『おたくのお嬢さんは躾がなってますねえ』
 はたけカカシに意味深なことを言われたので“何かあるな”とは思っていたのだ。


「殺す!! 殺す! ぜっっったいに殺してやる!!!」
 自室の襖を開けるなり、センリが物騒な台詞で出迎えてくれた。
 ダンゾウを殺したいわけではない。そのぐらいは分かる。この養女はダンゾウを神の如く崇め、猫のように愛でる。自分の孫ほどの年齢のキッズにネコチャン扱いされるのは甚だ不快だったが、矯正には至らなかった。何故ならこの養女は根気と時間と屁理屈があった。若い頃ならいざ知らず、人生の折り返し地点を疾うに越えた老人が純粋な体力勝負で若者に勝てるはずもない。そう言うわけで、この養女は“木ノ葉隠れの里の影の主”とまで言わしめたダンゾウをネコチャン扱いする。それ故十二歳のうら若き少女がネコチャンを殺したいと思うはずもなく、ダンゾウはネコチャンみたいな香箱座り(正座)で「なんで殺すって宣言されているのかニャ」と思っているのだった。
 ネコチャン──もといダンゾウが思案する間にも、養女は殺す殺すと喚いて涙を零している。
 養女が自分の寝室にいるのはいつものことだが、生来勝気な養女が涙を見せることは滅多にない。増して正式に下忍として登用されたばかりの夜である。まあ落ちたところで嬉々としてダンゾウに「やっぱり私、おじさまの直下で働きたい」と甘えるだろうから、逆に受かってしまったのが腹立たしいのかもしれない。しかし納得ずくで下忍になったのだ。やはり、ダンゾウには養女の殺意と涙のわけが分からなかった。っていうか泣きながら殺害予告することってなくない? ワシ、殺すって思ったらもう殺しちゃうとこあっからさ……(ミサワフェイス)などと考えてる間にも、養女は殺意を募らせている。ここで「じゃあ殺せば……」などと言おうものなら尚更面倒くさいことになるに違いない。人でなしの名をほしいままにしてきたダンゾウにも、そのぐらい分かる。
 ダンゾウは考えた。すごい声量でシャウトし始めた養女のためにも、医師から難聴気味だと診断された自分自身のためにも必死で考えた。そうだ、この反応は、前に目にしたことがある。

 あれは果たしていつのことだったか、確かアカデミーの低学年だった頃だ。
 ダンゾウが帰宅すると、まだ自分に引き取られて間もない、あどけない童女が自分の布団のなかで号泣していた。やはり今日と同じに、殺すと品のない呪詛を喚き散らしながら。
 無論、ダンゾウは子どもの駄々に付き合う趣味は持っていない。例えその“子ども”が養女でも、ダンゾウには関係ない。どうせ人間は、泣きわめくだけでは死なないのだ。泣きたいだけ泣かせてやれば良い。わあわあと号泣する養女が嫌になってピシャンと襖を閉めたのも、今となっては懐かしい思い出だ。尤も三時間後の帰宅TAKE2でもまだセンリは泣き止んでおらず、根負けしたのはダンゾウだった。疲弊がダンゾウの根気を負った。渋々といった様子で自分の話を聞く養父に、センリは鼻にかかった声で精緻な殺害予告を披露してくれた。センリはハイスペック完璧人間を気取るくせ、他人と真っ当なコミュニケーションを取ることが出来ない。ダンゾウは、養女よりかはまだ社会性がある。それ故、彼女がまともに交流出来る人物が自分とフー、そしてヒルゼンの孫・木ノ葉丸の三人きりだと承知していた。まあ、センリからペットか玩具ぐらいにしか思われていないことを鑑みると、木ノ葉丸をカウントしていいのかは謎だが、とりあえずカウントしておこう。
 尚、その三人とも親愛関係を築けているわけではない。木ノ葉丸はセンリを苦手視しているし、フーは、フー個人は比較的好意でもって接してくれるのだが、当のセンリが彼を毛嫌いしている。
 養女の社会性が一向に育まれないのも頭が痛いが、“根”の人間にキツく当たるのにも困らされる。何より、センリはフーにそれなりの恩があるはずなのだ。センリが幼少時から霊化の術を使えたとはいえ、所詮児戯の範疇である。それを実用レベルに鍛えたのは、同系統の術を扱うフーである。繰り返し態度を改めるよう叱りつけても、何故なのかフーが折れてしまう。フーから「オレは気にしてませんし、必要であれば親しく振る舞うことも出来ます」と言われてしまえば、ダンゾウもセンリの性根を叩きなおそうと思えなかった。フーの言う通り、ダンゾウがきっぱり「フーへの態度を改めなければ縁切りだ」と言えば、表向きは改めるだろう。それは病根を深くするだけで、根本的解決には至らない。センリは、自分より優秀でダンゾウの役に立つ人間が嫌いなのだ。本当に、もう、いっそ清々しいまでに堂々とした態度で嫌う。なんかもう如何でも良くなってくるレベルに幼稚なやり方で嫌う。人間が出来ているフーが「気にしてません」と言うのも当然である。それがまたセンリには気に食わないのだから、パワフルな奴だと思う他ない。九尾の子どもと言い、チャクラ量の多い奴は何故こうも騒がしいのだろう。五時間近く減らず口を叩いても、畳の上を転がりながら号泣していても、そのすぐあとにはケロリとしている。心底逞しい奴だ。
 で、あれは何で騒いでいたんだっけ。養女に全然興味がなくて聞き流していたから覚えているはずがないのだ。いや、フーだ。確かフーを殺す殺すと喚いて、それ以上のことは分からない。


「おじさまあ……!」
 いつの間にかダンゾウの足元に這ってきたセンリが媚びた声音で着物の裾に縋りつく。
 急に可愛い子ぶったからと言って先ほどまでの乱心がなかったことになるわけでもないのに、ご苦労なことだ。まあ声量が落ちたのは有り難い。センリは演技っぽい嗚咽を漏らして泣いた。
「はた、はたけカカシ、ころした、ころしたい。きらい。ころす。あ、あの無能」
「……少なくとも、下忍に無能呼ばわりされるほど使えない男ではなかろう。嫌うも殺すもお前の勝手だが、霊化の術で憑り殺すことが出来ない以上はお前に万に一つの勝ち目もない」
「あのボンクラ、センリのこと、何も知らない子どもみたいに!!」
 何も知らない子どもだろう。そう言ったところで堪える子どもではない。無駄に喉を酷使するのも嫌だったので、ダンゾウは押し黙った。センリを払いのけるのは簡単だが、帰宅TAKE2を試したところでこの養女はダンゾウに話を聞いてもらうまでグズグズと泣き続ける。何せ、センリはその祖母に似て執念深い。遠からずダンゾウが白旗を上げるだろうことは想像に容易い。
 そうだ。常日頃からセンリを軽んじるくせ、実際のところダンゾウはセンリに弱かった。“弱い”と言っても、センリに情があるとか、実子のように可愛く思っているわけではない。
 何を隠そう、この養女はダンゾウの昔の恋人の孫なのだ。

 恋人とはいえ、四半世紀以上も前に別れた女である。
 セックスどころか、キスさえしなかった。手を繋いで、二人で出かけた程度の仲だ。よく考えると、恋人と言っていいのかどうかさえ分からない。ただ当時のダンゾウは彼女が好きだったし、彼女もダンゾウが好きだったのだと思う。両想いにも拘わらず明確な“恋人”になれなかったのは、彼女が先祖代々から続く呉服問屋のお嬢様で、その商家は志村一族のパトロンだったからだ。大名家とも縁を結ぶ、火の国有数の商家の一人娘。ゆくゆくは婿取りをして、家を継ぐことになっていたのである。戦国時代から脱していたとはいえ、そんなお嬢様に一介の忍が交際を申し込めるほど、当時はまだ開けていなかった。それに、ダンゾウ自身も異性交遊にかまける暇がなかった。今もってして、あの女に告白もしないまま別れたことは悔いていない。その立ち居振る舞いや言動に対して繰り返し好意を抱こうと、“余計な荷物”としか捉えられなかった。はっきり言って、邪魔だったのだ。愚かなことに、うら若きダンゾウは“友だち以上恋人未満”の金づるに対して、胸の裡を打ち明けるのが最も誠実なことだと思っていた。何を悪いって、その“誠意”が悪かったのである。
 同い年で、六才の頃から何かと交友のあった幼馴染。異性であったが故に、どちらともなく恋情が芽生えた青春期にも月に一度は顔を合わせた。彼女が家の仕事を手伝うようになっては、やれ護衛だ盗賊退治だと言って、度々ダンゾウに任務を依頼した。そして互いに一端の“大人”になるやならずやというタイミングで、彼女は十年以上に渡る恋心を打ち明けた。ダンゾウの知る限り、彼女は同年代の誰より美しく、優しく、寛容で、淑やかな娘だった。その彼女が満開の枝垂桜の下で、愛を語るのである。それはもう、涙なしには語れない珠玉のロマンスであった。
 その脳内お花畑女に、ダンゾウははっきり言った。一般人にはこれ以上構っていられない。くノ一ならまだしも、お前は箱入り娘で、一人で家の掃除も出来ない。結婚は愚か、交際するのも無理だ。そもそも自分は二代目様の護衛小隊に属する身で、最早お前の依頼に応えている暇はない。二代目様の配慮があってこそ受け続けてきたが、これ以上は本分に差し障る。二度とオレを指名しないでくれ。富裕層に育ったお前には到底理解出来ないだろうが、人間、大人になれば多忙になる。増してオレは一介の上忍で終わる気はさらさらない。火影になろうと、なれなかろうと、隠れ里のために己の一生を捧げるつもりだ。長年に渡って期待を持たせたのは悪いと思っている。しかしお前も立派な許嫁を貰ったのだから、幼稚な恋に浸るのもいい加減にしておけ。
『これが、オレなりの答えだ。ありったけの誠意で、お前に応えた。分かってくれ』

 美しく、恵まれた生まれの恋人は、別離の翌年に何処の馬の骨とも知れぬ忍と駆け落ちした。

 ダンゾウに「くノ一ならまだしも」と言われたのが、そんなにも気に障ったのだろうか。彼女はまんまとダンゾウのホームグラウンドにやってきて、度々ダンゾウのメンタルを削って下さった。雨の日も風の日も雪の日も、毎日毎日ダンゾウの行動圏内に顔を出してチクチクと嫌味を漏らしていく。それはもう、センリの両親が「本当にお母さまはダンゾウ様と親しくていらっしゃるのね」と勘違いするレベルに絡んできた。薄情と言われようと、彼女が死んだ時は本当にホッとした。
 センリの母親は、あの邪悪な女の遺伝子はどこへ消えたのかと思うほど屈託ない女であった。しかし脳内お花畑状態だけは見事に遺伝して、愛娘の親権をダンゾウにブン投げたのである。
 この面倒くさい生き物がダンゾウの足に縋って泣いているのには、そういう背景があった。
 センリは、かつて自分の恋人であって祖母によく似ている。
 顔も声も性格も、嫌になるぐらい似ている。そしてダンゾウは幼い頃からずっと「弁えなさい」とか「お嬢さまがああ言ってるんだ」という周囲の言葉に負けて、恋人に従わされてきた。合理的判断を気取っているものの、センリに根負けしてしまうのは学習性無力感によるところが大きい。
 まあ、一応センリはその祖母よりはずっとマシである。何せ、怨讐と殺意を向けてこない。

 きっと、フーが不憫になるのは、彼がセンリを“お嬢さま”と呼ぶからなのだろう。
 兼ねてより「主従関係にあるわけでもなし、お前の方が年嵩なのだから尊称で呼ぶことはない」と言っているのに、改める気配はない。どうも多少の異性愛を抱いているようだが、何を如何したら自分に対して高圧的な態度を崩さないクソガキを好きになれるのだろう。しかもそのクソガキは夜毎養父の寝所に入り込んでるド変態なのである。“根”の御多分に漏れずフーもまた複雑な環境で育った子どもなので、センリに対する好意は何か歪んだ承認欲求の現れなのかもしれない。
 本来なら接点を作らないようにしたほうが良いのだろうが、まだセンリには師が必要で、彼女が霊化の術を扱えると知る人間は少ないほうが良い。それに、二人とも何か問題を起こしたわけではないのだ。ただなんかセンリが面倒くさいだけで、それだって、ダンゾウが本気で叱りつければあっさり堪えてしまう程度の“面倒くささ”に過ぎなかった。センリは、そういう子どもだ。

 わたし、何でもするわ。昔、センリの祖母が言った。何も要らない、とも。
 あなた以外は誰も欲しがらない。見返りも望まない。私はずっとあなたが好きよ。あなたが里に身を捧げるなら、里ごと愛するわ。何も、誰にも文句は言わない。ただ、あなたが好きなの。
 私を一緒に連れて行って。あなたと同じものを見て生きられるなら、何も要らない。
 自分が捨てた女が、自分より凡庸な男と連れだって歩く。その、唇をちょっと歪める程度の笑みに、男がのぼせ上がっているのがわかる。夫の話を聞き流しながら、腕の中で眠る娘をあやす。子守歌代わりの“忍の心得”。いつ覚えたの。そう問う夫に、かつての恋人は何も答えなかった。小さな子どもの頃から、ダンゾウの話を聞いていたのだ。当然のように、忍一族しか知らぬはずのことを覚えていた。嫌味を浴びせられている時も、嫌な気持ちになった。運命の恋に酔っていながら、勝手な女だ。あの一世一代の告白からたった数ヶ月で別の男に乗り換えてしまった。
 あなたが好き。泣きながらそう言ったくせに、奴は夫が死んだ翌日に首を吊った。何も知らない無垢な娘が、彼女の遺書を見せてくれた。なかにはただ一筆、「ありったけの誠意で、私は夫に殉じます」と記されていた。それが、彼女がダンゾウに残した最後の嫌がらせだった。
 何十年も前の言葉通り、彼女は全てを捨てて隠れ里にやってきたのだろう。木ノ葉隠れの忍であれば誰でも良いと、そんな自暴自棄な気持ちで結婚して、娘を一人産んだ。
 センリに初めて会った時、あの女は自分への怨嗟で生まれ変わったのかと思った。齢六才の子どもとは思えないほどしっかりした立ち居振る舞い、その何もかもが懐かしかった。

『ひとりぽっちでかわいそう。今日からセンリがおせわをしてさしあげますわね』
 うさぎのぬいぐるみを抱えたまま、幼女ははっきりと口にした。

 それはもう滅茶苦茶上から目線だった。二親を同時に喪ったばかりの子どもに有りえない上から目線だった。完全にダンゾウを下に見た発言であった。びっくりした。自分で米も炊けない幼女が、ウン十年も独りで暮らして来た家事全般こなせるオッサンの何を世話してくれるのか。
 荒事や謀では百戦錬磨のダンゾウも、昼ドラ展開への免疫はない。ダンゾウがぎょっとしてる隙をついて、センリは周囲の大人に母親の遺言について訴えかけ、あれよあれよと事が進んだ。気付いた時には既にセンリはダンゾウの寝室に片隅に巣を作り、我が物顔でうさぎのぬいぐるみを並べていた。良い年したおっさんの寝室で、見知った顔の見知らぬ幼女がうさぎのぬいぐるみ一家を紹介し出す。悪夢でしかない。ダンゾウには、もう、その血縁関係のない幼女に部屋を与えるしかなかった。そうすれば、少なくともうさぎのぬいぐるみ一家とは縁を切れるからだ。
 幾らシズネ以外に近縁がいないとはいえ、もっと他に頼るところがあったのではないか……シズネもシズネで、綱手の付き人などしてる暇があるなら従妹の面倒を見たらよいのだ。もう今となっては何もかもが手遅れで、未だにセンリは我が物顔でダンゾウの寝所を荒らしている。

「……おじさま以外、みんな嫌い」
 祖母と同じ顔で、その声で、繰り返しダンゾウの胸奥を荒らす。

「協調性なんて、仲間なんて、センリはおじさまだけいれば良いのに、どうせ、ばかみたいに、里のためって、ひとの言うことをきくしか脳のないバカのくせに、いら、要らない」
 ぐすっぐすっと、センリがしゃくりあげた。
「あんなの、要らない。おじさま以外、何も、だれも、みんな……っみんな、要らないもん」
 年を追うごとに、この子どもはかつての想い人に似ていく。
 我儘で、身勝手で、花嵐のように激しい。如何しようもなく面倒くさい、ダンゾウの少年期。
 枝垂桜の下で、何故自分はあの女に優しい言葉をかけることが出来なかったのかと思い返す。忍者として伸び悩んでいた頃だったし、尊敬する上官・千手扉間から掛けられる言葉に一喜一憂して、情緒不安定だった。里とは何か、火影とは何か、そんなようなことを、夜な夜なヒルゼンたちと語りあかした。好いた女と過ごす時間はあまりに穏やかで、先に進めなくなるではないかと度々不安になった。全ての苛立ちが、彼女に向いた。一人切り捨てたところで何が変わるわけでもなかったのに、きっと何かが変わると思った。痛みに慣れることが強さだと思った。若かりし過ち。

『私を一緒に連れて行って。あなたと同じものを見て生きられるなら、何も要らない』
 自分のために生きた女が、見知らぬ男のために死ぬ。
 きっと、ダンゾウはあの花嵐のなかで彼女を殺すべきだったのだ。彼女が一番うつくしく光を放ったときに、彼女の目に映る自分が若く、数多の罪に塗れる前に、殺してしまえばよかった。

「……おじさま、ぎゅってして」
「いい加減、お前は年相応の振る舞いを覚えて良い頃だ」
 ダンゾウの塩対応にもめげず、センリは勝手に抱きついてきた。
 それを払いのけない時点で、いや抱きつかせるだけで、自分が如何に老いてきたのか分かるというものだ。もし今のセンリを相手にするのが十年前の自分なら、触れさせることもないだろう。
 “もしも”のなかに、十年先の未来を見る。そのなかに、里のためなら何も要らないと望んだ末に空っぽになった人生に、たった一人この少女が陣取っている。それが分かるから、突き放せない。
 木ノ葉隠れの忍として生きるうち、“志村ダンゾウ”という一人の人間を形作るものは皆なくなってしまった。若い頃はそれが正しくて、身の軽さは晴れがましいことだった。ダンゾウだけではない。ヒルゼンだって、ホムラだって、若い頃はそうだった。それなのに死地を潜るうち生存本能に負けて子を成し、いつしか理想より家庭を語ることが増えた仲間が許せなくなっていった。
 老境に至ると殆ど意固地になって、己を捨てた。今も頑なな理想は解けることなくダンゾウを縛る。その理想が破れたなかに何もないと分かっているから、分かっていて“せめて”と思う。
 せめて、この子ども一人ぐらい自分の中にいても良いんじゃないか──と。

 自分は、かつての恋人の望んだ夢を、この子を使って果たそうとしているのだろうか。
 老い先短い自分が耄碌する前に、この子が死ぬのを望んでいるのかもしれない。
 ふと、ダンゾウは思った。本音を言えば、幾ら封印術を仕込んだところでセンリに九尾を御せるとは思っていない。いざ九尾の暴走が始まってしまえば、ナルトに憑りついたところで九尾の餌になるのが関の山だ。理論上は可能であるものの、実際に期待できるかと言えば否と言う他ない。
 人柱力ということで最低限の任務しかこなさなかったものの、うずまきクシナは九尾のチャクラを抜きにしても優れたくノ一だった。心技体の全てに優れていた彼女であればこそ一度の暴走もなく、有事においては九尾を道連れにすることも可能だったのである。確かにセンリも優秀ではあるものの、それでもうちは一族やうずまき一族のような“特例”とは比べくべくもない。ヒルゼンも、里外任務を与える時にはテンゾウを監視に付けるだろう。センリが第七班に籍を置くことで得られるメリットと言えば、親権を笠に着て口出ししやすくなる程度のものだ。
 それでは何故センリに封印術を教え、第七班に入れたのかと問われれば、あの子どもに“付加価値”を付けたかったのだと思う。いざという時、何かに使えるように、自分の役に立てるように……一人の人間としてではなく、忍者として、自分が夢見たものを共に分かち合いたかった。
 自分と同じものを見て育ち、その夢から覚めぬまま死んでしまえば良い。

「ぎゅってして」
 ふーっと長々とした息を吐いて、ダンゾウは養女の背に触れた。
 ダンゾウのデレに気を良くしたセンリが一層きつく抱きつく。一見微笑ましいが、まだ舌足らずな声ではたけカカシ暗殺計画をまくし立てている。余程センリに気に入られたらしい。しみじみとした諦観を転がすうち、年甲斐もなく妬いている自分に気づく。フーもカカシも、ダンゾウに比べれば年若い。この子と並んで歩けば恋人同士に見える日も来るだろう。その未来に自分はいない。だから、本当に、ダンゾウ以外何も要らないと言うのなら……この子だって生きてはいけない。
 彼女の忘れ形見を膝に抱いて、その死を願う。ただ一夜で良いから、この子に釣り合う年になりたい。そんな未練を消し去るように、繰り返し、一心に祈り続ける。はやく死にますように。
 この子が恋を知る前に、まだ子どものうちに、早く、一刻も早く死んでしまえ。
生き写しの呪い子

 あの日、自分たちは似合いの男女だったのに、それがどれだけ儚いことか気付けなかった。
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