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「最近わがままになってる気がする…」

「噂の彼女ですか?」

「あ、う、あ、うん…」


顔を真っ赤にして頷きながら目を伏せる。
恒例となった昼ご飯を食べながら重里に智希の相談をする時間。

重里は有志の悩みの種が若い彼女だと思い込んでいるのだが。


「泉水さんて、好きな相手にはとことん尽くしちゃうタイプ?」

「そう…なのかな」

「奥さんとはどうだったんですか?」

「沙希と?んー沙希はなー俺がいなくてもなんでも出来たからなー。どっちかっていうと頼ってた。まぁ10代の結婚だしな」

何もない天井を向いて苦笑した。
その表情を見て重里は思わずしまった、と思った。


15年以上も前のことだけど、それでも死別した奥さんの話はきっと辛いよな…。
ずっと智希君一筋だった泉水さんがやっと新しい恋を見つけたというのに、何辛い過去を思い出させてるんだ俺!


と、思う重里だが、智希一筋は全く変わってないのである意味心配損だ。


何より、有志にとって妻の沙希は辛い過去ではなかった。


智希を残してくれた。


色あせず綺麗なままの彼女は今でも鮮明に思い出せる。

もちろん、15年歳をとった沙希に会ってみたいけれど。


「前まではね、そんなことなかったんだ。むしろ全然ワガママ言わない良い子だったんだけど…」

「良い子とか言うと犯罪の匂いしますよ」

「あ、うん……」

まぁ、犯罪起こしてる…ことになるんだよな…。

「結構前から知ってる子なんですか?」

「あーうん」

お腹にいる時から。

「でも付き合いだしたのは最近ですよね?」

「うん」

「若いし、大人の付き合い方ってのを知らないんじゃないですか」

「大人の付き合い方…」


正直、有志にもよくわからないのだが。


「好き好き言うのが恋愛って思ってるのかもね。好きだから許される、許してくれる、みたいな」

「…………」

「で、実際泉水さんが許しちゃってたら意味ないでしょ」

「そうなん…だよなー…」


なかなか痛い所を突かれて思わず大きな溜め息が出た。
机に突っ伏して項垂れる。


「怒ったことは?」

「あ、る…」

「でもそんな堪えてないんじゃない?」

「たぶん」

「じゃあもっと怒らないと」

「だって怒るの苦手なんだよー」

「俺にはよく怒るじゃないですか」

「仕事とプライベートは違うだろ!それに…ワガママ言われて嬉しいとか思ってしまうんだ!」

「わー激甘ー」


胃がもたれる。

重里はうんざりしながら昼食のオムライスを食べ終えた。
有志も愛息弁当を存分に味わいながら完食すると、いつものコーヒーを重里に渡して立ち上がった。
もう10分もすれば昼休みが終わる。

「でも、泉水さん」

「ん?」


貰ったコーヒーを会釈して開けると、一口飲んでいつもよりトーン低めで有志を呼ぶ。
だいたいチャラけている重里なのだが、今は真剣のようで思わずゴクリと生唾を飲んだ。


仕事の時もここまで真剣になってくれればいいのに。


「なんか言いました?」

「なんも。で、なんだ?昼休み終わるぞ?お前一服行くんだろ」

「あ、はい…………」

「……?」


重里は言葉を選んでいるようで、何度か目をパチパチと動かし首を傾げ言葉を詰まらせた。

良い言葉が浮かばないのか、小さくため息をつきゆっくりと重く言葉を放つ。



「あまり流されすぎるともちろん相手に良くないし、何より泉水さんがひどく傷つくことになりますよ」


「…………あぁ、わかってる」


食堂の扉を開けて、表情重いままその場を後にした。




『好き好き言うのが恋愛って思ってるのかもね。好きだから許される、許してくれる、みたいな』




まるで自分に対して言われてるのかと思った。


















「泉水智希ー」

「…………」


フルネームを言われるというのは地味に気分が悪い。

部活へ行こうと廊下を歩いていたら、すぐ後ろから名前を呼ばれた。

少し不機嫌な顔で振り返ると、東條が手を振って笑顔で立っていた。


めんどくさいけど一応命の恩人だし。相談にも、乗ってくれてるし。

渋々立ち止まり体を東條に向けると、頭をポリポリかきながら一礼した。


「うす。これから部活なんですが…」

「そかそか頑張れよー」

近づいてきた東條は智希の真横に立つとニッコリ笑いそのまま智希を抜いて歩いていく。

「え、ちょっと」

「俺もこっちに用事あるから、歩きながら話そう」

「…………」


東條の後について、智希も歩き出す。


「で、いつ有志さん学校来るの?」

「は?」

「三者面談。来週からだろ。それに来るとしたら有志さんだよな?あ、もしかして代理でばーちゃんとか?」

「………教えません。ってか教えたくありません」

「そう言うなってー」


基本は、良い人だと思う。
だけど父さんのことが気になるとか言う人に父さんの情報流すかよ。

嫉妬に燃えた目で東條を見ると、わかったのか東條もあきらめの表情で溜め息をついた。


「…で、お父さんには俺が学校で働いてるって言ったのか?」

「…………」

「言ってないのか」

「…………」

「そのうちバレるよー」

「そ、そのうち言います」


むぅ、と口を尖らせ東條から目を反らすと、向こうから歩いてきた女子生徒が東條を見つけ嬉しそうに手を振った。

「先生さようならー」

「はいさようなら。気をつけて帰りなよ。家帰るまでが学校だよ」

「なにそれー」

ケラケラと笑いながら通り過ぎると、また別の生徒が東條に声をかけた。
どうやら人気があるようだ。


「好かれてんね」

「この年代はみんな大人の男が格好良く見えるんだよ」

「自分のこと格好良いって言った?」

「言った」

「うわー」


確かに東條は話しやすいし、声のトーンも落ち着いていて聞きやすい。

いいな、こういう大人。


「お前も、早く大人になれよ」

「な、なるよ!あと2年もしたら成人するし社会にだって…」

「そういうことじゃない」

「っ………」


声は大きくないけれど、芯のある強い声。



「年齢や体は普通に暮らしていれば大人になる。でもな、心は努力しないと大人にならないんだぞ」

「…わかって…ますよ」

「わかってたらいい」


身長は智希の方が高いというのに、くしゃくしゃと東條に頭を撫でられなんだか自分の方が何センチも小さく感じられた。

体は大きくても、心がまだ子供じゃ。

わかってる。
わかってる、けど。

父さんのことになると、どうしようもなくなるんだ。



東條は白衣のポケットに手を突っ込むと、複雑な表情をした智希を見つめ微笑んだ。



「じゃ、教える気になったら有志さんが学校に来る日教えて」

「教えません」

「大人になれってー」

「下心ありまくりの大人に教えるわけないじゃないですか」

「わっはは」


東條らしくない豪快な笑い方で少し淀んでいた空気を一蹴りした。
まだまだ高い太陽はサンサンとしていて、窓から零れる光がなんとも眩しい。

東條は太陽、まではいかないけれど、確実に光っていた、




…俺は?




ドロドロとした感情が押し寄せてきて、ブルっと身震いし目を閉じた。




「じゃ、俺はここで」

「はい」

「部活頑張れよー」

「はい」

「あと、お父さんに無理させるなよー」

「…………」

「はいって言えー」



ケラケラと笑うその背中を見つめ、智希は鞄をぎゅっと握りしめ体育館へ向かった。


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