二人、青い空をひらいて・8






「ね〜ココ?アタシ『遊びに来て』って初めて言われたよ」
「そうみたいだね」

帰り道。
幾分落ち着いて来た雨音を頭上で聞きながら、二人は並んでゆっくりと・・・まるでこの雨を楽しむかのように歩いていた。

あの時居合わせたクラスメイトの母親たちは、傘の持ち主を認識すると同時に言葉を失い、頬を染め・・・
次の瞬間我先にと近寄り、自己紹介に始まり『娘が仲良くしてもらって』などとココの周りに群がった。

「なまえの口あんぐりな顔が面白かったよ」
「だって!ココの嘘っこスマイルにビックリしたんだもん!!」
「嘘っこって・・・」
「嘘っこだよ!お面みたいだったもん」
「・・・せめて『営業スマイル』って言ってよ」


・・・そう、ココの笑顔は『素性の知れない男』を一瞬で『憧れの君』に昇格させた。
それまでなまえを『不憫な子』と半ば蔑んで、そんな子供から得るものなど無い。できれば自身の子からは遠ざけたい等と考えていた母親たちの心を、ものの見事に塗り替えた。
母親たちが目の色を変えてココに話しかける。そして返された言葉と眼差しに心を蕩かされ。なまえはその様子を、他の子供たちと呆然と眺めていた。


「お面かどうかは別としてさ?ちゃんと挨拶したからもうおかしいなんて言わないんじゃないかな」
「そうだけどさー」
「うん?」
「やっぱ・・・あんまり来なくて良いよ」
「何で?」
「だって」
言いづらそうに自分の顔を窺う姿に、ココはその先の言葉を想像して唇をきゅっと結んだ。
・・・が。

「家族のデレデレ顔なんか見たくないよ・・・」

「デレデレって・・・」
ココの中で張りつめていた糸が、大きくたわんだ。
また、母親でないからと突き放されると思っていた。そうでなかった事が、そしてなまえから飛び出した『家族』と言う単語が、知らず知らず顔をにやけさせていた。
と、隣から冷ややかな視線を感じ、ココは慌てて緩んだ気を引き締めた。
「し、してないよデレデレなんか」
「してたよ」
「してないって」
「今もちょっとにやけてるよ?」
「これは・・・」
違うんだと言いたいココだったが、説明するのは止した。
言葉にしたら、無くなってしまいそうだ。
そう思ったココは一言、困ったなぁ、と苦笑してみせた。




「あぁ、やんだみたいだよ?!」
ココはちらと空を仰ぐようにして言った。
「えー。ザンネン」
「何が?」
「傘が使えなくなるのが」
早々に傘をすぼめたココを、なまえは至極残念そうに眺めた。
「似合ってたのになーその傘。・・・女の人のだよね?」
「それは嬉しいな・・・女の人のだけどね」
必死になって探した甲斐が有ったよ、とココは笑った。
「買いに行ったの?」
「うん。良く分からないから、詳しい友達に付き合ってもらったんだよ」
「あのハデだけど綺麗な男の人?」
「そう。よく覚えてたね?」
「あの髪の毛は忘れられないよ・・・」
なまえの呟きに、ココは思わず噴き出してしまった。




「ごめんね、ココ」
「え?」
「ココが来てくれるのが嫌なんじゃなかったの」
なまえはそう言うと、手前に大きく傘を傾けた。
「ママに来てほしかったんでもないの」
「なまえ?」
傘に隠された心は、正直な思いを吐き出した。

「ココが迎えに来るのをおかしいって言われたくなかったの」

皆が皆、おかしいと言ったら。
二人の生活が変だと言われたら。
一緒にいてはいけないのだと言われたら。
ココといられなくなるんじゃないか。
そしてそのうち・・・ココもそう思うようになるんじゃないか。
そしてそのうち・・・さよならの日が。
それが怖くて仕方が無かった。

「ウソついてごめんなさい。だって・・・」
「・・・分かってたよ」

ココはもう一度空を仰いだ。
そんな事を思っていたなんて。欠片すら考えなかった。
ずっと一緒にいたいから、なんて。
言われたボクもつい、口走ってしまった。分かってた、なんて偉そうな嘘を。
でも、これくらいは強がっても良いよね。
だって今。今のボクは、きっとこれ以上無いってくらい、・・・情けない。

ココはそのまま空を仰いだままでいた。
・・・その顔をなまえに、暫しの間見られないように。






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