▼ (1)乙女の涙
「今宵乙女の涙お借りします……アナタの魅力をいただくわ? なんだこりゃ」
トレーニングセンターにアニエスさんが現れた。ぴらりと一枚の紙を虎徹さんに渡すと、虎徹さんが内容を読み上げた。
「海外で活躍している怪盗よ。スワローテイル。燕尾服に蝶の仮面をつけて現れるわ。おそらくテレポートのようなネクスト能力をもってる。
芸能人のお宅に犯行予告が届いたの。ついに彼女がシュテルンビルトに上陸ってわけ」
アニエスさんは妙に笑顔だ。
スワローテイル
聞いたことがある。
「話題性もバツグン!いい、ネタになるわ!!
乙女の涙を守ってあわよくばスワローテイルの素顔もGET!!」
「乙女の涙ってなんなんですか?」
折紙先輩がぽそりと呟く。
確かに女性が流した涙その物ではないだろうし、何かを指す言葉なのだろう。
「ああ、これよ」
アニエスさんは写真を取り出した。
「あら、クララ・デイビスね。ウチ……ヘリオスエナジーもムービーに協賛出してたわ」
クララ・デイビス
「そう、去年大ヒットした映画の主演女優。彼女のしているイヤリングが乙女の涙よ」
もう一枚の写真には大ぶりのダイヤのイヤリングが写っている。
「あー、あのスパイもののヤツな!」
「綺麗なイヤリングだね!重たくないのかな?そんなの着けてたら動きづらそう」
アニエスさんはくすりと笑い、パオリンをたしなめる。
「彼女はカンフーはしないわね」
「……スワローテイルは確か盗んだものを持ち主に返却していましたよね?」
「あらバーナビーは知っているのね。
そう、数日後には持ち主の手に戻ってきているわ。……だけど、みんな異常なまでに盗まれるのを恐れる」
アニエスさんは妖しく笑った。
「そしてその持ち主は華やかな世界から消えるのよ。不思議とね……きっとなにか裏があるわ」
視聴率の鬼は夕方からヒーロースーツでの待機を命じると機嫌良く帰って行った。
「しっかしなんだって折角盗んだものを返すんだ?」
ヒーロースーツに身を包みトランスポーターの中でスワローテイルが現れるのを待つ。
女優の自宅には折紙先輩とドラゴンキッド、ファイアーエンブレムが待機中だ。
残りのヒーローは身を隠し外からスワローテイルを見張り現れ次第確保という手筈になっている。
「さあ……彼女の目的はわかりません。わざわざ予告状を送り付けて盗んで返して……目立ちたがりな自己顕示欲の強い人なんじゃないですか」
虎徹さんはヒマだヒマだとうるさい。
プリントアウトしたスワローテイルの資料を渡す。
「暇ならこれ読んでおいてください。海外のスワローテイルの事件を集めました」
「げっ!こんなにあんのかよ!」
全部で23件、ターゲットにされている人物の特徴からおそらく公にされていない事件もあるはずだ。
「女優、俳優芸能人に政財界の大物、大企業に美術館……んー?よくわかんねえな」
「一つ言えるのは、この持ち主たちは栄華を極め、被害の後は……言い方は悪いですが没落してますね」
「なんだってまた……」
「こうも件数が多いと偶然の産物とは思えませんね」
絵画にネックレス、ティーカップ、指輪、香炉、香水瓶……製作者も製作された年代もバラバラだ。
「お借りします、魅力をいただく……借りる……いただく……わっかんねぇ!」
虎徹さんは資料を放り出しシートに身を投げた。
「出没時間は20時から明朝3時とバラバラ……これは長丁場になりそうですね」
予告状には「今宵」としか書いていない。
徹夜を覚悟したその時PDAが震えた。
『現れたわよ!スワローテイルがマンションの屋上にいるわ!』
ビープ音とともにPDAからスワローテイル出現の知らせが来た。
「いくぞバニー!!」
トランスポーターから飛び出してハンドレットパワーを発動させる。
屋上まで一気に跳ぶとそこには燕尾服をまといステッキを持った小柄な人物がいた。
顔の上半分は蝶の仮面に隠されていて顔の造作はわからない。
「あらあらお早いことで」
ヒーローTVのヘリが僕たちを照らす。
「はじめまして、ヒーロー。私はスワローテイル……しばらくこの街にお世話になります。以後お見知りおきを」
ゆっくりと洗練された所作で一礼。
鈴を転がした様な声だ。
上体を起こす前に飛びかかる。泥棒を待ってやる必要は無い。
「おやおやおや、怖いです、ね?」
拘束しようと伸ばした手は空を切る。
声の方を見やれば隣のビルの屋上にいた。
貯水タンクの上に背筋をピンと伸ばして立っている。
「テレポートですか」
「あれあれ、ご存じですか」
大仰に驚いてみせる。貯水タンク目指して飛び移ればふわりとスワローテイルは体を傾け落下した。
「おいおい!」
虎徹さんがフェンスにワイヤーを引っ掛けみるみる落下していくスワローテイルを追いかけるが、やはりすんでのところで姿が消えた。
『中よ! マンションの中にスワローテイルが! 何逃がしてんのよ追いかけなさい!!』
アニエスさんの怒号に思わずスピーカーの音量を下げる。
『ああもう!逃げられた!』
続いてブルーローズの声。
スワローテイルは手際が良いようだ。
『乙女の涙は奪われたわ。周辺を捜索して』
1時間捜索しても、スワローテイルと乙女の涙は見つからなかった。
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