パンはパンでも
たべられないパン
なーんだ

 ホークスは生来ドライな人間だ。
 二親に恵まれなかったことが発端なのか、幼い頃から他人に固執したことがない。こと人間関係に悩まされがちな学生時代でさえ、他者への興味関心は芽生えなかった。尤もホークスが他人に無関心でいられたのは、スペックの高さも関係するのかもしれない。小学校中学校高校と、ホークスは常に上位カーストに属していた。ホークスが欲するまでもなく、彼の周りには人が絶えない。そもそも“人間関係の悩み”というのが、ホークスには存在しないのだ。それ故にホークスは“体面を保つためだけの交友関係”しか持ちえない。校外でも交流出来る男友達と、校内でのみ話す女友達をそれぞれ三人──ホークスが欲するものはそれだけだった。
 制服を脱いだ後は“軽薄さ”に拍車が掛かり、ありとあらゆる責任を負う代わりに気楽に過ごせるようになった。最近では、同業者に本性を見抜かれることも少なくない。ホークスは人間という生き物に対して、軽薄で、淡白で、冷酷な男だ。ただ、その生き物が有する人格には愛着が湧く。とおく離れた場所で、その人格が産む希望や願いが実現する様を思うと安らかな気持ちになる。
 ホークスは、人間という生き物に大して期待していない。人間の本質は獣畜と大差がないと、そんな風に思ってしまう。やはり両親に対する失望が深いのだろう。
 自分は、あの人間の血を引いている。たまさかの僥倖から強い自制心を得たものの、いつ理性が崩れ去っても可笑しくはない。愚行をしでかさないためにも、個に入れ込みたくなかった。
 さもなくば、この猜疑心を掻き消して──自分を形作る全部を失ってでも、手を伸ばさずにいられない“何か”を探していた。


「かわいい、かしこい、むぎちゃんです
 ……その“何か”こと最愛の恋人は、ホークスの前でピヨピヨ囀っていた。

 黒いシックなワンピース姿のむぎは、己の可憐さを恋人に見せつけるべくクルクル回っている。折角の大人びた服が台無しと言わざるをえない。折角の大人びた服、折角の美貌──この愛しいひとにかかると、その全てが台無しになる。幾度となく“黙っていれば美人なのに”と言われても、懲りない。かわいい。自分で「かしこい」って付け足すのも、すごく賢くなさそう。時折ぴょんぴょんと跳ねるのも、頭が弱そうで可愛い。
 頭の悪い台詞を囀り続けるむぎに、ホークスは悶々としてきた。セックスしたい。でも最愛の恋人は、これからホークス事務所へ向かうのを楽しみにしている。サイドキックたちに「わたくし、ホークスの彼女ですのよ見てのとおり、ウイングヒーローに釣り合うぐらい大人で賢いんですの」と一席打つつもりなのだ。みんな、わっホークスさんの彼女すごい仕事が出来そうですねって言うもん お土産に田子の月最中だけじゃなくて、バリ勝男くんとセットにするなんて気が利きますね むぎ、ホークスさんのお顔に泥パックしないためにいっぱい口上考えてきたんだから むぎちゃんがかしこかしこで、ホークスさんたら嘴が高々なのねえ 昨晩遅くにやってきたむぎは、ホークス宅に着くなり多量のお土産を整理しはじめた。夢見がちに話しながら、サイドキックに渡す紙袋を量産する。せっせと二十袋近い“静岡土産初心者パック”を作る恋人はすこぶる可愛い。そんなにサイドキックいない。二泊三日の旅程なのに、どうりで行商人みたいになってると思った。頭が悪い。可愛い。如何転んでも賢そうには見えない恋人に、ホークスの肌が粟立つ。思わず「すっごい頭が悪い……!」と口に出して言うところだった。そのぐらい興奮してしまった。というか、バリ勝男くんってなんだ。

 昨夜は、結局、共寝を拒絶された。
 明日早起きして身繕いしなきゃ!という下らない理由により、ホークスはお預けを食らった。それでもお土産整理中のむぎを背後から抱きしめたり、膝上に引っ張りこんだり、雰囲気作りは頑張ったのだ。しかし可愛い賢い恋人は、ホークスの劣情に冷淡だった。ホークスの膝から抜け出すと、さっさとホークスの寝室へ入り込んでしまった。勝手知ったる何とやらで、ホークスが部屋に入った時には既に小さい古墳が出来ていた。ベッド脇に敷いた布団のなかで、一足先に夢の世界へいってしまったのである。二ヶ月ぶりに会ったのに、これは酷い。それから暫く眠る恋人に悪戯していたが、睡姦するほど飢えてるわけではない。何をしても反応してくれないので、虚しくなって寝た──罪のないサイドキック諸氏を呪いながら。
 

「かっわいいな〜」
「でしょ
 可愛いけど賢くはない恋人が、手を引かれるまま膝上に乗る。これだけ可愛いのだから、賢いアピールをする必要はない気がする。ホークスとしては無駄な摩擦を産まないためにも、鼻毛の五六本生やして欲しいぐらいだ。流石に上司の恋人に惚れるアホはいなかろうが、人生は何が起きるか分からない。そもそも他人と深く関わりたがらない自分がこんなにご執心なのだ。やはり鼻毛とニキビとスネ毛と目くそは必要だろう。しかし今日のむぎちゃんも普通に可愛い。
 名残惜しげに目元を撫でると、むぎはくすぐったそうに目を眇めた。かわいい。セックスしたい。折角休み貰ったのに、なんで事務所に行かなきゃならないのかな。
「可愛い上にかしこいな〜」
「だってむぎはホークスさんの彼女だもん
 自分に釣り合う女だと思われたがっているのがすこぶる可愛い。全然賢くないんだけど、可愛いから良い。頭が悪いのが好き。
 我ながら馬鹿げていると思うものの、恋人の口から出る言葉の全部が愛しい。

「ヤラしてくれたら、もっと可愛いんだけどな〜?」
「それはダメ
 むぎの意思は固い。ダメ元だったが、やはりダメだった。

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