「どこへ行く」
「どこへ……と申されましても、今日は予定もないので、その、」
 そこでトバリは言葉を切った。無意味な嘘が付けない善良さは、トバリの美点の一つだ。おかげで、扉間は孫娘がうちは一族の人間と接触を持とうと考えているのを容易に見抜ける。
「露出が多い」
「そうでしょうか」
 トバリが、その場でくるりと回って見せた。
 その動きに合わせて、太ももの中ほどまである深いスリットが薄紅色のスカートをふんわり膨らませる。何を根拠に自分の指摘をすっとぼけるのか、図解して貰わねば納得できない。
「年頃の娘なら、このぐらいは当然だとハナが言っていました」
 自分の服装には何も恥じるところはないと言わんばかりに、口を尖らせる。
 プンとそっぽを向く孫娘は可愛い。可愛いけど、その服装は卑猥でしかない。自分がのうのうと逝去している間に、この木ノ葉隠れの里にそんなわいせつ物を販売する洋裁店が出来たのかと思うと実に嘆かわしい。即刻そのわいせつ物を捨てるか、そのスカートとは言い難い腰巻の下にズボンか甲冑を装備するかするべきだ。腕組みしたまま、扉間は考えた。自分がこのように若々しい姿でなく、尚且つ名実ともに家族だと認めて貰える間柄であれば抑えつけてでも脱がすのに。

「おじいさまが私を思って良くしてくださるのは、良く分かります」
 躊躇いがちに、トバリが口を開いた。
「けれど、私ももう成人済みの立派なくノ一。例え日記のなかにしかおじいさまの姿がなかったといえど……いえ、だからこそトバリはおじいさまのことを心から尊敬していました。今も、その気持ちに代わりはありませんし、おじいさまが引け目を感じることなぞありません」
 自分の胸に手を当てて、にこっとトバリがはにかむ。
「それに、おじいさまが思うほど私の幼少期は寂しいものではなかったのですよ。
 猿飛先生が私に目を掛けて下さったのも、おじいさまが猿飛先生に注いだ愛情のおかげですし、おじいさまの書庫は私の気に入りでした。アスマもいて……友達も、仲間も……皆おじいさまが命を賭して、この里を愛し守ったからこそ、トバリの傍にあったものです」
 健気可愛い。でも“友達”とか“仲間”という言葉で濁したのが何か、扉間は知っていた。持つべきものは孫娘の半生に詳しい弟子である。サルよ、貴様の情報は無駄にしまい。
「そうか」
「はい。ですから、おじいさまはおじいさまのしたいことを為さってください」
「分かった。出かけるぞ」
「ああ、それは宜しいですね。柱間様と何ぞ積もる話もあるでしょうし、そうでなくとも師としてコハル様たちの働きぶりが気に掛かるのではありませんか。久方ぶりの里のくら」
 扉間はトバリの腕を掴んだ。トバリの笑顔が凍り付く。
「今のワシがしたいのは孫娘の服装の乱れを直すことを置いて他にない。行くぞ」
「え、いえ私」
「誰かと約束でもしているのか?」
 眼光鋭く睨み付けると、トバリが押し黙った。

「まだらさまと……わたし、マダラさまの」
 孫娘のチョロさに、扉間は鼻を鳴らす。どうも、沈黙に耐えかねたようだった。

「あの……マダラさまと、わたし、」
 トバリが、フルフルと肩を震わせながらか細い声を絞り出す。
 珍しく彩度と露出度の高い服なぞ着て、どうせそんなことだと思ったのだ。扉間は深くしわの刻まれた眉間を指で揉み解しながらため息をついた。トバリはまだゴニョゴニョ言葉を濁している。
「うちはマダラと、何だ」
 まさか破廉恥な何かを企てていたのかと語気が荒くなる。
「……マダラさまの部屋の片づけに行きたいのです」
そんなものは奴にやらせろ」思いがけない台詞に扉間は吠えた。「そもそも、年頃の婦女子が恋人でもない男の家に上がるなど、あってはならん。絶対に駄目だ駄目だ駄目だ」
「私とマダラ様は恋人同士です。何かあっても、責任を取って下さいます」
まだそのような世迷言を……! ワシは孫娘をあのような人格欠損男の嫁にやるために息子を産ませたわけではない!! お前に破廉恥な行いをした罪、例え奴が死んで詫びても足りぬわ。絶対に許さんぞ。然るべき時が来たら、ワシがしっかりした婿を選んでやる
 むっと、トバリの顔色が曇った。
「私は“千手”という家名を守るための駒ではありません」
「戯け。そんなものを守りたいと思っているなら、真っ先にツナを如何にかするわ」
 兄者の直系はアレだけだからな。そう呟く扉間も、基本的な思考回路はマダラとそう変わらないように思う。トバリは渋い顔をした。長年の怨嗟があるとはいえ、そもそも扉間は生前からトバリがマダラを慕っているのを知っていたはずだ。それこそ血縁関係が判明する前から、マダラにひっついていたトバリに“何故だ”とか“貴様は未来ある若者”とか……扉間の反応が出会った当時から変わっていないことに気付いて、トバリは顰め面をした。おじいさま、こまる。
「おじいさま、嫌いです」
 トバリがポツンとこぼした言葉に、不平不満を捲し立てていた扉間が固まる。
「ワシが……嫌いじゃと……?」
う、嘘です」焦った風にトバリが頭を振った。「嘘です。尊敬してます、お慕いしてます」
 泣きそうな声で否定する孫すごい可愛い。

「申し訳ありません。でも、おじいさまが……だって、あんまりに意地悪なので、私」
 潤んだ目元を伏せるトバリに、扉間はときめきを覚えた。

 素直で健気で温厚で寛容で賢く礼儀正しい、孫娘コンテストがあったら上位入賞間違いなしの娘である。扉間に推し測れぬ苦悩があったとはいえ、何故息子はトバリに情を掛けなかったのか――そして何故、この善良な性質の娘が悪徳そのものであるマダラにかどわかされているのか。如何にかしてトバリの目を覚まさせ、忍者としてトバリ以上であることと妻子を心から愛する家庭的な男であるのは当然としても、聡明かつ男気に溢れて度量が広いばかりかトバリと並んでも釣り合いが取れる美男子……まあ最低でもはたけカカシ程度の男と一緒になって貰いたい。

 同時刻、思いがけずトバリの婿候補に選ばれたはたけカカシは騒々しい生徒たちと共に訪れた病院の待合ロビーにて一人背筋が冷えるのを感じていた。何か物凄く嫌な予感がする。


「白無垢姿が、楽しみだな」
 トバリがぱあっと顔を明るくさせた。
「マダラ様もそう言ってくださって、お前は黒い着物ばかり選ぶが白のほうが似合う、白い着物を纏ったお前は夜気のなかでぼんやり光を放って綺麗だ、白無垢姿はさぞうつく」
 余程浮かれた気持ちだったのか、トバリが祖父の纏う殺気に気付いた時にはもう手遅れなぐらい捲し立ててしまっていた。トバリがワナワナと震え、「うつく、佃煮……」と惨劇の回避を図る。
あやつ、よもや成人もしていないお前に手を出したのか

 無意味な嘘が付けない善良な孫娘は、ひたすらに口を噤んだ。
口は災いの元
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -