「もうちょっと堂々としなさいってば。・・・小松シェフ?」 「む、無理です・・・」 ボクはまたもやウーメン事務局長に呼び出されています。 何故にボクが事務局長に呼ばれているのか・・・その理由は恐らく、最近のボクの行動が原因で。 そう。ボクがとあるインタビューを受けた雑誌が発売されたのが先月の話。その記事が元でボクは未だ『恋人募集中』なのです。 勿論、真っ赤な嘘です。だけど、世間にはそれを間に受けて・・・なのか冷やかしなのか。一月経つという今もまだ、雑誌社は元より事務局にも問い合わせがあるそうで。 当然ボクはそう言った問い合わせには全てお断りするようにとお願いしていて、それでも篩い落とせない方々との接触をできるだけ避けるよう・・・裏口からこっそり出社、こっそり退社の毎日を送っているんです・・・ 「あーた仮にもホテルグルメの料理長なのよ?」 「すみません・・・」 「こそこそと裏道を使ってるって!イヤンにも程があるわ!!」 イヤンって・・・ 「もうね。いっそのこと開き直んなさいよ」 「え。」 「モテ男街道を爆走したらど〜ぉ?」 「そそそそそんな!良いですボクは!」 「少しくらいハメ外したって良いわよ。アタシたちが何とかするから」 「何とかって・・・?」 嫌な予感がしつつも、聞き流してはいけない気がして聞いてみたら・・・ 「ザ☆隠蔽工作!」 あぁ、予感が的中。 「良いんです!ボクは堅実に行きますから!」 「ンもう!ホントにイヤンなくらい真面目なんだから!」 事務局長の言葉は冗談抜きで心臓に悪いです。 「・・・てゆーか小松シェフ?」 「はい?」 「あーたひょっとして・・・」 「ぼ、ボクはノーマルです!」 「そんなの見りゃ分かるわよ!じゃなくて、意中の誰かがいるんじゃないの?って聞いてるの」 ボクがブンブンと首を振って否定すると、事務局長は益々不思議そうな顔をした。 「だったら良いじゃないの。お試しで会ってみたり。タダよ、タ・ダ!」 ええ。似たような事を四天王のみなさんに何度も言われました。 彼らの冷やかし半分のアドバイスを聞き流す度に、臆病だとか、固く考えすぎだとか。友達だって食事くらいするよとか。 でも・・・違うんですよ。 何て言うか・・・・・・ 「下心ミエミエなんでしょ?」 「・・・そうなんですよ〜」 ボクは今日もテーブルに頬杖をついて、半ば愚痴のような口調の最後を溜め息で締めくくった。 「そういうのが分かるくらい敏感になった自分が嫌になります」 「まぁそう嫌がんないでさ。中には純粋に好意を持ってくれてる子もいるだろうし」 雪さんは苦笑交じりにボクを慰めてくれた。 ・・・ボクだって、最初から嫌がっていた訳じゃない。 事務局長には断るようにお願いしたけれど、不意に店の外で声をかけられたりすると、どうしようと思う反面嬉しいボクがいた。 ボク目当てで食事に来てくれたであろうお客様の視線に、ついいつも以上に反応してしまったりもした。 買い物の途中でふらりと寄ったコーヒーショップで相席を頼まれたりして、『ファンです』なんて言葉に普通に喜んでしまった事もあった。 話をしてみて素敵だなと思った女性は何人もいた。数は少なかったけど、そんな出会いはあの記事より以前からあった。事実、その日だけでなく、何度か会ってみた人だっていた。 でも、どの人もみんな、ボクに目を向けていてもボクを見ていない人ばかりだった。 その内の一人は、とあるレストランの従業員だった。ボクの料理のレシピとかホテルグルメの裏情報を狙っていたみたいで、自分の職業については触れなかった。マメに連絡をくれていたけれど、偶然その人が働いている姿を目撃した途端に連絡が来なくなった。 明らさまにボクではなくて、トリコさんたちが目当てな人もいた。『どんな人ですか?』から『一度会ってみたい』とか『彼女いるんですか?』まで。恋人志願から、情報屋まで。その度に答えに詰まるボクがいた。 中には有名人と知り合いになるのをステイタスにしているような人も。私、誰と誰と知り合いで、この間は誰と誰と食事して、と名前を延々と連ねられて、ボクもそのコレクションに追加されるだけ?と帰りたくなったのは一度や二度じゃない。 一番多かったのは、ただボクの料理が食べたいだけの人。知り合いになれたらわざわざホテルグルメの予約を取らなくても、もっと言えばお金を出さなくても、と言う気持ちがボクの料理を褒めてくれる言葉から見え隠れしていて。 がっかりと言うよりも、可笑しくなって笑ってしまった。 「まぁ当然ですよね」 だってみんな凄く綺麗な人だったし、全身ブランド?って人もザラだったし。平々凡々で流行にも高級品にも無縁なボクなんかとは最初から全然吊り合わなかったし。身長だってボク以上の人ばかりで。ヒールを履くまでして見下ろすボクに何を期待しているんだろうか。そんな愚問は冷静になれば自ずと答えは分かった。 分かるのに、浮かれていて気付かなかっただけ。 「確かにそんな高くは無いけど・・・」 ブツブツ言っていたボクの言葉は雪さんに聞こえていたみたいだ。 「小松くんって、身長気にしてたの?」 「・・・少しは。だって雪さんよりも低いし」 「同じくらいでしょ?」 「同じじゃ雪さんがヒール履いたらもう負けちゃうじゃないですか」 「大丈夫。そんな危なっかしいの持ってないから」 気にしない気にしない、と雪さんは笑いながら花の世話をしている。 ボクはその姿を眺めつつ、もう一つ溜め息をついた。 「せっかく来てもらってるのに退屈させててごめんね」 「あっいや!今のはそういうんじゃないんです!」 「急ぐからもうちょっと待っててくれる?」 「当然です!いくらでも待たせてもらいますよ!」 「じゃあのんびりやろう」 「えーっ!!」 「あはは。嘘だって」 もー!と言いながらも、ボクは笑っていた。さっきまで燻っていたのが嘘みたいに。 ボクは鞄の中から封筒を出した。 封筒の中には、実際にレストランで提供した料理の写真とレシピを書いたノートが入っている。 今までもレシピは書いてきていたけれど、今日のは特別に何ページにもわたって丁寧に書いていた。今までは料理に添える形で使用していた花。今回初めて、その花たちをメインに使った料理を作ったから。 それから先日教えてもらった花蜜入りの水も、実際に厨房で作ってみた。ボク以外のシェフにも大好評だったので、その日が結婚記念日と言っていた老夫婦にささやかなお祝いとしてお出しした。二日後二人から届いた手紙には、文字通り昔話に『花』が咲いたよ、と書かれていた。 どちらもその日限りだったけれど、その手ごたえは確実に有った。 料理と言う物。その価値は、作り手や素材の良し悪し、そして調理方法だけで決まるものではないんだと、改めて痛感した。 美味しいと感じられる味には、食べる人の気持ちや思い出も大きく作用するんだ。 「ところでさ」 「はい?」 雪さんは手を休めないまま、ボクに言葉を向けた。 「さっきの話。重要なのは形が無い方だよ?」 「え」 「そんな眼に見える簡単な遺伝子じゃなくて、形の無い物を司る遺伝子の方が百倍大事って事」 「形の無い物・・・」 「どんなに綺麗な花でも、私は生命力の弱い種同士の配合は今はしない。種を繋いでいけないから」 ボクは黙って聞いていた。 「逆に。温度、湿度、それから病原菌、害虫。障害に勝てる力を持った種には希望があるんだよね」 その先の世界にね、と言った彼女は、一つの鉢を手にしていた。 「人間に例えるとそれって何だろうね。気力、体力・・・才能とか信念とか?」 色々あるだろうね、と雪さんはその鉢を片手にボクの向かいの椅子に座った。まだ小さく色の無い、花と呼べるのかも分からない塊がたくさんの葉の隙間にちらほらと見えた。 「これは、今一番手をかけている子。」 ・・・・・・元の花は、病気にも虫にも強いし多少手を抜いた世話をしても枯れない強い種でね。 ただ、花はめったに咲かない個体。 これに、美味しいけれど栽培困難って札付きの花の、蕾になるだろう部分を接ぎ木してみたんだ。 うまく行けばこのまま花が咲いて、それが散った後も残った茎から新しい花芽が出る。 たくさん花をつけてくれれば、お客様にも安く提供できるよね・・・・・・ 「だから良い子に育てよ〜。・・・なんちゃって」 ボクは優しく語りかける雪さんとその鉢をただ黙って見ていた。 「ちなみに小松くんは育つと思う?」 「思います!だって、雪さんがこんなに愛情込めてるんですから!」 「私の予想では、花の咲く確率は半々。食べられる物、となると良くて2割かな」 「例えそうでも、絶対成功しますよ!」 「強気だなぁ小松くんって」 「だって・・・花だって雪さんの気持ちを分かってると思うから」 「そう言えば小松くんは、成功率1割を手にした事もあったっけ」 ボクはかつて雪さんとした雑談を思い出した。フグ鯨を捌いた時の話もしていた。雪さんは覚えてくれていたんだ。 「あの時は・・・ただ必死でした」 雪さんはボクを見て、柔らかく笑った。 「小松くんの力は、本当に立派だよ。見習えよ、オマエも」 「・・・ありがとうございます」 再び鉢の中に向けられた柔らかい笑顔に、小さな声で呟いた。 気の効いた返事が出来ない自分を、少しだけ恨めしく思った。 「じゃぁ教えてもらおうかな?!小松シェフの素敵レシピを」 「あっ・・・はい!!」 我に返ったボクは、散らかしたテーブルを慌てて片付けた。 ← → ←目次 |