもまだ暑さは残るため黒のスラックスに白のポロシャツで、墓掃除がしやすいよう動きやすい格好にした。
智希は私服を脱ぎ夏の制服に着替えると、鞄の中から大きめのトートバックを取りだし貴重品を中に入れるよう有志に告げる。

「そんな日差しきつくないけど、お墓の近く自動販売機とかなかったからお茶も入れとくな」

「お前…ほんと凄いな…」

「?」

常に準備万端で男子高校生がトートバックを持参していることに少々違和感を覚えたが、こういう時は自分の育て方は間違っていなかったと優越感に浸ってしまう。


や、俺何もしてないけどね。


時計を見ると昼を幾分か過ぎていた。
そこまで焦る必要はないが、なにやら少し雲行きが怪しく感じられたので気持ちが焦る。

空を気にしていると、鞄に折りたたみ傘入れておいたから、と、智希の声が聞こえなんだかよくわからない感情のため息が零れた。



旅館から歩いて10分ほどの場所に、沙希が眠る墓地があった。
お盆の時期が外れているということもあって、周りは車はおろか人影もない。
ただリズム良く流れる木々の音と、時折聞こえる鳥の鳴き声が心地良く響いている。

まず二人は墓地のすぐ隣にある寺へ行き、住職に挨拶した。
頭に毛髪は残っておらず、メガネをかけたその奥には優しそうな目が微笑んでいる。

「遠いところよう来なさった。お茶でもどうですか」

「ありがとうございます。でもこのあとちょっと予定があるので…」

はっきり言って予定は、ない。墓掃除をして沙希に近況報告をして帰るだけだ。
しかしここの住職の話が鬼のように長い。

昨年はちょっとのつもりが2時間いたからなー。あんま人が来ないからお坊さんも喋りたくて仕方ないんだろうな。

話を切ろうとするとまた別の話が始まって、部屋にある古時計を見ながらだんだん汗ばむ有志を思い出す。

早く墓参り行きたいけど断れない父さん可愛かったなぁ…。

菓子折を住職に渡しながら苦手な嘘をついて断る有志。後ろからそれを見ていてなんだか笑みがこぼれた。

「安らかに眠れる場所を提供してくださってありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」

「はいはい。ここは静かですからね。仏さんも安らかに眠れますよ。それにしてもこの間熊が出ましてね…」

「あああ、もうこんな時間だ!」

わざとらしく腕時計を見て大変だと声を出す。
智希は有志の行動に声が漏れないよう肩を揺らして笑ったのだが、本人に聞こえたらしくジロっと睨まれた。

「じゃあ俺達、そろそろ母に会って報告しに行ってきますね」

「はいはい。ステキな息子さんでよろしいことです。気が済むまで仏さんにお話ししてあげてくださいね」

丁寧にお辞儀をして、先ほどより少し雲の多くなった外に出た。


「良くしてくれてるから余計に断るの辛いな…」

「父さん嘘つくの下手だもんな。それで営業してるってほんと凄いよ」

「仕事と家族のことは別ー」

寺の庭先になる水道でお水を組ませてもらって、持ってきた花と一緒にお墓へ足を運ぶ。




沙希の墓は、少し高台の、見晴らしの良い所にあった。
この地域の人しか入っていない墓地は近年墓地問題で騒いでいる都会の人たちに比べ、とてもゆとりがあって手足を伸ばして眠れそうな広大な場所だ。



ここには沙希と、沙希が小学生の頃交通事故で失った両親、弟の4人が眠っている。



「母さんのお父さんって、どんな人だったんだろうね」

「とにかくかっこいいしか聞いたことないなー。お父さん子だったらしいからね」

沙希の話をする時、有志はいつも以上に優しいオーラをまとっていた。
智希の話をする時とはまた別の、最愛の妻の存在。

嫉妬をしても無駄なことはわかるのだがやはり智希にはおもしろくなく、少しは大人になったものの愛おしそうに妻と妻の家族が眠る墓に水をかける姿を見ては胸が痛んだ。



女性で、妻で、故人で。
俺は一生母さんには勝てないね。



皮肉なのか純粋な気持ちなのか、智希はフっと目を閉じ持ってきた花を袋から取り出した。



「凄いだろ、キャプテンで、MVPで、インターハイ優勝で!」

「だからそんな凄くないって。団体スポーツは一人でできないんだから」

まるで本当にそこに沙希と、沙希の両親、弟がいるかのように、この一年間あったことを楽しそうに話す。
ほとんど智希の自慢話なのだが。


「今年18歳になって、来年大学生になって、2年も経てば成人だよ?沙希。どうしようか、そりゃ俺もおじちゃんになるよなー」

「どうしようかってどういう意味だよ」

あはは、と笑って、気がつけば30分近くお墓の前で立ち話をしていた。

まだ話は尽きないというのに、突然有志がふと、空を見て目を細める。

「………たぶん…空から俺たちのこと…全部見てると思うけど…」

声色が変わった。その言葉は何を示すのか。

「………父さん」

「…………沙っ……」

有志が何か発しようとした瞬間、黒々と渦を巻いていた雲からポツリと雫が落ちてきた。

「やば、これ降るよ!」

智希はすぐに鞄から折りたたみ傘を出して有志の手を引くと、屋根のある寺の庭先へと急いだ。
有志は智希に引っ張られながらどこか苦しそうにお墓をじっと見つめている。

その表情に気がついていたが、本格的に降り始めた空を見上げながら足早にその場所を離れた。






「まぁまぁおかえりなさい。体が冷える前にすぐ露天風呂入ってくださいね。服もいま、出して頂けたら乾燥機にかけて明日の朝渡せますので」

「そんな…いいんですか?すみません、ありがとうございます」

折りたたみ傘があったものの、先ほどまでの天気が嘘のように降り始めた豪雨で二人とも肩から背中にかけてびしょ濡れになってしまった。
旅館の部屋が濡れてしまうためシャツを脱いでいたら女将がバスタオルを持って出てきてくれた。

「智希、先にお風呂行っておいで」

「いいよ別に俺は。父さん先行って」

「お前、俺を優先して傘差してただろ。智希の方が濡れてるから、先に行きなさい」

「……ん、わかった」

有志よりも広範囲に濡れている背中は水滴で肌に吸い付いていた。
シャツの奥から染み出るように浮き出ている若い素肌。
水はまるで肌に吸収しているようで、思わず自分も手を伸ばしその肌に吸い付きたいと思ってしまう。

「…………」

ゴクン、と有志の喉が鳴る。
自分より幅の広い背中を見つめもどかしく右手を握りしめると、振り払うように玄関で靴下を脱ぎ頂いたタオルに身を包んで先に部屋へ戻ると付け足早に急いだ。




部屋に戻ると火照ったこの体をどうしようかと下半身を見ると、案の定膨らみを帯びていた。
智希ほど濡れていないが、しっとりとした自分の服が体の熱と相まって媚びるようにまとわりつく。

「っ…」

部屋に入るとポロシャツを脱ぎズボンを脱いで、そこまで濡れていない下着に手をかける。
ほぼ全裸の状態で、いま、智希が戻ってきたら相当おかしな光景だ。

落ち着け、落ち着け、と胸に手を当て何度も深呼吸をし、下着の中に手を入れそうになった自分を制する。
体が冷えてきたおかげか、脳もどんどん冷静になり、下半身の膨らみも萎んでいく。

有志は上からその光景を見つめほっと肩を降ろすと、旅館に置いてある浴衣に着替えた。

息子の濡れた体を見て暴走しそうになった自分を咎め何度も深くため息をつく。


はぁ…俺ほんとダメだな…お父さんなのに……。




父親が自分の理性と闘っていた頃、息子は呑気に風呂で数を数えていた。


あと100数えて父さん来なかったら上がろう。


もちろん有志は現れず、100と言っていた数字は500に変わっていた。


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