7

「姫川」

「?……佐倉」


休み時間、廊下を歩いていた姫川に佐倉が声をかけた。
なぜ特待学科の佐倉が普通科に?

紙パックのフルーツ・オレを飲みながらやる気のない顔で佐倉を見つめる。


「今日さ、昼飯一緒に食べない?」

「…いい、けど」

突然なんだ。
姫川があからさまに眉間にシワを寄せて警戒すると、読み取ったのか佐倉はクスリと笑い一歩近づいた。


「もしかして俺、お前に嫌われてる?」

「いや、別に」


仲が良いかと聞かれたら、そうでもない。
同じ部活といえど、一年は30人近くいるため小さなグループが何組か出来てしまっている。

姫川は同じ中学であった秋田と行動を共にすることが多いが、佐倉はどちらかというと一人でいることが多く、もしくはやはり期待されているからだろう、2・3年と一緒にいることのほうが多かった。


全く喋らないわけではないが、昼飯を食べる仲ではない。

そのため人を疑うことを覚えた姫川はまだ不信がっている。



「お前弁当?」

「…うん」

「そっか。じゃあ西庭で食わね?」

「………いいよ」

「じゃあ昼に」

「………」



軽く首を横に傾けて目を細めると、佐倉は普通科をあとにした。


くそ、かっこいいな…。



自分の飲んでいるフルーツ・オレを睨んで、佐倉が見えなくなるまで背中を見つめていた。
















昼休みになり弁当と携帯を持って廊下に出ると、同じバスケ部の飯島に会った。


「姫川ー昼練行かね?」

「あー悪い。なんか佐倉が用事あるみたいで今から一緒に飯食べるんだ。だからたぶん今日は行けない」

「うっそまっじ!あの佐倉と飯食べんの??」


飯島が大袈裟に声をあげたため、何人かの生徒が二人を見ている。
姫川は少し居心地悪く飯島を睨み付けると、携帯を開きながらため息をつき歩き出した。


「そんな驚くこと?」

「だってあいつやっぱすげーんだもん」

「……同じ一年じゃん」


嫉妬…だろうか。
相手は特待生、こっちは一般生徒。

凄いことは理解していてもムキになってしまう。


自分だって頑張っているのに。
特別扱いは嫌いだ。



「……姫川って可愛い顔してんのに結構きついよな」

「関係ないだろ。じゃあ行くから」

「お土産話待ってるよ〜」



お土産話なんかねーよ。

チっと舌打ちを放ったが飯島には聞こえていない。

賑わう廊下で人込みに紛れながら姫川は佐倉の待つ西庭へ急いだ。










有名校とはいかないが、特待制度のある高校。
体育館は3つあり、運動場は2つある。
食堂も大きくテーブルが50席程あるが、たくさんの生徒で賑わい遅れてしまったら座れない時もある。

佐倉が指定してきた場所はその食堂を抜けて西門側へ少し歩いた所にある小さな庭園みたいな場所、通称西庭。
ベンチが2つと小さな噴水があるが水は流れておらず、周りの木々はなかなか豊かに育っている。
天気の良い日は何組か生徒達が仲良くベンチでお弁当を食べていたりするが、正直校舎から少し離れているため人はとても少ない。

姫川は段々人が少なくなって木々が生い茂る道を少し小走りする。




「ごめん、遅くなった」

「おー、気にするな」


佐倉は大きな木の下にあるベンチに座ってペットボトルのお茶を飲んでいた。
木が影を作ってくれていて気持ち良さそうだ。
右端に寄りジェスチャーで隣に座れと誘導すると、姫川もすっと隣に座り背もたれに体を預ける。



「待たせた?」

「いやそんなに。5分も待ってない」


そう言いながら佐倉はゴソゴソと紙袋の中からパンを取り出し、大きな口を開けてあんパンを一口かじった。


「佐倉って昼飯はパン派?」

「いや、弁当だけどいつも2時間目と3時間目の休み時間に全部食べる」

「だよな!俺は逆に2・3時間目にパン食べて、昼はがっつり弁当」

「俺もそうしたいんだけどなー。米好きだからさ、耐えられないんだよねー」

「でもちょっとわかる」



二人だけでこんなに話したのは初めてではないだろうか。
いつも隣に秋田や誰か他のバスケ部員がいる為、なんだか新鮮だ。


なんだ、やっぱ別に特別視する必要ないじゃん。
佐倉も普通じゃん。


姫川は気をよくしたのか鼻歌を歌いながら弁当をあけると、いただきますと小さく言って箸を進めていく。


モグモグと数秒間の沈黙があると、最初に切り出したのは姫川だった。



「でもなんで急にわざわざ普通科来てまで俺を昼飯に誘ったんだ?」

「ケー番知らないし」

「そっか。いやいや、だからなんで急に昼飯を?」



暖かい昼の時間に男二人がベンチに座りご飯を食べている風景は微笑ましい。
しかし話はあまり噛み合っていないようだが。




「……謝らないといけないことがあって」

「謝る?」

「………」



佐倉は俯き黙り込むと、パンを口に含みよく噛んで飲み込む。
お茶もグイっと飲んで一息ついた。


「ごめん」

「……なにが」


姫川も何か穏やかなことではないと察したのだろう、箸を置いて頭を下げる佐倉と向かい合いきゅっと拳をにぎりしめた。




「置田たちに…」

「っ………」


やっぱり、そのことか。

薄々感づいていたことだが、やはりその話になると体は強張ってしまう。





「実は俺、置田たちが姫川に何かするかもしれないってのを知ってて…」


「………」


何か。
つい一週間ほど前のことを思い出してしまう。



「……それなのにお前に忠告しなくて…」

「…泉水先輩から聞いた」

「………」

「佐倉がもしかしたら、って教えてくれたから探しに来たんだって。佐倉が教えてくれなかったらたぶん探しに行ってなかったって」


時間が解決してくれる。
そう思っているけれど、やはりまだ姫川の脳には鮮明にあの時のことが残っていて。
微かに震え冷や汗がでてきた。

佐倉は目を反らし体を前に向けてベンチの背にダラリともたれ、そうか、と小さく言う。

そして右手に持ったパンを機械的にかじった。



「…あの後先輩だけ帰って来て、姫川は保健室にいたって言ってたけど……やっぱり…」

「……ごめん、その話は…」

「………ごめん」



沈黙。
佐倉がパンをかじる音と、姫川が箸を遊ばせる音だけ。
たまに吹く爽やかな風はなんだか逆に髪をなびかせ欝陶しさを感じる。



「……怒らないのか」

「…なにに?」


小声でボソリと言った佐倉を見ると、俯いてパンをかじったまま止まっていた。
姫川は箸に刺した肉じゃがのじゃがいもを口に含みモグモグと味わう。



「…なんで…置田たちが何かするかもって……教えてくれなかったんだって…」

「……泉水先輩に言ってくれたじゃん」

「でももっと早く姫川に言ってたら…何も起こらなかったかもっ…て……」

「………」


また、沈黙。
姫川は母親の作った大好きな卵焼きを口に含みながら目を閉じた。


ゴクンと音をたてて飲み込み、紙パックのお茶を一口飲んで佐倉を見た。




「そりゃ少しは思うけど、怒ってはないよ」

「なんで」


佐倉は自分で自分を責めているのだろうか。
納得いかないという表情で姫川を見つめ返す。



「……俺ね、性格悪いんだ」

「は?」


意味がわからない。

佐倉の顔がそう言っている。
姫川は佐倉から目を反らし再びベンチにもたれ弁当を膝に置いて目を閉じた。





「凄く…怖かった。今もたまに思い出しては泣きそうになる。でも……」

「………」



「でもあの事があって、泉水先輩は俺に同情して構ってくれる。先輩は悪くないのに、いい人だから俺をほっとけないんだ」

「………」



自慢のように聞こえるというのに、姫川の顔はとても辛そうで今にも泣きそうだ。



「…佐倉みたいにバスケうまくて…かっこよかったら…簡単に先輩に気に入ってもらえるけど……俺、ほんと普通だから…」

「………」



泣いては、いない。
しかし声は震えている。

きっと言葉に出しながら悔しがっているのだろう。



「……あの人はバスケがうまいぐらいで贔屓とかしないよ。わかってんだろ」

「………」



チクリと胸が痛みを覚えた。




「やっぱ姫川も泉水さんのこと好きなんじゃん」

「好っ…!そういうんじゃなくて、本当に憧れでっ……ん?姫川…も?」

「俺は泉水さんのことそういう目で見てるから」

「そーいう目?」

「恋愛」

「っ……!!」


簡単に、本当に簡単に。
サラっと言った佐倉に対して姫川が顔を真っ赤にしている。

佐倉になんでお前が照れてるんだとからかわれると、姫川は照れ隠しなのか弁当を勢いよく食べ始めた。



「俺、てっきりお前もかと思ってたのに」

「もぐもぐもぐ」

「ライバルと思ったから…置田の事教えるのとまどって…意地悪した。ごめん」

「もぐもぐもぐ」

「じゃあこれで心置きなく先輩口説けるなあ」

「ぶふっ」

「きったね、ご飯飛ばすなよ」


喉を詰まらせハムスターのように膨らませた口からご飯が飛び出ると、ゴホゴホと咳込みながらお茶を流し込んでいく。
目に生理的な涙を浮かべながら佐倉を睨み付けると、唸るように低い声を出した。



「くっ…口説くって…」

「あんな事あったし、ちょっと先輩に迫るのは抑えようと思ってたんだ」

そう言うと、あんパンを食べ終え二つ目のクリームパンを取り出した。

まだ食うのかよ。
姫川はそう思いながらまだ佐倉を睨んでいると、それに気付いたのか意地悪くニヤリと笑いかけてきた。



「俺と泉水さんの仲、応援してねー」

「…嫌だよ」

「なんで」

「……泉水先輩は…みんなのものだ」

「っ……ぶはははは!」

「っ?!」


佐倉はクールだ。
笑う時も軽い感じなのに。
その佐倉が爆笑している。

パンをベンチに置いて腹を抱えて爆笑している。


正直、ありえない。





「なにそれ幼稚くさー!あははは」

「うっうるさい!」


そういえば昨日も清野先輩に同じようなこと言って爆笑されたな…。


情けない…。




笑われているのに怒る気にもならず肩を大きく落とし、凹んだ。


「……でもさ、あの人見てるとゾクゾクしない?」

「?」


やっと笑い声が止まったと思ったら、いつものクールな佐倉に戻った。
ベンチにもたれながら智希を思い出しているのだろうか、目を細め空を見ている。



「最初はバスケで無駄の無いプレイ見て一目惚れして、今度は汗流しながらの真剣な表情に興奮して」

「………」


一緒だ。
姫川の生唾を飲む音が聞こえる。




「あの人が出てる試合見に行って初めて生で見た時、俺試合中勃起しちゃったんだよね」

「ぶっ」


それは一緒じゃない。




「なんていうか…すげー色気があって、手足も長いしジャンプ力半端ないし」

「…視野もめちゃめちゃ広いよな」

「そうそう、パスは正確で絶対いてほしい所にいるし」

「うんうん」

「抱かれたいって思うよな?」


「それはないよ」


あからさまに眉間にシワを寄せると、納得しないのか佐倉は興奮気味に頬を膨らませた。





「あんな素敵な体だぞ?すげー抱かれたいじゃん!」

「だって男同士だし…」

「そんなの関係ないよ。俺も先輩に会うまで男なんか絶対無理って思ってたけど、あの人は特別なの」

「………」


そう言われたら…。
うっかり佐倉のペースに呑まれそうになり首をブンブンと振ると、最後のプチトマトを食べ弁当の箱を閉じた。



「じゃあ佐倉は……泉水先輩に抱かれたい…って思うんだ」

「あー…うん」

「?」


一回ヤったけどな。
そう思ったがあのことは言わないでおこう。



「でも泉水先輩はライバルいっぱいいそう…」

「そうだなー……」


でもあの人の心の中には大切な人がいて、その人とは両想いになれないみたいなんだ。


言いたいけど、言えない。



「抱かれたいって思わない?」

「思わない!」

「んー。お前は絶対俺と同じ気持ちだと思ったんだけどなあ」

「……お兄ちゃん…みたいな感じかな」

「お兄ちゃん?」

「うん」


ズズっとストローからお茶を吸い上げ姫川も空を見上げると、料理も作れる智希のことを思い出していた。


「あんな…なんでも出来てカッコイイ兄ちゃんいたらいいなーって」

「つまらん」

「なんだよそれ。…うち姉ちゃん3人もいたから、ずっと頼りになってなんでも相談出来る兄ちゃん欲しかったんだ」



姫川はまだ恋愛をしたことがない。
ずっと兄を欲しいと思っていた。

その二つが重なり智希に対する感情が何なのかまだよくわかっていなかった。


智希のことは好きだ。
しかしそれは佐倉のように体の関係も…と、判断はできない。





「姫川はまだ子供だからか」

「そんなことない」

「ヤったことあんの?」

「………」

「顔、真っ赤」

「うるさい。そもそも一ヶ月前まで中学生だったんだ。佐倉のほうがおかしいよ」

「それにしても姫川の態度は幼過ぎる」

「………」


否定はしない。
いや、出来ない。




「ま、いつ自覚するかな」

「………」


いつの間にかパンを全て食べ終わっていた佐倉は、伸びをしながら立ち上がり携帯を開いて時計を見た。


「じゃ、教室戻るわ」

「ん、俺も」



普通科と特待学科は校舎が違うため、姫川は向かって左にある廊下から、佐倉は中央の階段から帰ることになる。




「じゃあまた部活でな」

「おー。……佐倉」

「ん?」


歩き始めていた佐倉を呼び止めると、姫川は少し照れたように俯いていた。


「……ま、また…昼飯一緒に食べような」


「………ん」



ニコリと笑うと、そのまま校舎に入っていった。







「……このまま自覚…しなかったらいいんだけどな」



賑やかな廊下に戻り、佐倉は笑いながらも少し辛そうにボソリと呟いた。




あれから二週間が経った。
あの日、智希と有志が親子の一線を超えてから。


普通、のように周りは見えるかもしれない。
いつもの仲の良い親子に見えるかもしれない。


しかし二人の関係は、少しずつだが狂い始めている。
この関係が続き、ある日突然どちらかが別れを告げるのか。

どちらかが、さらに求めるのか。





不安定なままの二人、この関係にヒビを、そして崩壊を導いたのは、一本の電話だった。
















『プルルルル…』







金曜日の夜、智希は夕食を作り終え今日は遅くなる有志をリビングで待っていた。
特に興味のあるテレビがあるわけではないが、有志が帰ってくるまでの少しの間暇を持て余す。



そこへ家の電話が鳴った。

『プルルルル…』


時計を見れば夜の8時15分。
友達や有志なら携帯に連絡するため、勧誘だろうか。


『プルルルル…』



電話の鳴り響く音に引き寄せられガチャリと取ると、よく知る声だった。



「はい」

『もしもし、泉水さんのお宅ですか?重里と申しますが』

「重里さん?」

『あ、智希くん?』

「ども」


声の相手は有志の会社の部下、重里だった。
有志とは直属の部下に当たるため、よく有志との話に出て来る。



「すみません、父はまだ帰ってきてなくて…」

『あーそうなんだ。いや、実はね、泉水さんディスクの上に携帯忘れて帰ったみたいで…』

「まじっすか」


あの人結構おっちょこちょいだからな。
そう思いながら智希は微笑み、電話台に軽く腰をかけながら口を開いた。



「明日休日ですしねー」

『だろ、あれだったら俺家まで届けるし』

「そんな、悪いっすよ」

『いいよいいよー。泉水さんにはいつもお世話になってるし』

「あー…。そういえばこの間も。酔っ払いを送ってくれてありがとうございました」


社交辞令だが、あそこまで酔っ払ってくれなかったら有志と結ばれることは出来なかっただろう。

有志があの日の事を一切覚えていなくても、あの肌の温もりは一生忘れない。



『あー。なんかあの日、あの後凄かったらしいね』

「?父さんから聞いたんですか?」

『うん。月曜日げっそりしてたから聞いたら、とんでもない事をしてしまったーって言ってたよ』

「………」


ドクン。
心臓が跳びはね、台にもたれていた体制が気付けば仁王立ちで受話器を握りしめていた。



「…とっ…とんでもない事…って……?」

『なんか、そこまでは教えてくれなかった。でも相当ヘコんでたよー』

「………」


ドクドク…



『相変わらず、ベロンベロンに酔っても記憶だけはしっかり残ってますもんねーって言ったら、ほんと泣きそうな顔してたよ』


ドクドクドク…



智希の心臓は壊れてしまうのではないかと思うほど鳴り響いている。


まさか。




記憶は…ある?






『あれだけヘコんでたから、二次会で出たご飯全部出ちゃったのかなーって思ってたんだけど…やっぱそうなの?』



智希の気持ちなんて知るわけもなく、重里はケラケラと笑いながら声を響かせている。


智希は、もう。





「……ごめん、重里さん」

『ん?』

「たぶん父さん凄く気にしてるみたいだから、俺にその事話したって、言わないであげて」

『わー流石智希くんだなぁ。しっかりしてるね』

「はははっ…」




智希は、もう。
力が抜け床に崩れ落ちていた。

























「ただいまー」


シンと静まり返る玄関。
明かりは着いているため、智希は帰って来ている。
しかしおかえりの返事が聞こえない。


「?」


部屋にいるのかな。
有志はそれほど気にせず靴を脱ぎ中に入ると、台所にはしっかり用意された料理を確認した。



やっぱり部屋かな。


ネクタイを緩めボタンを外しながらソファに鞄を置くと、カチャリとリビングの扉が開く音が聞こえた。



「……おかえり」

「ただいまー。……?どした?元気ない?」

「………ううん、今まで寝ちゃってて」

「?そうか」



なんだろうか、違和感を感じる。



「ご飯は?」

「食べるー。ごめんな、遅くなって」

「…ううん」

「……智?」



台所に行きご飯をよそう智希に声をかけた。
寝起きの声、と言われればそう取れなくはないが。
なんというか、魂が抜けているというか。



「なに?はい、ご飯の用意できたよ」

「あっ…う、うん」



茶碗を持って振り返った智希の顔はいつも通りだった。
微かに目が虚ろな気がしないでもないが、部活終わりで疲れているのだろう。
そう思うようにした。



背広を脱いで鞄と同じくソファにシワにならないよう置く。
シャツのボタンを2個外しスーツ姿のままテーブルに座ると、温め直してくれた肉じゃがとから揚げを見つめ手を合わす。

いただきます。そういうと茶碗を持って一気に食べ始めた。



「……急ぎすぎじゃない?」

「だって残業だったからさーお腹空きすぎて気持ち悪かったんだー」


どっちか親なのか。
セリフだけではわからない。






智希は向かいの席に座り肘を付きながらクスリと笑った。


「あれ、そう言えば智は飯食べたのか?」

「あー、うん。ごめん俺もお腹空きすぎて先食べちゃった」



嘘だ。
食欲がないんだ。



「そうなんだ。っていうか全然先に食べてていいんだからな」

「………ん」

「………」




やっぱり、おかしい。
肘をついて優しく目尻を下げ見つめる瞳は変わらないけれど、何かが違う。



何か。


何か隠してる?








「……父さん」

「ん?」



モグモグと口一杯におかずとご飯を含んでいるためとても情けない。
口端にご飯粒、まではいかないが、肉じゃがの汁が口端を光らせている。


智希はそれを愛おしそうに微笑むと、変化し始めた有志はドキリと胸が波打ち息を飲んだ。




「さっき部屋でさ、アルバム見てたんだ」

「アルバム?」

「うん」


突然の話に少し驚いたが、有志は嬉しそうに微笑んだ。

「俺も見たいなー。久しぶりにちっちゃい智希見たい」

「じゃあご飯食べたあと一緒に見ようよ」

「そうだな」


なんだ、やっぱり気のせいか。


智希の笑顔に安心して目尻を下げると、箸を動かし急ぎめで食べ始めた。



「そんな急がなくても待ってるよ」


智希が、笑う。


「早く見たいし」


有志が、安堵する。




「……母さんが死んでからの写真……小学校ぐらいのを見てたんだけど……」

「………そう…か……。でもあの頃の智が1番サイズ的にも可愛かったなー」

「どういう意味だよ」

「ははっ……。いつも、お父さん、お父さん、って……」

「………」



思い出しているのだろうか、箸の手が止まりじっと一点を見つめる。



「…昔から父さんのこと大好きだったもんな、俺」

「っ………そっ、そうだな。……二人しかいなかったし」



今ではその、好きの意味もわかる。




「…………だって昔父さんに、新しい母親いるかって聞かれて断ったぐらいだもんな」


「そうそう……。ってあれ?お前その事覚えてないって……」
























「……………やっぱりあの日のこと、全部覚えてたんだね」






「っ………!」
















時間が止まるとは、こういう事だろうか。






「とっ智っ……」




「覚えてたのにっ!!」



「っ……!」





生まれて初めて聞く、息子の怒声。










「っ……。嘘っ…ついてまで俺を拒否りたかったのか…よぉ……」


「智っ……!」



気がつけば箸は床に落ちていて、テーブルに両手をついて顔を伏せる智希を覗き込もうとした。

すると。




「触るな!!」


「ぃっ……!!」





差し出そうとした手は重く払われ、バチンと台所に響く。



微かに見えた智希の顔には、涙が見えた。






「全部なかったことにして、俺の気持ちを消そうとしたのかよ!」


「と…もっ…き…」




椅子を倒しながら立ち上がった智希は、震える有志を見下ろし生まれて初めて人に対して罵声を放った。



その、生まれて初めての人が、有志だなんて。





しかし、普段あまり怒らない人間が怒ると怖いというが。



智希はそれに当たるようだ。




有志は智希を見上げながら声にならない言葉を言い、涙を流す事しか出来ない。









「…大人なんか……卑怯だ!」

「とっ…智っ」

「俺は真剣なのに!こんなに……こんなにっ!」





言葉を詰まらせると、顔を手で覆い隠し喉を鳴らして辛そうに泣いた。
鳴咽混じりで、子供が泣き叫ぶように。

















「こんなに……大好きなのに…」





「っ………」









大好き。
言葉は幼稚だが智希にとって大切な言葉。




その言葉を聞いた有志は、息が出来なくなり眩暈がした。
テーブルに崩れそうになると、ガタンっと音が聞こえ一生懸命意識を呼び起こす。



「っ……!智希?!」




視界がはっきりした頃にはもう、智希はリビングを飛び出していた。




「っ…待って!待って智希!」




有志も急いで玄関に行き靴を履き終えた智希を呼び止めようと手を伸ばすと、あと一歩の所でスルリと抜けられ扉が開く。




「智っ……!!」



「……友達んち泊めてもらってくる……月曜の朝には帰るから」



「っ……智希ぃー!」






バタン。








泣き崩れる有志を一度も見ることをせず、この真夜中を、暗闇を駆け出していった。





暗闇の公園。
時間は夜9時を回ったところだろうか。
もちろん、人なんていない。


いるのは、声を枯らしベンチに座ってうな垂れる、智希一人だけ。




「………」


もう、溜息も出ない。
こんな夜中に一人ベンチに座っていたら、誰かに通報されてしまうかもしれない。
しかし足が動かない。

かれこれ30分ほどそこにいた。



持ってきたものは携帯のみ。
無音に設定している。

カチカチとサブディスプレイが光を映し出し、着信があったことを告げているが。
何もせずそのまま放置。


有志からだ。


着信は5回ほどあっただろうか。
携帯を会社に忘れているため、留守電が入っているだろう。

虚ろな目のまま、携帯を開けた。


不在着信8件、留守電有り。


再生ボタンを押す。




『ピィー。一件目』

『………ちゃんと話がしたい。戻ってきて』

「………」


智希の心には響かない。
自動的に2件目が流れる。


『お願い、どこにいるかだけでも教えて』


「………」


やっぱり、響かない。






すると今度は手馴れた手つきでボタンを操作し始めた。
カチカチと電話帳を開き名前を「あ」から見ていく。


「………」

真藤のところで手が止まるが、一瞬考え込みやっぱりダメだとカーソルをどんどん下げていく。


あいつんち、弟とかいるし。

一通り電話帳を見終わると、本当に仲の良い親友と呼べる人物がいないことに気が付いた。


あーあ、もっと友達作っておくんだった。


いらなかった。
友達なんていらなかった。

有志さえ、父さえいればいらなかった。



目を閉じ深呼吸すると、無音の中から微かに遠くの車音が聞こえる。



父さん、泣いてたな。



あの人の顔を思い出すとまた、涙が溢れてきた。


ずるい。
大人なんてずるい。


俺を、だましてた。



ずるい。
ひどい。












でも、まだ、好きで好きで、仕方ない。











「…………」



智希は目を開け体を起こすと、再び携帯を操作し始めた。
目当ての人物を見つけるが、少し戸惑う。



「………ごめん」


その名前を見て、謝った。



カチ。

通話ボタンを押す。



プルルルルル…


コール音が鳴り始める。
その途端、急に緊張し始めた。

電話をかけたはずなのに、取ってほしくないと思ってしまう。



「………」

プルルルル…


『はい』


その電話の主は、意外とすぐに出た。
なにを話そうか。考えていなかった智希は少しどもり言葉を濁す。


「あ…えっと…」

『……こんばんは』

「………こんばんは」


相手のほうが、余裕がある。


「……ごめん、急に」

『いえ、大丈夫です』

「………ごめん」

『?』


受話器を握る手が段々震え、声さえもこもり聞き取りにくくなってきた。
それでも、今この電話を切ることは出来ない。
お互い。









「………ごめん、佐倉」
































「いらっしゃい、どうぞ」

「……お邪魔します」

「家、わかりました?」

「あ、うん」


智希はその後、佐倉の家にきた。
事情は話せなかったけれど、ちょっと家を飛び出して、と言うと、佐倉はとても優しい声で智希を家に招く。

「でも本当にいいのか…」

玄関に入り靴を脱ぐと、佐倉に手を引かれ2階へと上がって行く。
どこにでもあるような、普通の一軒家だ。


「全然。ここ、母方の祖父んちなんですよ。今は祖父と俺しか住んでないんで」

「そういやお前んち県外だったな」

「はい、先輩に会うために今の高校にしたんで」

「………」


ニコリ。
先に行く佐倉は振り返りながら智希に笑いかける。
どうしたら良いのかわからず智希は目を反らした。


「さっき祖父に先輩泊めてもいいかって聞いたら、全然構わないよって言われた」

「…気に入られてんだな」

「まぁ、日ごろの行いがいいから」

「………」


日ごろの行いがいい子はそんな卑猥な笑いしません。



「はい、ここが俺の部屋」

「……お邪魔します」


2階には部屋が2つあった。
佐倉の部屋は階段上って右側らしい。

「こっち?」

「はい。そっちは倉庫として祖父が使ってるみたい。祖母が亡くなってから趣味は専ら骨董品みたいで」

「……へぇ」


その倉庫として使われている部屋の扉を見つめながら、佐倉に背中を押され部屋に入った。



バタン。
扉の音が聞こえると同時に智希の背中も熱くなる。



「……先輩…」

「………」


佐倉が背中から手を回し抱きついてきた。
立ち尽くす智希はどうすることも出来なくて、ただ立っているだけ。

回された手を取ることも、払うことも出来ない。



「……俺ね、めちゃくちゃ嬉しいんだ」

「………」

「先輩が…俺んとこきてくれて…」

「………利用、してるだけかもしれない」

「それでもいいよ。思い出してもらえないよりずっといい」



ほどよく筋肉のついた佐倉に抱きつかれ、正直女の子のように気持ちが良いとは思わない。
しかし、安心する。

心底愛されているんだと思ったら、安心する。




「……なんで…俺なんだよ」

自分のお腹の所で交差されている佐倉の手首を掴むと、振り払うわけでもなくぎゅっと握り締めた。
言葉は少し、辛そうだ。



「……先輩だから、好きなんですよ」

「…こんな最低な奴?」

「先輩がどんなに最低でも、俺は好きですよ」

「……嘘だ」

「本当に」

「嘘」

「本当」



まるで、子供の喧嘩だ。
愛おしそうに智希の背中に頬をすり寄せ何度も本当と答える佐倉。



「……本当に?」

「うん、本当に。先輩がどんなにひどい人でも…殺人犯でも好きですよ」

「…………」



智希はぎゅっと唇を噛んだ。
吐き出すことの出来ない感情がどんどん溢れ出てきて、遂には爆発してしまいそう。


「……教えてやる」

「…先輩?」


佐倉の手首をぎゅっと掴み自分から引き離すと、まだドアの前で立ったままの二人は見つめ合う格好になった。
真剣な眼差しで見下ろすと、ゴクリと佐倉の喉が鳴る。









「俺ね、父親と寝たんだ」








「…えっ?」








掴まれた佐倉の腕は強く握られているためジンジン痛む。
しかし、その痛みも忘れるほどの言葉。



「義理とかじゃねーよ。本当に血が繋がってる父親と、俺はセックスしたことあるんだ」

「………」


佐倉は、声が出ない。



閑静な住宅街、時間も夜10時前だ。
車の音も一切聞こえず、時計の音と微かにお互い自分の心臓音だけが聞こえる。







「……気持ち悪い…だろ」



智希は目を伏せ自嘲気味に笑うと、佐倉の腕を離しフラフラと床に崩れ落ちる。
蛍光灯の明かりが智希を写しているというのに、周りは真っ暗に感じられた。




「……気持ち悪く…ないですよ」

「いいよ、無理しなくて」


とても冷たく、サラっと奏でる。



「中学の時ね、じいちゃんに嘘ついて戸籍見せてもらったんだ。ちゃんと、親子だったよ」

「…………」

「養子とか…ちょっとだけ期待したんだよねー…」

「………」


正直言うと、まさか、と佐倉は思っている。
まさか。



「……先輩の言ってた叶わない恋って……」


「………本当の父親のことだよ」


「………」



床にあぐらをかいてうな垂れる智希を上から見下ろしながら、佐倉はそのあとの言葉が出てこない。
衝撃的。まさに衝撃的だ。




「…自分の父親に欲情して……セックスもしちゃってんだぜ……まじきもい…」

「その関係は…続いてるんですか?」

「……いや、一度だけ」

「………お互い、後悔してるんですか」

「俺はしてないよ」

「………」





時計の音が段々煩く感じられてきた。



「…でもあの人は……ひどく酔っ払ってたから…最初…全く覚えてないって……」

「………」

「…父さんが覚えてないって言うなら……仕方ないって思った…凄く辛かったけど、それでも一度だけでも父さんを抱けたんだって思ったら……それだけで幸せだった」

「………」


涙声に、なる。


「でも…本当は…ちゃんと覚えてて……俺の気持ちも知ってて……なのにずっと隠してて……」

「………先輩」



誰にも相談したことがなかったことを今、生まれて初めて他人に話している。
そう思ったら智希は涙が止まらなかった。

涙声に気づき佐倉もしゃがみ込むと、そっと智希の背中に手を回し抱きしめた。

暖かい。
智希の口から出てくる言葉は、同じ言葉ばかり。


「………俺は…忘れてしまってても…いいって思ったんだ……」

「……うん」

「………父さんを抱いたのは本当の…ことだし……また俺が…父さんへ思いを我慢すればいいだけだ…って…」

「うん……」


子供をあやすように佐倉が背中をさすってあげると、何かが外れてしまったのか一方的に話し始めた。


「でも…父さんは覚えてて……俺が父さんのこと好きなのも…わかってて……」

「……うん」

「ずっと……黙ってたんだ…」

「……うん」



智希は大人なんかじゃない。
まだ17歳だ。

しっかりしていると言われるような行動も、父に褒めてもらえると思っているからで
自分が褒められると父が褒められているように思うからで。


智希から有志を取ったら、何もない、本当にただの子供なのだ。







「………拒否するなら…そう言葉で言ってくれればいいのに…」

「……先輩…」

「…ずっと黙ってるだけなんて……知ったときめちゃめちゃ辛いじゃんか……」

「………」


愚痴、など一度も言ったことがない。
周りから模範生だと言われ、勉強もそこそこ出来て、スポーツも万能。


でも今の智希はとても小さく、情けない。


有志という存在を失いかけているからだ。






「……先輩、シよう」

「え…?」

智希の肩を掴み顔を覗き込むと、眉を垂らし目じりに涙を溜める頬に軽くキスをした。


「シよう、セックス」

「ばっ……お前のおじいちゃんいるんだろ!」

「絶対上がってこないよ。しかもこの時間だともう完璧寝てる」

「なっ……おい!」


智希を無理やり引っ張り立たせると、すぐ隣にあったベットに座らせた。
抵抗しようと試みるが、下に佐倉の祖父が寝ていると思ったら大きく暴れられない。

「まじっ…やめろって!」

「大丈夫ですって」

「ちょっ……佐倉!」



ベットに座らせて自分は床に膝をつくと、器用に智希のベルトを外し始めた。
カチャカチャと音を立てて簡単に外していく。

「なにしてっ」

「……先輩の、久しぶり」



まだ反応していない智希のソレを下着の上から触ると、嬉しそうに口付けた。
智希の体がビクリと飛び跳ね背筋が凍りつく。



「……おい…まじかよ」

「……いただきまーす」


少し冗談ぽく智希を見上げなら口端を上げると、トランクスの中から出てきたまだ萎えているソレを口に含んだ。


「っ…くっ」


ねっとりと熱い舌が絡まり、ジュルっと音を立てて吸い上げられていく。
智希はベットに手をついて声を抑えるけれど、その巧みな舌技に段々視界がぼやけてきた。
もちろん、それと比例して智希のソコも重みを増していく。


「…っ…はぁ……先輩のっ……んっんっ」

「…お前…エロすぎ」

「男はみんなエロいですよ」

「っ……ぅっ……」


形が段々変わってきて、上を向き始めた先端に舌でつつくと、急にガシっと佐倉の頭を掴んだ。


「……ココ、気持ちいいんですか?」

「……るせ」


息が乱れてきた。




下から見上げる先輩はとても綺麗。




うっとりしながら肩で息をする智希を見つめソレを一気に口に含むと、喉を鳴らしながら奥で愛撫し始めた。


「んっんっ…んんっ」

「っ…っ……やば…」

佐倉の頭を掴む手が強くなり微かに震え始めると、智希は息を飲んで無理やり佐倉を引き剥がした。



「っ……えっ…なんで」

「もう…ほんと…やばいから……はぁ…」

「……口ん中、出してよかったのに」

「……あほ」

「先輩の飲みたかった」

「………」


なにを言っても無駄だ。
そう思った智希は大きくなったソコを無理やりジーパンの中に押し込みベルトを閉めはじめた。





「えっ…ちょっと、それどうするんですか」

「……どっかの公園で抜いてくる」

「バカ言わないでください」

「ちょっ…わぁ!」


立ち上がろうとする智希の腰を掴んでベットに倒れさせると、再びズボンを脱がし今度はベルトを一気に引き抜く。



「なにするっ!」

「今更、俺とは出来ないとか言わないでくださいよ」

「………」



図星、か。



段々腹が立ってきた。

佐倉は抜き取ったベルトを使って智希を後ろ手で縛ると、すぐまた寝転ばせて上から馬乗りをした。


「おっおい!なに縛ってっ…」

「こういうの、あんま趣味じゃないですけど、先輩があまりにも情けないからさせてもらいます」

「…情けないって言うな……」


今一番言われたくない言葉かもしれない。




「そんなに俺としたくないなら……俺を先輩のお父さんだと思えばいいんです」

「えっ……」


その言葉に驚き佐倉を見上げると、すぐ視界が真っ暗になった。
目隠しを、されたらしい。


いつの間にか佐倉はネクタイを持ってきていて、それを智希に巻いて視界をシャットアウトさせた。

手を縛られ目隠しもされ、このままでは自分の貞操が危ない。
こんな状況で智希はそんなことを考えていた。




「っ……先輩は…俺のこと……んっ……お父さんだって…んっ……思ってくださいね」

「………佐倉?」





真っ暗な視界の中、佐倉の言葉の中に熱っぽい声も混ざっている。
それに若干、揺れているようだ。


まさか。

そう思った時、卑猥な水音が聞こえた。


クチ、グチッ。



「おっ…お前まさか…」


「んんっ……先輩のっ……舐めてたから……俺のももう凄いことなになってる」


佐倉はズボンを脱いで下着も取っていた。
すでに勃っている先端から自分の白濁の液を取って唾液と混ぜ、蕾に塗り奥をほぐしていく。




全く動けない。
とういうわけではなかった。

しかし多感な高校2年生。
ゴクリと生唾を飲み体を凍らせてしまう。



「……はっ…あっ…んんっ…んっ」

「……佐倉…お前…」

「…んっ…今ね、指が2本入ってますよ」

「………」


わざとだろう。
煽るように水音を大きくたて中を乱暴にほぐしていく。

智希の胸に手をついて腰を浮かせると、反り返っている智希のソレを掴み跨いだ。


「っ………」

「………先輩」

「………」


智希のソレはもう先走りで濡れていて、切なそうに揺れている。
佐倉はソレを掴み何度か擦ると、自分の蕾に誘導させ入り口にぴたりとくっつけた。


「っ………」

「んっ………先輩…先輩のお父さんは…」

「えっ……」


突然の言葉に思わず声が漏れる。


「…先輩のお父さんは…先輩のこと……なんて呼んでるんですか」

「………と…智」






「……んっ……あっ…智」


「っ…!!」



艶っぽい佐倉の声。
粘着音とともにゆっくり、智希が挿入されていく。


「……はぁっ……智…の…大っ…き……から……あっ」

「……っ…」


声が似ているわけではない。



「先っぽ…しか…入らなっ……んっ…智ぉー」


有志はもっと、佐倉より華奢だ、



「……あっ…半分…智のが……あっ…入って…くるっ……あっ」




しかし人間とは単純な生き物で。





目隠しが全て、幻覚を作りだす。






「っ……と……さん」

「……んっ……智」

「……っく………父さん!」


「あっ…あっ……そんなっ…いきなり…智っ!」


グン、下から突き上げる。
その瞬間佐倉の体が浮きあと少しで完全に入るところだった智希のソレが、一気に流れ込んできた。


佐倉はいきなりの衝撃と強い快楽に眩暈がし倒れそうになるが、両手を智希の胸について膝を使い踏ん張る。
しかし、スイッチが入ってしまった智希は手を結ばれ目隠しをされたまま、本能のまま動き出した。



「っ…くっ……父さん…とっ……っ」

「あっあっあっ…あっ…んんっ……ぃっ…あっ…凄いっ…あっ…」


祖父は起きてこない。
と言ったものの、あまりの智希の激しさに声が止まらない。

佐倉は急いで枕を取り自分の顔に押し付けると、ゆらゆらと揺れながら必死に息を殺した。
でも、智希の暴走はさらに激しくなるばかりだ。



「っ……くっ……っ…ぅっ……」

「んんっ…んっ…んっ」


激しくペースを落とす事無く突き上げ、智希の上で踊るように上下する佐倉の下半身をどんどん攻め立てていく。

折角声を押し殺しているというのに、二人の結合部分から漏れる卑猥な水音と肌のぶつかる音が深夜の部屋を響かせていた。


「んっ…んんっ…んっんっんっ……はっ……気持ちっ……」

「……と……父さっ…ん……っ」


自分の名前ではないけれど、それでも構わない。
今この人は俺を抱いてくれている。

佐倉は枕をベットの下に落とし再び智希の胸に手をつくと、突き上げられると同時に自分も腰を振り始めた。
パン、パン、と。さらに肌の音が高くなる。


「……んっ…智っ……智ぉー」

「あっ…父さ…んっ…父さんっ……」

「智…あっ……智っ…あぁっ…んんっ…気持ちっ……気持ちいいっ……気持ちいいよぉ……智ぉー」


何度も、何度も。
智と叫ぶ。

下に祖父がいなかったらもっと大きな声を出したのに。
それでも佐倉は精一杯限界の声で名前を呼び続けた。


自分の名前が呼ばれることはないけれど。






「……っ……父さんっ…んっ……父さん」

「智っ…智……好きっ…あっ…好き」

「……俺も…俺も……父さんが……好…き……父さんだけで……他は……」

「……っ…っ」

「……他は…何もいらない……のに……」


「…………智」





交差することのない熱い想いは、精を吐き出すことは出来るけれど
それが終わりではないわけで。




























バタン。
ガチャ。


玄関が閉まり、鍵がかけられた音が聞こえる。
有志だ。

「………」


この世の終わりと思うほど暗い顔をしながら帰ってきた。
智希を探しに行っていたのだ。

部屋やリビングに携帯はなかったから、ちゃんと持って出たのだろうけれど。
財布は置いてあった。
本当に友達のところに行っているのだろうか。

繁華街になんか行っていないだろうか。


不良達に絡まれていないだろうか。



事故にあっていないだろうか。







もう、嫌われてしまったのだろうか。








靴を無造作に脱いで上がると、大きく溜息を付きながらリビングへ向かった。
顔を上げることができずうつむいたままソファに倒れるように座る。







「……はぁ」



重く暗い溜息が。


すると家に電話の音が響いた。





プルルルルル…



「っ!」


携帯ではない。
家の電話だ。



「…もしかして携帯どっかで落として…?」


友達の家から電話をかけてきてくれたのかもしれない。
そう思って有志は勢い良く立ち上がると、玄関近くの電話置き場へ走った。


プルルルルル…


プルルッ
「もしもしっ」

少々、息が荒い。


『あ、やっと繋がったー。泉水さんですか?』

「っ………重里か」

『はい、お疲れ様です。さっきからずっと電話してたんですよー』

「…ご、ごめん。ちょっとコンビニ寄ってて」

『あれ、智希君は?』

「う、うん。ちょっと今お風呂入ってんだ」


智希ではなかった。
部下の重里だ。

ショックのあまり力が抜け床にしゃがみこんでしまう。

『そうなんですかー。じゃあもう聞きました?』

「?なにを?」

『さっき、30分ぐらい前に電話して、その時智希君が出たんですけど』

「………」

なんだろう、なにか嫌な予感がする。



『泉水さん携帯忘れてったでしょー。それを智希君に伝えといてねーって話したんです』

「あ、やっぱ会社にあったのか……。…話したのはそれだけか」

『え?いや、二次会の日の話をちょっと…あ』

「二次会の日?」

『なんでもないです』



サーっと背筋が凍っていってしまう。
まさか、智希は重里から何か……。


「言え。上司命令だ」

『ひどいっすよー』

「重里」

『………はい』



上司の低い声は、とても効果がある。


『二次会があった次の月曜日、泉水さん体調悪そうだったって話してー』

「それだけか?」

『………えっとー…なに言ったかな……。あ、泉水さん酔っ払っても全部覚えてますもんねーって話ししたんだって……』

「…………」



そこで…気づいたのか。



有志の沈黙で、重里はとんでもないことをしてしまったと思ったのだろう、慌てて受話器を落とす音が聞こえた。


『ご、ごめんなさい俺っ…なんか悪いこと言っちゃったみたいで…』

「……あぁ、違うよ。そういうんじゃない」

『でっでも』

「本当に……重里は何も悪くないよ」



悪いのは、この俺なんだから。


「携帯は月曜日でいいよ。俺の机に置いておいて」

『はい……』

「大丈夫、怒ってないよ。ちょっと気になったから聞いただけだ」

『そうです……か?』

「うん。じゃあ、悪いな、こんな遅くまで」

『いえ!それでは智希くんにも宜しく伝えといてください!』

「あっ…あぁ」

『?では、失礼します』

「ん」


智希の名前を聞いた瞬間どもった有志に少し違和感を覚えたが、重里はすぐ電話を切った。

有志も、力なくゆっくり受話器を置く。



「…智……智希……智……」


壁にもたれ虚ろな瞳で天井を見上げると、涙が止まる事無く溢れ始めた。



「……智…智……ごめん……智……」





それから
智希は連絡も返さないまま
月曜日の朝まで帰ってこなかった。



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